第7話 元カノの友達①
目の前で人が死ぬ『悪夢』は、気持ち悪さでは俺の中で不動のナンバーワンだった。
……結月を寝取られる夢を見るまでは。
とにかく、俺は起きるなり机に向かった。
ノートを広げ、夢の輪郭を書き留め始めた。
(どこかで見たことのある女子なんだけど……)
制服はうちの学校のものだ。
リボンの色からして同級生。
スカートの丈はかなり短めで、マニキュアはオレンジ。
一番目を引くのは、やっぱり金髪のボブ。
だけど、そんなやつ……俺の周りに――
(あ、いたな。小森さん)
クラスメイトの一人だ。
しかも、俺とまったくの無関係というわけでもない。
小森さんは、結月が高校に入って初めてできた友達だ。
高木と同様、俺と結月の関係をよく知る人物だ。
(……なんだか厄介なことになりそうだな)
正直、結月絡みでこれ以上トラブルに巻き込まれたくない。
だが――交通事故で死ぬかもしれない未来を見てしまった。
それも、俺の目の前で。
(ただそれを黙って見過ごすのも、あまりに寝覚めが悪いし……)
……仕方ない。
俺の精神衛生のためにも、小森さんが交通事故に遭う未来は回避しよう。
経験上、時期さえ特定できれば、こういう予知夢はわりと簡単に覆せる。
もう一度、夢を思い返した。
(俺も小森さんも冬服の制服。周りの人たちも春物の服)
とりあえず、時期は今月と絞り込めた。
4月はもう過ぎた。
今は5月、月末に向かう時期だ。
(思ってたより時間がないじゃないか)
もしかしたら、明後日かもしれない。
俺は急いでデッサン用の鉛筆を手に取り、夢で見た街の風景を手早くスケッチした。
場所を特定するためだ。
小森さんは、結月の友達。
俺にとってはそれだけの関係だ。
だからわざわざ遠出はしない――この近所のどこか。
(サツキが満開の三叉路……)
どこかで見たことがある気がするな。
ノートパソコンを立ち上げ、ストリートビューを片っ端から当たってみた。
思ったよりすぐに見つかった。
学校から歩いて15分の距離にある。
俺の家とは反対方向だから、すぐには思い浮かばなかった。
(なぜ小森さんと一緒にこの三叉路にいるのかは分からないが……)
とにかく、当分はこの方面には足を踏み入れないでおこう。
バタフライエフェクトってやつだ。
俺がそこへ足を向けないだけで、案外あっさり未来は変わる。
あとは俺が小森さんにそれとなく忠告しておけばいいだろう。
そう心に決め、登校の準備をして家を出た。
「れ、蓮!」
ところが、ドアの前で結月が待っていた。
ずっとここに立っていたのか?
たぶん、母さんが俺の頼み通り家に入れなかったのだろう。
俺は口角を引き上げ、完璧な営業スマイルを浮かべた。
「おはよう。偶然だね、北山さん」
「え……?」
結月の顔を見るだけで気分が悪くなる。
俺は挨拶だけ済ませて、すぐに歩き出した。
しかし――
「ち、ちょっと待って!」
彼女が俺の手をガシッと掴んできた。
「私たち、話そう。ね?」
「何の話?」
「私、本当に訳が分からなくて。なんで急にそんなに冷たくするの? 私、何か嫌われるようなことした? 理由をちゃんと教えてよ。お願い、蓮……」
鼻をすする音が聞こえた。
不思議なほど同情心は湧かなかった。
そうだ、あれだ。
涙ながらに連行される容疑者のニュース映像を見ている時と、まったく同じ感覚だった。
俺は結月の手首をきつく掴み、無理やり引き剥がした。
「北山さん。いくら俺が男でも、むやみに他人の手を握るのはどうかと思うけど」
「た、他人だなんて!いや、ごめん……。私が全部悪かったから。私、どうすればいいか言ってよ。何でもするから」
俺は思わず吹き出してしまった。
魔法の言葉だ。『何でも』。
「そう? 本当に?」
「う、うん! 蓮の言う通りにするから!」
「分かった。ちょっと待ってて」
俺はスマホを取り出して電話をかけた。
長い呼び出し音の後、ようやく電話が繋がり、向こう側からかすかな女の声が漏れ聞こえてきた。
「朝からお元気ですね」
「……誰だ」
「深川です」
「お前、一体どうやって俺の番号を……」
「それはさておき。今、俺のいるところに来てもらえませんか?」
「はあ? なんで俺が?」
「昨日渡したプレゼント、ちゃんと管理できてないみたいなので。返品禁止って言いましたよね。場所はラインで送っておきます。では」
「おい――」
俺の通話を聞いていた結月が、震える声で尋ねた。
「だ、誰に今電話したの……?」
「長澤先輩だけど、誰だと思った?」
「どうしてまたここでその先輩が出てくるの!?」
「それが分からないから、北山さんとはもう付き合えないんだよ」
「何言ってるか分からないよ……」
俺はニコッと笑って彼女に言った。
「何でも俺の言うこと聞くって言ったよね? じゃあ、ここで長澤先輩が迎えに来るのを待ってて。あ、そうだ。いっそ長澤先輩と二人でラブホにでも行ったらどうだ?俺よりよっぽどよくしてくれるからさ」
「れ、蓮!?」
「学校ではクラスメイトとしてよろしく。特別な用がなきゃ話しかけないで」
「ラブホなら蓮と行くから!!な、長澤先輩となんて行かない!! 蓮、私の話聞いてる!? 蓮、蓮!!待って、このまま見捨てないで!!」
学校へ向かって歩き出そうとしたが、結月はなおも喚き散らしながら、しつこく俺の背中を追いかけてくる。
当然、周りの人たちも奇異な目で俺たちを見ていた。
その時、ちょうどタクシーが客を降ろしているところだった。
俺はタクシーの方へ駆け寄り、ドアが閉まる前に乗り込んだ。
「早く行ってください」
「え? あの女子高生もお連れ様では……?」
「違います」
俺は財布からタクシー代を取り出しながら言葉を続けた。
「全く知らない子です」
◇
徒歩圏内の学校に、わざわざタクシーで乗りつけた。
教室に入ると、俺を見たクラスメイトたちの雰囲気が妙だ。
高木だけが普段通り「おっす」と挨拶してくれた。
「まさかとは思ったけど、あんな形で決着つけるとはな」
「お前も俺がおかしいと思うか?」
「いや。お前がこれまでどれだけ努力して、東奔西走して、苦しんでたか知ってるからさ。諦めてもおかしくない、とは思ってたよ」
もしかすると、あえて口に出さないだけで、母さんや父さんのように彼も俺の予知能力について薄々気づいているのかもしれない。
「まあ、女は星の数ほどいるって言うだろ」
「なんで俺がフラれたみたいになってんだよ」
「なんとなく、ノリで?」
「なんだよ、それ」
まあ、予知夢的にはそっちの方が合ってるけど。
高木はこういう時、本当に勘が鋭いからな。
「俺が紹介してやろうか? 別の女の子」
「お前、知り合いの女子なんているのかよ?」
「おいおい、これでも俺のラインには女の子がいるんだぜ?」
「妹ってオチじゃないだろうな?」
「……」
「妹かよ!しかもあいつ小4だろ! 俺をムショにぶち込む気か!!」
それに、実際まともな女の子を紹介してくれると言われても、応じる気は少なくとも今の俺にはない。
十中八九、また寝取られるんじゃないかと戦々恐々とすることになるだろうから。
それでも高木のボケのおかげで、さっきの結月との出来事が少しずつ薄れていく。
たぶん、わざとこうしてくれているのだろう。
心の中で彼に感謝した瞬間――
「深川」
突然、誰かが俺を呼んだ。
振り返ると、一人の女子生徒が立っていた。
金髪のボブヘア、ボタンをいくつか開けたシャツ、緩く結んだリボン、かなり短めのスカート、そしてマニキュアまで。
少しギャルっぽい雰囲気の女の子だ。
「小森さん?」
『悪夢』で見た、近いうちに交通事故に遭うかもしれない当人だ。
なぜ俺のところに来たんだろうか。
いや、ある程度は察しがついていた。
俺と高木が話している間に、結月も教室に入ってきていたからだ。
散々泣いたのか、目元は真っ赤になっていた。
「ちょっと来なさいよ」
「なんで?」
「いいから、早く!」
小森さんが眉間を寄せて叫んだ。
誰の目にも怒っている顔だった。
見るからに、結月の件で俺に説教するつもりなのだろう。
俺と小森さんはたいして親しくもないし。
俺はわざと大きな声で言った。
「え、小森さん――俺に告白?」
「いや誰がそんなこと言ったのよ!?」
瞬く間に顔を真っ赤にする小森さん。
そして俺の言葉を聞いた周りの奴らがヒソヒソと騒ぎ始めた。
俺がフリーになった途端、小森さんがアプローチをかけたという風に。
「あ、あんたマジで……! とにかくちょっと来なさい!!」
結局、彼女は俺の手首を掴んだまま、半ば強引に踊り場へと引っ張っていった。
ダンッ!
小森さんは俺を壁際に追い詰め、俺の顔の横に勢いよく左手を叩きつけた。
いわゆる壁ドンだ。
「深川、あんたどうして結月と別れたのよ? 結月のどこが気に入らないわけ?」
やっぱりこれか。
本当にお節介な奴だなと思った。
自分の身の心配でもしていればいいのに。
「小森さん」
「何よ」
「パンツ、見えてるけど」
「え!?」
小森さんが壁から手を離し、自分のスカートを押さえた。
その隙に逃げ出そうとした——が。
「こ、こ……こんな手口で私を騙そうとしたわね!?」
首根っこを捕まえられた。
惜しい……。




