第89話 二回目の打ち上げ①
ドガガガァーン――!!
薄闇に沈むステージに凄まじい雷鳴が轟いた。
次の瞬間、白い閃光が客席をまぶしく染め上げた。
轟音が収まると、一筋のスポットライトが静かにステージを照らし出した。
そこには、5人の少女が倒れ伏していた。
そのとき、伴奏もないまま、か細い歌声がこぼれた。
「私と別れるつもりなんて捨てちゃって……! 君の家の前に地雷を埋めちゃう前に……♪」
センターの赤髪の少女が、他の四人に支えられながら、ゆっくりと立ち上がった。
会場は、割れんばかりの「うおおおお!!」に包まれた。
その後、心愛さんは四人に支えられながら、上半身だけのパフォーマンスに抑え、歌に専念した。
セトリもダンス曲を減らし、ボーカル中心のカバー曲を増やして、椅子に座ったままでも違和感なく歌えるよう組み直されていた。
「これでどうにか乗り切れそうね、社長」
隣の愛理が俺の耳元で囁いた。
「ああ。愛理もお疲れさま」
「私は大したことしてないわよ」
愛理もマネージャーと一緒に、急な変更に対応するため各所へ電話をかけ続けていた。
俺がやったことといえば、追加費用を負担し、いくつか案を出したくらいだ。
あとはほとんど何もしていない。
それでも、自分の提案が実際にステージで形になるのは、なんとも不思議な感覚だった。
「むしろ蓮くんの方がすごいわよ。まさかあの落雷事故を逆手に取って、演出のストーリーに組み込むなんてね」
「これくらい、誰だって思いつくさ」
ワンマンライブに足を運ぶ客なら、地雷ちゃんシンドロームのファンに決まっている。
しかも落雷事故はニュースで報道され、SNSでも広まっていた。
コアなファンでなくとも、耳に入っているはずだ。
「そうは思わないけど。傍から見てると、蓮くんって自己評価が低すぎる気がするわ」
「そうか? 俺はなるべく、自分を客観視しようとしてるだけだよ」
俺はできるだけ、自分の身の丈を見誤らないようにしている。
予知能力が、俺にできることの限界を痛いほど思い知らせてくれているのだから。
「じゃあ、蓮くんはまだ自分を見誤ってるわね。大丈夫。近いうちに分かるようになるから」
愛理が、ふっと意味深に笑った。
……一体何を企んでいるのやら。
◇
ライブが終わると、俺たちはすぐに病院へ向かい、心愛さんの足首を診てもらった。
本来なら開演前に病院へ行くべきだった。
だが、心愛さん本人が頑として首を縦に振らず、本番までも時間がなかった。
結局、ライブ後に行くことになったのだ。
……もちろん、医者にはこっぴどく叱られたらしい。
心愛さんが満面の笑みでピースサインを掲げた。
「軽い捻挫だそうです! 二、三日は無理せず、しっかりアイシングしてって言われました!」
「なるほど。じゃあ、今日はこのあたりで解散しましょうか。自主練も休みにして」
「そうですね~。でも、打ち上げくらいはいいんじゃないですか? せっかく蓮様がこうして来てくれたんですし!」
俺も愛理もまだ何も食べておらず、腹は減っていた。
それに、今回の件で心身ともに一番負担がかかったのは、ほかでもない心愛さんだ。
美味いものでも食べて、少しは労ってやるべきだろう。
「じゃあ、そうしましょうか。移動はハイヤーですから、足にもそれほど負担はかからないでしょうし」
「はい! それじゃあ、今日は何を食べますか?」
「うーん……。そうですね」
腹は減っているものの、具体的なメニューが思い浮かばず考え込んでしまった。
「今日は、ピンチのあたしを蓮様が助けてくれたんで、特別にお酒でも注いであげますよ!」
「いや、俺、お酒は飲まないんですけど」
「ええ~? スーパーアイドルが注いであげるお酒が飲めないって言うんですか?」
「誰に注がれても、まだ酒を飲める年齢じゃないんですけど……」
ぷっと心愛さんが吹き出した。
「本当に高校生なんですね!」
「いや、俺が嘘ついてるとでも思ってたんですか?」
「でも、さっきあんなふうにあやちゃんを言い負かしたとき、すごく大人に見えましたよ! それに、あやちゃんって、ああ見えてもうすぐ卒業の大学生なんです」
「……え?」
いや、それじゃ、あの人は俺より六つも年上ということになるのか?
それも驚きだったが、大学生にもなって、中学生をあんなふうにいじめるなんて。
俺の中で、彩乃さんへの評価がますます下がっていった。
心愛さんが俺に深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。あたしのために怒ってくれたんですよね? 最近、あやちゃん、ますますあたしのこと嫌ってるみたいだから……」
「……!」
気づいていたのか。
いや、気づかないわけがないだろう。
いくら鈍感な奴でも、あそこまで露骨なら察しがつく。
「……腹が立ったり、悔しかったりはしないんですか?」
「正直に言うと、家に帰ってからノートに思いっきり書き殴ることもありますよ。破って、捨てて。でも、いつまでも引きずっちゃダメじゃないですか」
心愛さんが苦笑した。
「ここであたしまでムキになって喧嘩したら、本当に地雷ちゃんシンドロームが崩壊しちゃうかもしれないですからね」
本当に、見かけによらず思慮深いやつだ。
彩乃さんどころか、俺よりもずっと周りが見えている。
もしかしたら、一番大人なのは彼女なのかもしれない。
「それに実は、昔はあんなんじゃなかったんですよ。むしろ、一番あたしの面倒を見てくれたっていうか……あたしよりずっと長く、アイドルに挑戦してきた人ですからね」
それなのに、努力が報われないと悟った途端、心愛さんへの嫉妬をこじらせ、陰湿ないじめに走った――ということか。
同情の余地がないわけではないが、それでもやはり、見苦しいと思わずにいられなかった。
心愛さんは事情をよく知っているし、これまでの縁もあるから、俺みたいにバッサリ切り捨てられないのだろうけど。
今度は、愛理が口を開いた。
「じゃあ美代子さんが、他のメンバーと打ち上げに行かずに私たちといるのも、それが理由?」
「あ、はい。昔は一緒に遊んだりもしてたんですけど、今は……。それにあやちゃん、彼氏ができたみたいで、お仕事が終わるとほとんど毎回、会いに行っちゃうみたいなんです」
「こ、心愛さん、そういうの俺たちに教えちゃっていいんですか?」
いくらなんでもアイドルなのに。
「あっ、しまった! あたしが言ったこと、内緒ですよ?」
「……」
業界の噂って、こういうところから広まっていくんだろうな……と妙に納得してしまった。
◇
「何言ってるの、美代子さん。お好み焼きはピザみたいに切らなきゃ」
「秘書さん、お好み焼きは格子切りにしないと、崩れちゃって綺麗に食べられないんですよ!」
「へえ、美代子さん。お寿司は醤油皿にシャリが崩れてもいいって言ってたのに、一貫性がないわね?」
「そんなこと言った覚えないですから!?」
今回の打ち上げは、お好み焼き屋でやることになった。
……やはりこの2人は、今日も食べ方をめぐって言い争っていた。
互いに一歩も譲らないところが、妙にそっくりだ。
「蓮くん、ピザ切りよね?」
「蓮様、お好み焼きは格子切りが定番ですよね?」
「……」
またしても、2人は俺に決定権を押し付けてきた。
「別にどっちでもいいんだけど」
「やっぱり両方なのね、蓮くん」
愛理はいつも、俺の何気ない一言から何かを読み取ってくる。
心愛さんがヘラを手に取りながら言った。
「じゃあ、こうしましょう! あたしと秘書さんで一枚ずつ同時に焼くんです。この鉄板なら二枚いけるでしょ? 蓮様にどっちが正しいか判定してもらうんです!」
「それいいわね。白黒はっきりつけようじゃない、美代子さん」
「はい! それに美代子じゃなくて心愛です!」
油を引いた鉄板に、二人は豚肉と生地を広げた。
ヘラでトントンと叩いて形を整えていたが、二人とも妙に手つきが危なっかしい。
大丈夫だろうか……。
やがてタイマーが鳴ると、二人は示し合わせたように真剣な顔になり、同時にお好み焼きをひっくり返した。
「ハッ!」
心愛さんに至っては、掛け声まで入れていた。
愛理も、やけに優雅な手つきでヘラを差し入れた。
だが――
「いや、2人とも崩れてるじゃないか……」
二人そろって、見事に失敗していた。
お好み焼きはバラバラに崩れ、もはやもんじゃ焼きを作っているようにしか見えなかった。
「あ、そ、それは……」
心愛さんが目を逸らしながら言った。
「あたし、初めてなんですよ。自分でお好み焼きを焼くの……」
「……愛理は?」
「私も初めてよ。お好み焼き自体すごく久しぶりで、最後にいつ食べたかも覚えてないわ」
「そ、そうなんだ」
愛理の言葉に、胸の奥がしんとした。
考えてみれば当然だった。
裕福だった頃の愛理はまだ幼く、家族や店員が焼いてくれていたはずなのだから。
「これじゃあ、切り方以前の問題ね。蓮くん、和花さん呼ぶ?」
「いや、和花をパシリみたいに……」
「あら、和花さんは蓮くんのために何かしてあげるのが好きなんじゃない? それにあの子の性格なら、自分だけ仲間外れにされたほうが拗ねると思うわよ?」
「……考えてみればそうだな」
俺はさっそく、和花に電話をかけた。
今日の出来事をかいつまんで話し、いま打ち上げでお好み焼き屋にいることまで、包み隠さず伝えた。
すると――
「えええっ!? 私抜きで行ったの!? ひどい!! そういうのは私も誘ってよね!!」
「だから電話したんだよ。今から来れるか?」
「行く! 住所送って!」
「分かった」
「そうだ、ゆいも連れて行こうか?」
和花は、電話口で自信満々に続けた。
「イメチェンのお披露目も兼ねて!」




