第70話 打ち上げ②
心愛さんは一体どうやって、俺の家の住所を突き止めたんだ?
頭の中は、ぐちゃぐちゃだった。
当然、彼女にも事務所にも、俺から住所を教えた覚えはない。
愛理や和花が漏らしたとも考えにくい。
(考えてみれば、旅行の時もそうだった)
病院を抜け出した心愛さんが俺の前に現れた時のことが、脳裏をよぎった。
あの時はあまりの驚きで気に留めていなかったが、今思えば不自然だった。
そもそも心愛さんは、どうやって俺の泊まっていた旅館を割り出したんだ?
「スポンサー様、いらっしゃいますよね〜? 今、インターホンに出てるの、スポンサー様ですよね?」
「……あ、はい、すみません。あまりに突然だったもので。今すぐ開けますね」
訳は分からない。
だが、心愛さんをいつまでも外に立たせておくわけにもいかない。
状況を察したのか、和花と愛理も立ち上がり、俺と一緒に玄関へ向かった。
ドアを開けると、モニター越しに見たままの心愛さんが立っていた。
「突然押しかけてすみません!」
彼女がペコリと頭を下げた。
……ここまで来ると、とりあえず強行突破してから謝るのが、彼女の常套手段なんじゃないかと思えてくる。
ただ、何か違和感があった。
普段よりも、無理にテンションを上げているように見えた。
(……ああ。心愛さんの身代わりになって亡くなった人の件か)
今のグループの空気を考えれば、他のメンバーにまともに慰めてもらうのは難しいはずだ。
マネージャーは同年代じゃないから限界があるだろうし。
だからといって、俺たちに特別な何かができるわけでもないが……。
「とりあえず、入ってください。何もないですけど」
「えー、何もないだなんて! 正直、スポンサー様のお宅にしては普通でちょっと意外でしたけど、大事なのは家じゃなくて人ですからね! のどさんや秘書さんもいるし!」
……大豪邸でも想像していたのだろうか。
正直すぎるにも程がある。
まあ、そこまで高級な家じゃないのは事実だが。
和花が慌てて、俺の耳元で囁いた。
「だ、大丈夫なの? この子を家に入れても?」
「どうせここまで来たんだ、このまま追い返したところで何の意味もないだろ」
「それはそうだけど……」
不安な気持ちは理解できる。
いや、正直俺も少し不安だった。
「それじゃあ、お邪魔しまーす!」
心愛さんはためらう素振りもなく、堂々とした足取りでリビングへ向かっていった。
ちょうどその時、杏奈ちゃんと母さんが部屋から出てきた。
……杏奈ちゃんは、母さんの好みのお姫様みたいな服を着せられていた。
母さんは心愛さんを見るなり、目を丸くした。
「この子は誰?」
しまった。家に入れる前に説明しておくべきだった。
完全に失念していた。
見知らぬ相手に人見知りしたのか、杏奈ちゃんは素早く母さんの背後に身を隠した。
……なんだかんだで杏奈ちゃん、うちの母さんとかなり仲良くなったんだな。
「地雷ちゃんシンドロームの心愛です! キラッ!」
心愛さんは片手を目元に掲げ、ピースを作ってみせた。
いや、その自己紹介で通じるわけがない。
おまけに妙に古臭い。
「えええええっ——!? あの地雷ちゃんシンドロームの心愛ちゃん——!?」
ところが、母さんが予想外の大声を上げた。
「母さん、知ってるの?」
「知ってるも何も! 最近すごく流行ってるアイドルじゃないの! おまけにこの前、雷にまで打たれたっていう!」
「打たれたわけじゃなくて、ギリギリで避けました!」
「だから最近ネットで話題じゃないの。天に選ばれたアイドルだって」
肝心の現役小学生である杏奈ちゃんは、よく分かっていない様子だった。
小学生より流行に敏感なうちの母さんは一体……。
「そのお言葉通りです! 最近、人気絶好調! このままドームまで行っちゃいますよ!!」
「でも、どうしてそんなアイドルがうちに……?」
「あ、それはスポンサー様に会いに来たんです! もしかして、スポンサー様のお母様ですか?」
「え? スポンサー様?」
母さんには事のいきさつを話していない。
戸惑うのも無理はなかった。
かといって、心愛さん本人の前で『悪夢』について堂々と説明するわけにもいかない。
俺は気まずく咳払いをしてから、心愛さんの耳元で小さく囁いた。
「ちょっと事情があって、俺がスポンサーだってことは内密にしてください。俺が金持ちだってことも含めて」
「あ〜ん、くすぐったいですぅ〜。もう、さりげなくアプローチしてくるんだから」
「……」
心愛さんの冗談ひとつで、瞬く間に家中の女性陣の冷たい視線が突き刺さった。
いや、俺は別に悪いことなんてしていないはずなんだけど?
なんだか理不尽な気がした。
「とにかく呼び方を変えてください。少なくともここでは」
「うーん、じゃあ何がいいですかね? 深川さん、はやっぱり普通すぎるし。そもそもこの家の方々はみんな深川さんだし。蓮さんもやっぱり特別な感じがしないです」
「……どうしても特別じゃなきゃダメですか」
「もちろんです! 特別な方なんだから特別にお呼びしなきゃ」
心愛さんなりのスポンサー待遇ってことか。
それともただこの子の性格なのだろうか。
「すぐに思い浮かばないなら、とりあえず普通にお願いします」
「そうですね。じゃあ、とりあえず普通に蓮様って呼びますね!」
それ、普通じゃないんだけど?
今度は母さんが俺に耳打ちした。
「あ、あんたね、一体どうするつもりなの! 二人じゃ足りなくて、さ、三人目まで連れ込む気!? あんたをそんなふうに育てた覚えはないわよ!」
「……全部誤解だって。後でちゃんと説明するから」
そもそも、現役アイドルが俺みたいな奴を恋愛対象として見るわけがないだろうに。
俺よりイケメンで金持ちの男なんて、芸能界には星の数ほどいるというのに。
とんだ濡れ衣で勘当されそうだ。
心愛さんは今度、母さんの背後に隠れている杏奈ちゃんへ近づいた。
「あなたの名前は? あ、私は心愛だよ! 現役アイドルなんだからね?」
「あ、はい、どうも……。わ、私は杏奈です……」
「蓮様の妹? すっごく可愛い!」
心愛さんは今も、俺と和花が婚約関係だと思っているのだろう。
「まあ、妹ではありますよ。正確には和花の妹ですけど」
「へえ、そうなんだ! どうりで蓮様と似てないはずですね! 確かにのどさんと似てる感じがします。杏奈ちゃん、お姉さんと握手する? それともサインあげよっか?」
「ど、どっちも嫌です……」
杏奈ちゃんの容赦ない返事に、心愛さんは石化攻撃でも受けたかのように、その場で固まった。
俺はまた気まずく咳払いをして、心愛さんに声をかけた。
「俺の部屋に行きましょう」
「あ、はい……」
心愛さんは肩を落としたまま、二階へ上がっていった。
落ち込んだかと思ったのも束の間。
彼女は俺の部屋に入るなり周囲をぐるりと見回し、あっという間にいつもの調子を取り戻した。
「おおっ! これが男の人の部屋! 意外と普通ですね」
「なんで意外なんですか」
「あと……」
なぜか心愛さんが、くんくんと鼻を鳴らした。
「なんかいい匂いがします!」
「何、人のこ、婚約者の匂い嗅いでるのよ!」
「減るもんでもないし、いいじゃないですか。ケチ」
「減る減らないの問題じゃないでしょ!!」
男の部屋は初めてなのだろうか。
和花が初めて俺の部屋に来た時のことが、ふと思い浮かんだ。
そのあいだに、愛理が盆に冷たい麦茶を乗せて運んできた。
「はい、どうぞ。美代子さん」
「ありがとうございます! ……って、美代子じゃなくて心愛です!」
「麦茶じゃなくてココアを淹れてくれって? 手の掛かるお客さんね」
「そんなこと一言も言ってないですけど!? ていうか、なんで秘書さんが家主みたいな顔してるんですか!?」
「だって私もこの家に住んでるから」
「……え?」
心愛さんが俺と愛理の顔を交互に見た。
「ひ、秘書さん、蓮様のお、お姉さんだったんですか? 全然似てないから分かりませんでした……」
「蓮くんより1歳年上だけど、実の姉じゃないわ」
「え? じゃあなんで一緒に住んでるんですか……?」
「それは教えられないわね」
「え、ええ……」
なんだか、わざと誤解を誘っているような……。
だが、今問題にすべきはそこじゃない。
俺は床に腰を下ろし、心愛さんに向き直って尋ねた。
「どうやって俺の家の住所を知ったんですか?」
俺の情報がどこから漏れているのか、正確に把握しておく必要があった。
心愛さんだけならまだしも、タチの悪い連中にまで知られたら、俺たちにどんな危害が及ぶか分かったものじゃない。
ところが、心愛さんは首を傾げた。
「普通にハイヤーのカーナビを見ましたけど?」
「……え?」
「あそこに残ってるじゃないですか。最近どこへ行ったか、行き先の履歴が」
「あ……」
昨日、運転手が俺を迎えに来た時、俺の家の住所をナビに設定したのだろう。
おそらく目的地の履歴を消していなかったせいで、そのまま残っていたに違いない。
普通、ハイヤーのナビ履歴から人の住所を調べようなどとは思わない。
(これは完全に俺の不覚だ)
次からは運転手に、必ず履歴を消してもらうよう頼まなければ。
こんなところにまで、気を配らなければならないとは。
「それで心愛さん、何の用で俺の家に来たんですか?」
「とりあえず——」
心愛さんが突然、俺に向かって深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。あのタイミングで蓮様が車を手配してくださらなかったら、私、死ぬところでした」




