第78話 三人目
「ええ――!?」
愛理の言葉に、俺よりも先に和花が大きな声を上げた。
「デ、デートだなんて、蓮と心愛さんを二人きりにさせるつもりですか!?」
いや、そもそも心愛さんが応じてくれるとも思えないけど。
相手は現役アイドルだ。
アイドルとしてのプロ意識が高い分、むやみに誤解を招くような真似はしないはずだ。
おまけに最近は人気が急上昇しているから、そんな余裕もないはずだし。
「そうじゃないわ。みんなでデートするのよ」
「いや、それじゃ、ただ一緒に遊ぶだけじゃないのか? デートっていうより」
昨日、焼肉を食べに行った時みたいに。
「違うわよ、蓮くん。同じことをするにしても、デートだって明言しておけば、全然違ってくるの」
「そうか……?」
「そうよ。どうやら蓮くんは、まだ固定観念にとらわれているみたいね。必ずしも、男女が一対一で出かけることだけをデートって言うわけじゃないのよ」
「まあ、確かにそれは先輩の言う通りかも」
おかしいな、俺が非常識なのか?
この二人と話していると、これまでの常識が何だったのか分からなくなってくる。
「でも、それはさておき、今の俺はスポンサーだろ。スポンサーがアイドルをデートに誘うなんて言い出したら、かなりまずくないか?」
心愛さんが俺に優しくしてくれるのも、スポンサーである俺への配慮が大きいはずだ。
それでいて、こっちからデートなんて持ちかけたら、下手をすればパワハラだと思われかねない。
「それはそうね。そもそも蓮くんが私たち以外の女の子とイチャイチャするのを見たら、ちょっと焼き餅焼いちゃいそうだし」
「……じゃあ、なんでそんな話を持ち出したんだよ」
いくら愛理でも、俺とそういう仲になる女の子がこれ以上増えるのは望まないだろう。
正直、俺としては、和花はOKだということ自体、いまだに不思議でならないのだが。
「まあ、デートって意味にこだわらなくても、蓮の言う通り、普通に友達みたいに遊びながら仲良くなればいいんじゃない?」
「和花さんは、新しい友達ができそうで嬉しいだけでしょ?」
「うっ……。ち、違いますからっ!? 人気急上昇中の現役アイドルとお友達になれたら自慢できそう、なんて、ぜっ、絶対に思ってませんから!?」
こうして見ていると、和花にも案外俗っぽい一面があるらしい。
◇◇
蓮の新たな『悪夢』への対処について、ひとまず大まかな方針が固まった、そのあとのことだった。
和花と愛理は、前日に話した通り、蓮に朝のご奉仕をした。
彼は口では慌てていたが、身体だけは正直だった。
そんな蓮を見て、二人は顔を見合わせて笑い、朝のひとときを楽しんだ。
二人は連れ立ってシャワーを浴び、愛理の部屋へ移動した。
「先輩、私が髪をとかしましょうか?」
「急に?私は構わないけど」
「私、実は先輩みたいな綺麗なロングストレートに、ちょっと憧れてるんですよね」
「そう?ありがとう。でも和花さんは、今の金髪ボブを維持してね」
「どうしてですか?」
「和花さんは金髪ボブ属性だから」
「たかがそんな理由で!?似合わないとか、そういうのじゃなくて!?」
愛理は、卓上鏡が置かれたテーブルの前に腰を下ろした。
その後ろで和花が櫛を手に取り、床に膝をついた。
和花は慎重に愛理の長い髪を両側に分け、指で絡まった部分を優しくほぐしていく。
それから毛先を少しずつ、丁寧に梳かしはじめた。
「私より上手ね。私なんて、いつも適当にサッサッととかすだけだから」
「こんなに綺麗でサラサラなんだから、ちゃんとお手入れしなきゃダメですよ!」
「そうね、そうすれば蓮くんも喜んでくれるだろうし。それにしても蓮くん、本当に性欲がすごくない?」
「話題の飛び方が唐突すぎますよ。……まあ、昨日あんなにしたのに、今朝にはもう完全に回復してましたけど……」
「蓮くん、線の細い見た目なのに、意外とタフなのよね。ラノベの主人公じゃなくて、エロゲーの主人公だったのかしら」
「先輩、本当に下ネタ好きですね。……否定はしませんけど」
二人は蓮のことで、話に花を咲かせた。
話題は、蓮がどんなときに喜ぶのか、もっと興奮させるにはどうすればいいのか――そんなことばかりだった。
普通の女子トークとはほど遠かったが、それでも和花にとっては楽しい時間だった。
「ところで先輩、どうしてさっきデートだなんて言ったんですか?もしかして本当に、その……心愛さんを蓮の三人目にするつもりなんですか?」
「和花さんはどう思う?」
「……別に心愛さんが嫌いなわけじゃないです。ちょっと変わったところはありますけど、基本的にはいい子だと思いますし。でも、恋愛でもそうだとは限らないじゃないですか」
「それは確かにそうね。私も、絶対に心愛さんをハーレムに入れなきゃいけない、なんて思ってるわけじゃないわ。ただ、北山さん対策には使えそうなのよ」
「え?結月ですか?」
愛理が頷いた。
「北山さんが蓮くんを独り占めしたくて、私たちを邪魔者扱いし、手段を選ばず仕掛けてきたら、どうなると思う?」
「……何かしら被害を受けるかもしれませんね。少なくともすっごく疲れると思います。蓮にとっても同じですし」
「でしょ? だから、構図をずらすのよ。北山さんの敵は私たちじゃなくて、美代子さんなんだって」
「……!」
結月の中で敵をすり替えるのだ。
単に蓮の女の座を争わせるんじゃない。
『三人目』のポジションをめぐって、心愛と競わせるのだ。
「蓮くんの立場からすれば、自分の女の子同士が仲良くやれるかどうかも、審査する上で重要な要素じゃない?」
「何かのコンテストですか?」
「私たちは蓮くんの後ろで腕でも組んで、ゆっくり見物していればいいのよ。北山さんと美代子さんがいがみ合ってる間にね」
ふふふ、と愛理が口元に悪役めいた笑みを浮かべた。
正直、和花には愛理の計画が少し突飛に思えた。
そもそも、心愛が蓮を好きかどうかすら分からないのに、話が少し先に進みすぎている気がした。
しかし、蓮のことも、自分たちのことも、すべてひっくるめた上での案なのだということは、きちんと伝わってきた。
「ひとまず分かりました。結局のところ、前提になるのは心愛さんも蓮を好きになるかどうかでしょうけど」
「絶対に好きになるわよ。蓮くんはそういう男の子だから」
「ある意味、先輩の蓮への信頼って、ものすごく厚いですね……。ところで先輩は、何人まで許すつもりなんですか?」
「そうね。私の個人的な意見だけど、三人までが妥当だと思うわ」
「三人ですか?」
愛理が頷きながら答えた。
「両手と合わせて三つ」
「雑すぎませんか!?」
「それ以上増えると、蓮くん一人じゃ大変になるから。重要でしょ?」
「重要じゃないとは言いませんけど、私はもっと別の理由があるのかと思ってました!!」
和花は改めて、自分たちの中で一番変わっているのは愛理なのだと思い知らされた。
◇◇
「はい、ではよろしくお願いします。はい、失礼いたします」
和花が作ってくれた朝食を食べ終えると、俺は探偵に連絡を入れた。
今回調べてもらうのは、心愛さんが所属している芸能事務所だ。
……このままじゃ、探偵事務所の上客になりかねない。
電話を切ると、猫のように俺の膝の上に座っていた和花が尋ねてきた。
「どのくらいかかるって?」
「中間報告は2週間くらい」
「思ったより時間がかかるのね」
「まあ、探偵も色々準備して計画を練らなきゃいけないからな」
実際、業界随一と名高い探偵だから、本来は常に予約で埋まっている。
だが、そこは金を積んで、どうにか最優先で調査してもらうことにした。
「じゃあ、ひとまず心愛さん関連で今できることは全部やったのね。蓮、今日は何するの?」
「さあな……。ところで和花は家に帰らないのか?」
俺の問いに、和花がすぐに頬を膨らませた。
「何よ、私に帰ってほしいの?」
「いや、そういうわけじゃないけど。そんなにずっと俺と一緒にいたいのか?」
「と、当然でしょ! 私、ペットなんだから。一人にされたら死んじゃうわよ」
「ウサギかよ」
あまりに可愛くて、彼女の頭を撫でた。
ただ、こんなにうちへ入り浸っていて、向こうのご両親が心配しないかとは思うのだが……。
どうせ杏奈ちゃんもうちにいるし、向こうのご両親も毎日のように夜遅くまで働いているらしいから構わないか。
「あ、そういえば、あれをやらなきゃいけなかった。今日はあれにしよう」
「あれ?」
「夏休みの宿題」
夏休みも、もう半分が過ぎた。
俺は本来、毎日少しずつ進めるタイプなのだが、今年の夏休みは何かと慌ただしく、かなり遅れてしまった。
「えっ」
「まさかとは思うけど、始業式の直前にまとめてやるつもりじゃないよな?」
「ち、ち、違うわよ!?」
「じゃあ今やってもいいよな?」
「うっ……」
どうやら和花の宿題も俺が見てやらなきゃいけないようだった。
いくら大学進学よりペット……じゃなくて専業主婦志望とはいえ、高校生なんだから、やるべきことはやらないと。
ベッドに腰掛けていた愛理が、突然ガバッと立ち上がった。
「蓮くん、私、やらなきゃいけないことを思い出しちゃったかも」
「何のこと?」
「蓮くんにはとても言えないこと」
「……お前ら、どんだけ夏休みの宿題やりたくないんだよ」
俺は逃げようとする愛理の手首を掴んで言った。
「手伝ってやるから、今日はおとなしく夏休みの宿題やれって」
「私は横で応援だけしてるね。私、この前チアガールの服も買ったの」
いつの間にまたそんなものを。
後で着てくれって頼もう。
だが今は――
「ダメだ。愛理は俺の奴隷だろ?なら、ご主人様の言うことに従えよ」
「うっ……。ずるい。そんなこと言われたら、従うしかないじゃない」
愛理は少し肩を落としながら、隣の部屋から教科書や問題集、ノートなどを持ってきた。
和花の分は家にあるだろうから、一度取りに行かなきゃいけない。
ふと、ある考えが頭をよぎった。
「そういえば、心愛さんも夏休みの宿題、ちゃんとやってるのかな」
アイドルの仕事が忙しくて、ろくに手を付けていないんじゃないか。
あの子なら自分できちんとやっていそうだとは思いつつ、少し気になった。
とにかく、学校のことでつまずかないほうが、アイドルの仕事だってスムーズにできるだろうし。
ところが、なぜか和花と愛理の目が輝いた。
「そうね、心愛さんも呼ぼう!」
「え? 今? 無理に決まってるだろ」
「それは分からないわよ、蓮くん。私、美代子さんの連絡先知ってるから、すぐに聞いてみる」
「……もしかしてだけど、お前ら」
俺は目を細めて尋ねた。
「心愛さんが来て大騒ぎしている間に、うやむやにしようって企んでるんじゃないだろうな?」
「ち、ち、ち、違うわよ!?」
「和花さん、今はちょっと黙ってて。和花さんのツンデレのせいで全部バレちゃうじゃない」
「え、ええ!?」
愛理がスマホを手に取り、素早く指を動かした。
いったい、いつ心愛さんとラインを交換したのやら……。
ピロン。
数分もしないうちに、愛理のスマホからラインの通知音が鳴った。
愛理がニヤリと笑いながら、俺に画面を見せてきた。
「明日はオフだから大丈夫だって。だから、私たちの宿題も明日にしましょ、ご主人様?」
「……」
先延ばしに持ち込む手腕は、本当にただ者じゃないと感じた。




