第51話 雷
ここはどこだ?
周囲には人が溢れかえり、目の前にはステージが組まれていた。
「それじゃあ、いくよ!」
歓声と音楽が入り交じり、鼓膜を震わせる。
ステージの上では、独特のデザインの水着を身にまとった五人の女の子たちが歌い踊っていた。
あれ、このダンス……最近どこかで見たような。
「私と別れるつもりなんて捨てちゃって! 君の家の前に地雷を埋めちゃう前に♪」
なんだ、この歌詞は。
呆気に取られた瞬間——ぽつり。
頭のてっぺんに、冷たい水滴を感じた。
空を仰ぐと、いつの間にか分厚い雨雲が垂れ込めていた。
やがて、空はバケツをひっくり返したような土砂降りになった。
「みんな! やっぱり私たち、雷雨を呼んじゃうみたい! 地雷なだけに!」
土砂降りに雷まで鳴り響く中、センターの赤髪の子は、ファンを一人たりとも帰すまいと、マイクを握りしめ必死に声を張っていた。
……正直、駄洒落は寒かったが。
それでもファンたちは「ハハハ!」と爆笑し、大半がそのまま残っていた。
五人のアイドルは再び歌い踊り始めた。
足元が滑るせいか、振り付けのミスが随所に目立った。
それでも、熱量だけは確かに伝わってきた。
(なんか、すげえな)
素直に感心した。
俺が普段こういうライブをあまり見ないせいもあるだろうが、なぜ人々に好かれるのかは分かる気がした。
最初は変だと思っていたこの地雷系コンセプトの曲も、聴いているうちに悪くないと思えてきた。
だが、その時だった。
ドガガガァーン――!!
目も開けられないほどの真っ白な閃光が視界を焼き尽くし、直後、鼓膜を劈くような雷鳴が轟いた。
俺は思わず目を閉じ、顔を背けた。
「なんだ、なんだ?」
「お、おい! あれ見ろよ!!」
スタングレネードのような閃光が収まり、耳鳴りが徐々に引いていくと、周囲のざわめきが耳に届き始めた。
まだ視界が戻りきらず、俺は何度もまばたきを繰り返した。
だが、人々の視線はただ一点に釘付けになっていた。
「え……?」
ついさっきまで駄洒落を飛ばしていたセンターの赤髪の子が、ステージに倒れ伏していた。
水着はズタズタに引き裂かれ、肌が露わになっていた。
だが、白磁のように滑らかだった肌には、木の枝を思わせる赤紫色の模様が不気味に広がっている。
そんな彼女の体から、白煙が立ち上っていた。
「か、雷に打たれたのか!?」
「きゃあああっ――!!」
「きゅ、救急車!! 救急車呼んで、早く!!」
「誰か、心肺蘇生できる人!!」
現場は一瞬でパニックに陥った。
俺はショックのあまり、何もできずに立ち尽くし――
ガバッと、ベッドから跳ね起きた。
荒い息を吐き出した。
(これ、『悪夢』……?)
人が雷に打たれる瞬間を目にするなんて。
まったく、いくらなんでも夢のバリエーションが豊かすぎるだろ。
高鳴る胸を落ち着かせ、机の椅子に腰を下ろしたところだった。
部屋のドアがわずかに開く。
「蓮くん、どうしたの? なんだか、うなされてるような声が聞こえて……」
「あ、ごめん……。ちょっと悪い夢を見てさ」
「悪い夢? もしかして、これから起きることとか?」
俺は思わず身を強張らせた。
愛理が俺の予知能力に薄々感づいているのは気づいていたが、ここまで直接的に言われたのは初めてだった。
(ここで誤魔化しても意味ないか)
それに彼女は、もう俺の金銭事情なら家族以上に把握している。
いっそ予知能力について具体的に打ち明けて、協力してもらった方がいいかもしれない。
彼女の口が堅いことは、自身の父親の件を隠し通そうとしていた姿からも分かる。
「今から話すことは秘密だ。誰にも話しちゃ駄目だぞ」
それに、もし愛理が他人に俺の能力を漏らし、そのせいで俺の身に危険が及ぶなら、それもきっと『悪夢』として現れるはずだ。
まあ、そうなれば愛理への信用も少しは落ちるだろうが……。
「分かったわ。誰かに脅されて殺されそうになっても、絶対に言わない」
「いや、そういう時は言っていいから」
「冗談よ。でも、本当にそういう状況じゃなければ言わない。できるならお墓まで持っていくわ。あ、ちなみに私のお墓の場所はもう決めてあるから」
「もう?」
愛理がにやりと笑って答えた。
「蓮くんの隣。生まれた日は違っても、死ぬ時は一緒よ」
「三国志かよ」
「三国志じゃあそれは叶わなかったけどね……。でも私は叶えるわよ? 特に蓮くんが先に死んだ時は、私も必ず後を追うから」
「極端すぎるだろ」
「蓮くんのいない人生なんて、何の意味があるの?」
これも愛情表現の一つなのか……?
……いや、本気じゃないよな。
とにかく今は、さっき見た『悪夢』の話だ。
俺は予知能力について、手短に、だが核心を外さずに愛理に説明した。
「それ、実際に体験してるのとほとんど変わらないじゃない……? 蓮くん、大丈夫? 本気でカウンセリング受けた方がいいんじゃない?」
「いや、カウンセリングは俺より愛理が受けるべきだろ」
むしろ愛理のほうこそ、父親からひどい虐待を受けていたんだから。
だが、彼女は相変わらず心配そうに俺を見つめていた。
「私、記事で読んだことがあるの。もちろん蓮くんみたいに特殊なケースじゃないけど……悪夢を何度も見るのって脳にもよくないらしくて、うつとかPTSDとか、ひいては自殺のリスクまで上がるって……」
「確かに少し精神衛生上良くない気もするけど、そこまでじゃないよ。あんまり心配しなくていいから」
考えてみれば、自殺の『悪夢』が縁で知り合った愛理に、俺の自殺リスクを心配されるとは。
なんだか皮肉なもんだと思った。
「でも、辛い時はいつでも私に言ってね。私、蓮くんの力になりたいの」
「分かった。じゃあ、さっき見た『悪夢』の話をするよ」
俺は彼女を机の横に座らせた。
そしてノートを取り出して記録しながら、口頭でも説明した。
人に話しながら整理すると頭に入りやすいとはよく聞くが、『悪夢』の記憶を辿るにも、思った以上に役立った。
(……なんか話しているうちに、某ゾンビアイドルアニメを思い出すな)
正直、そんなのはアニメの中だけの話だと思っていた。
現実で起こる確率など、万が一にも満たないだろうと。
だが、ゼロではない以上、起こり得るということなのだろう。
愛理が顎に手を当てて言った。
「水着でステージってことは、海? それともプールみたいな場所かしら」
「高い確率でな。でも俺、この子たち最近どこかで見たような気がするんだけど、知ってる?」
俺はステージで見た顔立ちを紙に描き出し、振り付けをいくつか真似し、歌のワンフレーズまで口ずさんでみせた。
「それ、最近っていうか、つい昨日じゃない?」
「え? 昨日?」
「うん、超ミニではしゃいでた時。あの時アイドルのダンスも踊ったでしょ? そのダンスの元ネタみたいね」
愛理がスマホを取り出し、ある動画を見せてくれた。
動画には、夢で見た赤髪の女の子がマイクを握って踊る姿が映っていた。
「私と別れるつもりなんて捨てちゃって! 君の家の前に地雷を埋めちゃう前に♪」
……相変わらず、少し呆れるほど突飛な歌詞とともに。
「最近、ティックトックやインスタでバズって人気が出始めたアイドルよ。ゆるめの地雷系コンセプトで、電波ソングっぽい曲を歌うらしいわ」
「そうなんだ」
地雷系コンセプトに電波ソングか。
ティックトックで受けるなら、瞬間的なインパクトが強いんだろう。
俺はアイドルについてそれほど詳しくないため、そんなものかと納得した。
「それから、このセンターの赤髪の子が一番人気のあるメンバー」
「意外と詳しいんだな、愛理」
「最近調べてみたの。正直、アイドルはそんなに好きじゃないわ。なんだか、ああいうキラキラした雰囲気は、私には合わない気がして」
俺の知る限り、アイドルが必ずしもそうとは限らないが……。
とにかく、ドルオタの愛理というのも、あまり想像がつかなかった。
「でも、なんで調べたんだ?」
「そりゃあ蓮くんに見せようと思って。昨日のダンスみたいに」
「え? じゃあ、ただ俺のために?」
「もちろん。昨日、喜んでたじゃない」
「いやまあ、それは……」
「別に恥ずかしがる必要ないわよ。リクエストも受けるから」
その口ぶりに冗談の色はなく、本当に俺がリクエストすればなんでも踊ってくれるつもりらしい。
俺のことが好きなのは知っていたが、それにしたって、驚くほど献身的だ……。
「それで蓮くんは、どうしたいの? この子が事故に遭うのを、防ぐつもり?」
「まあ……。俺にできるなら。でもアイドルだろ。警告する方法がない」
ファンレターを送ったところで、悪質な嫌がらせと受け取られるのがオチだろう。
事務所に直接行って訴えても、取り合ってくれないだろうし。
かといって、俺が無闇にステージに乱入するのも難しい。
俺の普段の運動能力を考えれば、ステージに近づく前にスタッフや警備員に取り押さえられるのがオチだ。
「でも蓮くん、今年の夏休みの出来事ってことで間違いないの?」
「いや、それも分からない。もしかしたら来年や再来年かもしれない」
「案外厄介なのね、その能力」
「まあ、そうだな」
「私が助かったのは、本当に蓮くんがすっごく努力してくれたからなのね……」
努力もしたが、実際のところは運も大きく味方してくれなければならない。
そういう意味では、俺が救えた人たちは、本当に運が良かったのだと思う。
「まあ、それなら今の段階じゃ方法がないんじゃない?」
「そうだな。時期を特定できるものが何もないから」
今ネットで流行っている曲を、来年や再来年のライブでも歌うかもしれないわけだし。
せめて誰とライブに行ったのかが分かれば少しはマシかもしれないが、『悪夢』の中で和花や愛理の姿は見ていない。
だとすれば、今年の夏休みではない可能性も十分にある。
「とりあえず予定通り海に行こう」
「うん。でも蓮くん、一つだけ約束して」
「何を?」
「正直、同じように蓮くんに助けられた立場で言うことじゃないかもしれないけど……」
愛理がひときわ真剣な表情で言葉を継いだ。
「絶対に無理をしないこと。自分の体を最優先にすること」
「うん、もちろん」
「約束よ?」
彼女は俺の手を取り、小指にそっと口づけた。




