第67話 特典会当日①
特典会当日。
俺たちは呼んでおいたジャンボハイヤーに乗り込み、心愛さんの家へ向かった。
うちから一時間ほどの距離だった。
(まさか、現役アイドルの家にお邪魔する日が来るなんて)
アイドルの住所なんて、むやみに知っていいものかとも思ったが、この近辺ではすでにかなり有名らしい。
まあ、普段からあの地雷系ファッションで出歩いているのだから、目立たないはずがないか。
心愛さんが住んでいるのは、いかにも高級そうなマンションだった。
なるほど、セキュリティも万全そうだ。
「うぅ……。なんか緊張する……」
エントランスのインターホンで心愛さんを呼び出している間、隣の和花はガチガチに固まっていた。
そういえば、愛理と違って和花が心愛さんと直接会うのはこれが初めてか。
おまけに、友達の家へ遊びに行った経験すらほとんどないのだ。
これも当然といえば当然の反応だろう。
俺はわざと乱暴に和花の頭を撫でてやった。
「な、何すんのよ! 髪型崩れるじゃない! な、撫でるなら、や、優しくしてよ!」
「そんなに緊張するなって。ちょっと変わってるだけの、俺たちより一つ年下の中学生だよ。今は俺の婚約者なんだから、しっかり頼むぞ」
「こ、婚約者……。えへ、えへへ……。設定だとしても嬉しい……」
たちまち陰キャモードに切り替わった和花が、俺の腕に抱きつき、頬をすりすりと擦りつけてきた。
こういうところを見ると、本当に猫みたいだと思う。
普段のツンツンぶりも含めて。
「蓮くん、和花さん、開けたわよ。イチャイチャするのもいいけど、早く入りましょ」
「い、イチャイチャだなんて!」
「それがイチャイチャじゃなくて何なの?」
「うっ……。えへ、えへへ……。私いま、バカップルみたいにイチャイチャしてたんだ……」
なんだか最近、和花の陰キャモードがさらに頻繁に発動している気がする。
それだけ、俺と愛理に心を許してくれている証拠なのかもしれない。
オートロックのドアを開けて中に入ると、エレベーターが自動で待っていた。
どうやら、心愛さんの部屋がある階へ直通するらしい。
「マンションも結構いいな。将来一人暮らしするなら、こういうところも悪くないかもな」
「へえ、蓮くん独立する気あるの?」
「独立っていうか、一人暮らしだよ。少し遠くの大学に進学したりとかでさ」
そういえば、この二人はどんな進路を考えているのだろう。
今までいろんな話をしてきたが、よく考えてみればそういう話題はあまり出ていなかった。
「蓮くん、これだけは肝に銘じておいた方がいいわよ」
「何を?」
「蓮くんが絶対に一人になることはないってこと」
「……どうして?」
「私がいつもそばにいるから。蓮くんがどこへ行こうと一緒よ」
ふふふ、と愛理が俺を見つめて笑った。
普段と同じ穏やかな笑い声なのに、なぜか背筋がぞくりとした。
和花も負けじと声を上げた。
「わ、私も蓮といつまでもずっと一緒にいるんだから! 私だけ仲間外れにしちゃダメだからね!!」
気づけば、俺はまた二人のあいだに挟まれていた。
……いや、今はとりあえず仕事に来ているのだが。
まあ、仕事と呼ぶには少し語弊があるけれど。
エレベーターを降りると、心愛さんがすでにドアを開けて待っていた。
「スポンサー様〜!」
こちらとの距離も大してないのに、心愛さんは両手を大きく振りながら俺を呼んだ。
俺の腕を掴む和花の手に、どんどん力が入っていく。
緊張のせいだろうか。それとも、嫉妬のせいだろうか……。
心愛さんがルームウェア姿のまま俺たちに近づいてきた。
黒のレースにピンクのリボンがあしらわれた、いかにも地雷系といったルームウェアだった。
部屋着にまで抜かりないとは。
「こちらが例のスポンサー様の婚約者?」
心愛さんが俺にしがみついている和花を見た。
じろじろと上下に視線を走らせる。
まるで和花を値踏みしているようだった。
「へえ、こんなに可愛い婚約者がいるなんて、スポンサー様もやりますね! お名前は?」
「は、は、初めまして。こ、こ、小森和花です」
……こいつ、完全にガチガチだな。
相手が普通の女の子ではなく、可愛い現役アイドルなのだから、余計にそうなるのも無理はない。
俺の腕がもげそうなくらい、和花の握力がどんどん強まっていった。
心愛さんがどこか演技がかったトーンで名乗った。
「あたしは地雷ちゃんシンドロームの心愛だよ! よろしくね、のどさん!」
「の、のどさん?」
「可愛いじゃないですか」
「あ、あだ名……? えへ、えへへ……」
前に俺がのどちゃんって呼んだ時は怒ってた気がするのだが。
いやまあ、ニュアンスは違うけど。
愛理が少し小馬鹿にしたような口調で言った。
「あら、心愛さんじゃなくて美代子さんじゃなかったかしら?」
「ち、違いますから!? そんなダサい名前、日本に存在するわけないじゃないですか!」
いや、ひと昔前とはいえ、結構流行った名前じゃなかったか。
それより、全国の美代子さんに謝れ、という話だ。
「心愛は心愛です! 甘くてまろやかだけど、ちょっぴりほろ苦い!」
「でもちょっとでも触れたら爆発する地雷なんでしょ?」
「そ、そこまでじゃありませんから!? どのくらいかって言うと……。あ、映画みたいに踏んでから足を離すと爆発する? そんな感じです!」
それじゃ結局、地雷であることに変わりないじゃないか。
それに俺の知る限り、大半の対人地雷は触れた瞬間に爆発するはずなんだけど。
心愛さんが「と、とにかく!」と叫んだ。
「今からヘアメイクしなきゃいけないから、ちょっと手伝ってください!」
俺は目を丸くした。
「え? 自分でやるの?プロにお願いしないで?」
「そんなお金ありません! それに下手なところに任せるくらいなら、いっそ自分でやった方がマシですし」
確かマネージャーの話では、今日は心愛さんにとって重要なイベントのはずだ。
毎回は無理でも、こういう特別な日くらい事務所がプロを手配してくれてもよさそうなのに。
たとえ事務所が手配してくれなくても、自腹を切ってでも行く価値があるはずだが……。
こんなに高そうなマンションに住んでいるのだから、お金に困っているわけではないだろうに。
「あ、アイドルのヘアメイク!? み、見たい! ぜひ手伝わせてください!!」
ところが、和花がむしろノリノリだった。
まあ、こいつもギャルっぽく見せようと必死の努力をしてきたのだろうから、気になるのも無理はない。
俺の知る限り、女の子同士でメイク術を共有するのはよくあることだし。
「積極的ですね、のどさん! あたし、のどさんみたいな人をずっと待ってたんですよ!」
「そ、そうですか?」
「はい! のどさん、今のメイクを見ただけでもすっごく上手なのが分かります。むしろあたしの方が教わりたいくらいです! ギャルメイクもやってみたいんですよね!」
「えへ、えへへ……」
和花は変な笑い声を漏らすと、俺にドヤ顔を向けてきた。
「蓮、蓮、私アイドルにもギャル認定されちゃった! これでもうギャル成分50%くらいにはなったんじゃない?」
「ついに進化したんだな。おめでとう」
「へへへ」
あまりに無邪気に喜ぶので、頭を撫でながら適当に相槌を打ってやった。
まあ、正直に言えば、見た目こそすでにギャルだが、中身はギャルとは程遠いんだけどな。
でも、そのギャップが可愛いのだから、わざわざ口に出すことでもない。
「さ、さあ、遠慮なく入ってください! パパやマネージャー以外では、皆さんが心愛の家を訪れた初めてのお客さんなんですよ!」
俺はその言葉に少し首を傾げた。
一応現役アイドルなら、学校でも結構噂になって、それなりに友達も集まってくるんじゃないのか?
それとも、ティックトックでバズるまでは無名だったからか?
(まあ、こういうのは深く詮索してもいいことないよな)
きっと心愛さんなりの事情があるのだろう。
今の俺にとって重要なのは、彼女が死なないようにすることだ。
そう、改めて心の中で整理をつけてから、彼女の家へ足を踏み入れた。
「「うわぁ……」」
俺たち三人は、室内を目にした瞬間、揃ってぽかんと口を開けた。
インテリアの隅々まで、見事に地雷系で統一されていた。
ベビーピンクと黒を基調に、ハート、レース、リボンなどなど。
問題はそれだけではなかった。
「な、な、何なんですか、このゴミの山は!?」
和花が驚愕して声を上げた。
そう、心愛さんの家の中はありとあらゆるゴミで溢れ返っていたのだ。
ゴミ袋にまとめられてはいるものの、どう見ても客が来ると聞いて慌てて詰め込んだとしか思えない有り様だった。
おまけに臭いをごまかすためなのか、香水の匂いだけがやけに強く漂っている。
……これでも一応、客を迎えるために取り繕った結果なのだと思うと、気が遠くなる。
だが、心愛さんは悪びれもせず堂々と胸を張った。
「これが地雷系ってやつです!」
ここまでくると、地雷系という看板を免罪符にしているだけなんじゃないのか。
まあ、最近急にスケジュールが増えたとは聞いている。
まったく理解できないわけでもない。
けれど、それにしてもひどすぎる。
そもそも、さっきの口ぶりからすると父親と同居しているらしい。
その父親も、この惨状を黙認しているのだろうか。
なんとも形容しがたい気分で立ち尽くしていると、和花が両拳をきつく握りしめ、ぷるぷると震えだした。
「許せない……」
和花はうわ言のように何度もそう繰り返したあと、ばっと顔を上げた。
目を見開き、心愛さんを睨みつける。
「こんないい家をゴミ屋敷にするなんて、許せません!!」
「は、はい……? す、すみません……?」
「今はメイクとかヘアセットとかしている場合じゃありません! 今すぐ、この惨状を片付けなきゃダメです!!」
「え? で、でも時間が……」
「時間内になんとかしますから、心配しないでください! というよりこの惨状は、私のギャル道に著しく反しているんですよ!! 分かりますか!?」
「は、はい……」
地雷さえも圧倒する和花のギャル道——いや、主婦道に、俺は内心驚いた。




