第8話 元カノの友達②
再び小森さんと向き合った。
「どうしてそんなに言いたがらないのよ?」
「小森さんこそ、どうしてそこまで聞きたがるんだ?本当に俺に気でもあるのか?」
友達が失恋したら、そっと傍にいて慰めてやるのが普通じゃないのか。
高木の言葉を借りるなら、「男なんて星の数ほどいる」とでも言ってやればいいものを。
わざわざ元カレのところまで押しかけて根掘り葉掘り問い詰めるなんて、普通じゃないだろ。
「違うわよ!でも結月があんなに悲しそうに泣いてて、自分が悪いなら直すのに、全然言ってくれないから分からないって言うから……」
想像以上に友達思いなんだな。
このままでは、俺が口を割るまでどこまでもついてくるだろう――そして、結局『悪夢』で見たあの交通事故に巻き込まれるかもしれない。
(ここは適当に誤魔化しておくか)
あくまで嘘はつかない。そういう形にしておく。
小森さんにも、結月が未練がましくしがみつくほどの男じゃないと分かってもらえればいい。
「妊娠させたいって言ったからだよ」
「……え?」
「でも結月はずっと嫌がった。それが気に入らなくて別れた」
噂が広まっても構わない。
最悪、別の地方の学校へ転校すればいいだけだ。
俺にはそのくらいの財力がある。
「ちょ、ちょっと、それは結月が嫌がるに決まってるでしょ! 妊娠させたいだなんて——あんた、何てひどい要求をしてるのよ!?」
そう。この反応を待っていたんだ。
……幻滅しただろ?
俺はニヤリと笑って言った。
「小森さんからすれば、もう安心だろ?」
「……は?」
「大切な友達が、俺みたいな最悪の彼氏と別れたんだ。お祝いしてやらないと。だろ?」
「あ、いや、それは……」
「だったら、小森さんが説得してくれるか?俺の要求も聞いてやれって」
小森さんが口を固く結んだ。
そんなことできるはずがない。
「あ、そうだ。小森さん、マニキュアってどれくらいの頻度で塗り直すんだ?」
「な、何よ、急にそんなこと聞いて」
「ただ気になって。マニキュア、綺麗だからさ」
「特に決めてなくて、気が向いたときに塗るかな……」
彼女の爪はピンク色だった。
夢で見たオレンジとは違っていた。
……事故の時期を割り出そうとしたが、当てが外れた。
「じゃあ、持ってるマニキュアで、オレンジ色のはある?」
「あ、あるけど……。どうして急に?」
「いや、ただなんとなく」
「何よ、気持ち悪い……」
俺は階段を降りながら言葉を継いだ。
「今月は絶対、車には気をつけろよ。特に、サツキが咲き乱れてる三叉路ではな。……じゃあな」
これくらいでいいだろう。
俺の忠告が少しでも記憶に残るはずだ。
それに、もうわざわざ俺につきまとう理由もなくなった。
これでひとまず、車に轢かれて死ぬなんて最悪の結末だけは避けられたはずだ。
(どこに転校するか、今のうちに調べておくか)
結月も長澤先輩もいない、誰も俺を知らない場所へ。
◇
放課後になり、鞄を持って教室の外へ出た。
結月が俺をチラリと見たが、特に気にしなかった。
用事がないなら話しかけるなって俺が言ったことを、ちゃんと守ってくれているみたいで助かった。
どうせ彼女には写真部がある。部員たちが慰めてくれるだろう。
(本当は俺が振られた側なんだけどな)
ああ、高木以外に俺を慰めてくれるやつなんて一人もいないな。
仕方ないとはいえ、苦笑いが漏れる。
下駄箱を開け、スニーカーに履き替えようとした――その時だった。
「深川!」
鋭い女子の声が横から聞こえた。
振り向くと小森さんがいた。
もしかして、と思って指先に目をやると、マニキュアはまだ同じピンクのままだった。
「何? 俺の下駄箱にラブレターでも入れようとしてた?」
「違うわよ!? どうして毎回、私があんたに気があるみたいに受け取るわけ!?」
「ずっと二人きりになる状況を作ろうとするからさ」
「わ、私があなたなんかのこと好きになるわけないじゃない!」
なんだ、その古典的なツンデレ口調。
思わず鼻で笑った。
意外とからかい甲斐がある子だ。
「それで?今度は何の用?」
「決まってるでしょ、結月のことよ」
「さっきの俺の言葉で納得してくれたんじゃなかったのか?」
「いや、よく考えてみたんだけど、あれ嘘でしょ!いや、100%嘘じゃないにしても、他に何かあるんでしょ! 私、これでも勘がいいんだから!」
その言葉に、思わず肩がピクッと動いた。
本当に勘がいいのか。
正直、さっきの話を聞いたら、大抵の女子はドン引きして俺に近づくことすら嫌がると思ったのに。
「……どうしてそう思うんだ?」
「根拠はない! でも、結月から聞いたのとあまりにも違いすぎる。それに結月の話だと、急に人が変わったみたいになったって言うし。だとしたら、そうなるだけの何かがあったって考えるのが合理的じゃない?」
結月は普段から、俺のことを友達に話していたのだろうか。
このまま無視したら、ずっと俺についてきそうな気がする。
そして『悪夢』の通り、交通事故にまで。
「変わったんじゃなくて、単にそれが本性だったってこともあるだろ?」
「お、男の子なんだから、その……女の子との間に自分の子を残したいって思うのは、ある程度本能だと思う!そうしないと、い、遺伝子が残せないわけだし」
「だから?」
「違いはそういう本能をうまく抑えられるかどうかだけど、あんたは普段ちゃんと抑えてる方だったわよね。なのに、どうして急に抑えられなくなったのか? おかしいじゃない」
小森さんが少しずつ俺に近づきながら言葉を続けた。
「どうしても理性の手綱を手放さなきゃいけなくなった事情があったんでしょ?」
「……」
俺は彼女のことなんて正直よく知らないのに、向こうは俺のことを案外よく分かっているらしい。
正直、簡単に追い払えると思っていたが、どうやら見くびっていたようだ。
「手綱を握ってるフリをしてただけさ。結月が俺にのめり込んで、何でも言うこと聞いてくれるって信じ込んでたんだよ。まあ、ちと早まったな」
「信じられないわね」
信用しているのかしていないのか、よく分からない反応だ。
言葉だけじゃ足りないタイプか?
多少リスクはあるが、行動で示すしかないか。
「なら、信じさせてやるよ」
「え?」
小森さんの手を握って歩き出した。
わざと手首や腕ではなく、手のひらを気味が悪いくらいゆっくりと撫で回しながら。
「な、何よ急に!? どこ行くのよ!?それに、手離してよ!!」
「嫌だけど? 小森さんの手、柔らかくて気持ちいいな。舐めてもいい?」
「嫌っ!!キモい!!」
結局、校門をくぐる前に彼女が力任せに腕を引っ張り、俺の手を振り解いた。
「ほ、本当に……。最低……」
「これで分かっただろ?小森さん、正直に言うと俺のタイプなんだ。俺と一緒にいたらこういう目に遭うぞ?」
もう一度、彼女の手へと腕を伸ばした。
素早く両腕を背中に回して躱された。
意図してのこととはいえ、嫌われるのは――少し、堪えるな。
「あ、あんた本当に……!わざとやってるんでしょ!?」
「わざとだろうがなんだろうが、俺としては可愛い子と手繋いでキスできりゃ、損はねえよ。損するのは小森さんの方だ」
「誰があんたと手繋いでキスするって!?」
「それなら、どうして俺が何の関係もない小森さんに、幼馴染で恋人だった相手さえ知らないことをわざわざ教えると思うんだ?」
「うっ……」
そもそも、結月に本当の理由を言わなかったわけじゃない。
結月すら信じてくれなかったのに、ただのクラスメイトに過ぎない小森さんが信じてくれる?
ありえない。
「とにかく、俺は帰る。あ、絶対に車には気をつけろよ。特に、マニキュアをオレンジ色に塗った後はな」
「あんたは私のお母さんかっての!? それにマニキュアと何の関係があるのよ!? 自分のことは自分で気をつけるから、ほっといて!!」
俺は鼻で笑った。
「ほらな、信じないだろ」
助けようとしている相手に嫌われなきゃならないなんて。
仕方ないとはいえ、少し理不尽に感じたりもした。
◇
翌日の朝。
証券会社のアプリを開き、今日も膨らむ含み益を満足げに眺めていたときだった。
「蓮!知らないお友達が来てるみたいだけど、どうする?」
母さんの声が聞こえてきた。
俺は首をひねりながら部屋の外に出た。
「見たことない友達?」
「女の子だったけど?」
母さんが知らないということは結月ではないはずだ。
だとすれば、まさか……。
インターホンの画面を見ると、制服姿の小森さんがいた。
頭を掻きながら、仕方なく玄関を開けた。
「朝っぱらから何の用だよ」
「決まってるでしょ、結月のことよ!」
こいつ、どうしてここまで熱心なんだ。
お節介ってレベルは、とっくに超えている。
俺みたいに、命がかかっているわけでもないだろうに。
「もしかして北山さんと約束でもしたのか?小森さんが何としてでも理由を探り出すって」
「北山さんって、あんた……。まあ、そうなんだけど……」
案外、損な性格をしている。
知り合ってまだ二ヶ月足らずの相手のために、ここまでやるものか。
二人ってそこまで親しかったっけ?
「とにかく、はい!」
「ん?」
突然、小森さんがスッと手を差し出した。
なぜか頰を少し赤らめながら。
「て、手繋いだら教えてくれるって言ったじゃない! 繋いであげるから教えなさいよ!私はただのちょっと長めの握手だって思うことにするから!!」
「俺、特にそんなこと言ってないけど……。キスまでしてくれるのか?」
「ち、違うわよ!?そ、そんなの恋人同士でするものでしょ!!」
手を繋いで登校するのも、十分に恋人らしい行動だと思うが……。
これをどうしたものかと悩んだ。
想像以上にしつこい。
(とにかく、最優先事項は小森さんを交通事故に遭わせないこと)
こんな風にずっと俺を追いかけ回していれば、『悪夢』がそのまま再現される可能性が高い。
あれは俺の目の前で起きた――少なくとも、俺と小森さんが一緒にいる時にしか起こらない。
つまり、一緒にいなければ起こる確率が大幅に下がるということだ。
「分かった。教えてやるよ。上がれ」
小森さんが頷いた。
やがて靴を脱ぎ、俺の家に足を踏み入れようとした時――
「ちなみに、今日は親がいないんだけど」
「え!? いや、嘘つかないでよ!さっきあんたのお母さんと話したんだから!!」
……騙されないか。




