第46話 買い物デート①
夏休みが始まって数日が過ぎた。
学校がない分、普段より少し遅く寝起きすることを除けば、実際のところ俺の日常は学期中と大して変わらなかった。
ただ——
「蓮くん、朝ご飯できたよ」
……相変わらず愛理に起こされることだけは慣れなかった。
ベッドの上で伸びをしながら上体を起こす。
朝の挨拶を交わして目をこすっていると、彼女がどことなく艶っぽい笑みを浮かべた。
彼女がドアを閉めて部屋を出て行った。
最近の彼女は、日に日に大胆になってきている気がする。
いくら話しかけても全く反応しなかった頃が、つい昨日のことのように思えるのに。
(そうだった、俺は愛理に告白されたんだ)
正直、今でも信じられない。
他でもない、学校で高嶺の花とさえ呼ばれている人が俺を好きだなんて。
いや、そもそも俺が女の子から先に告白されるなんて想像もしていなかった。
(俺は愛理とどうなりたいんだろう……)
毎日考えを重ねているが、結論は出ない。
万が一付き合うことになったとしても、また誰かに寝取られるんじゃないか。
気づけばそんな恐怖ばかりが、頭の中を占領してしまう。
(それでも、あまりズルズルと引き延ばしちゃダメだよな)
愛理自身、今すぐ返事を聞かせてほしいとは言わなかったが、待たせるのにも限度がある。
伊藤さんの言う通り、下手すれば俺は愛理の好意を楽しむだけのクズになってしまう。
そう考えながら1階へ降りると、突然愛理が俺の左腕に抱きついてきた。
「な、なんだ?」
「ほら、和花さんも早く」
「う、うぅ……」
和花は先週から、愛理に料理を教えるといって家に来るようになっていた。
俺が右腕を怪我したときに世話を焼いてくれた頃と、まるで同じように。
そんな和花がなぜか俺の右側で、顔を真っ赤に染めたままモジモジと立っていた。
「も、もう……! こんなことあんたにしかしないんだからね!?」
和花も愛理のように俺の腕にぎゅっと抱きついた。
「え、なんだ? これってどういう状況? 俺、どこに連行されるわけ?」
愛理はともかく、なんで和花まで?
しかも唇を震わせて、耳まで真っ赤に染めて。
わけが分からず、首を傾げながら二人を交互に見つめていると。
「まったく、血は争えないわね……」
母さんが冷ややかな視線を向けながら、ため息をついた。
なんだ、俺が何か悪いことしたのか?
だから今、逮捕されてるのか?
愛理が「ふふ」と笑いながら言った。
「そうね、蓮くん、今日は私たちに大人しく捕まってなさい」
やがて二人は俺をダイニングテーブルへ引っ張っていき、真ん中の椅子に座らせ、自分たちも両脇に腰を下ろした。
食卓には、朝にしては品数の多いおかずが並んでいた。
「美味しそうだな。二人で作ったの?」
「そ、そうよ! 全部あんたのために作ったんだから! 残さず食べなさいよ!」
「あ、ああ……。ありがとう。和花も、愛理も」
「蓮くん、お返しって言うのもなんだけど、一つお願いしてもいい?」
「ん?お願い?」
愛理が箸で卵焼きをつまみ、俺の口元へすっと差し出してきた。
「あーん」
「え? あ、愛理?」
「あら、和花さんがくれたのはよく食べてたって聞いたけど、私のは嫌なの?」
「いや、そういうわけじゃないけど。それより和花、愛理にそんなことまで話したのか……」
「え? そ、それは! と、友達なんだから! 友達同士なら秘密なんてないものでしょ!」
「小学生かよ」
結局、愛理の箸から卵焼きを口で受け取って食べた。
もぐもぐと口を動かす俺の顔を見て、彼女が小さく微笑む。
「さあ、次は和花さんね」
「え? わ、私もやるんですか!?」
「やらなくても構わないわよ? 私が続けるだけだし」
「わ、私もやります!」
和花が焼き鮭を一口大にほぐし、箸でつまんでみせた。
両腕ともピンピンしているのに、なぜ俺は食事の世話をされているんだろう。
よく理解できなかったが、
「は、早く食べて!」
と急かされたので、大人しく鮭を受け取って食べた。
「あーん」
「あーん」
「美味しい? これ私が作ったのよ」
「これは私が作ったの! 美味しいでしょ? あんた、これ好きじゃん」
二人は代わる代わる、俺の口におかずを運ぶことに夢中になっていた。
一体これは何の状況なんだ。
状況が飲み込めないままでいると、母さんがまた冷ややかな目でぽつりと呟いた。
「うちの息子、いつの間にか王様になったのかしら」
全くでございます、母上。
◇
朝食後、二人の絶対命令で、俺は自分の部屋で二時間も待たされた。
今日は、林間学校のバスの中で和花と交わした買い物の約束を果たす日だ。
(計画は自分たちが立てると言っていたけど……)
普通に駅のモールに行くだけじゃないのか?
なんで計画が必要なんだ?
そんな疑問は湧いたが、本人たちがやると言うので、まあいいかと受け入れることにした。
(なんだか結月とデートした時を思い出すな)
あの時も他の人のように駅前で待ち合わせるのではなく、俺の家から始まっていた。
俺が先に準備を終えて、かなり長い時間待たされたのも、あの頃と同じだった。
もちろん今はデートではなく、ただ友達と買い物に行くだけだが……。
(告白された以上、少なくとも愛理は単なる女友達とは言いにくいよな)
もしかすると愛理は本気でデートだと思っているかもしれない。
——そう気づいた瞬間、俺は席からガバッと立ち上がって鏡の前に向かっていた。
愛理だけでなく和花もかなり気合いを入れてくるはずなのに、俺だけ普段通りというわけにもいかないだろう。
(俺も久しぶりにちょっとお洒落してみるか)
シャワーを浴びながら眉毛を整え、上がってからドライヤーとワックスで髪をセットし、最後にスプレーで仕上げた。
スマホで調べておいた流行りのデートコーデを参考に、クローゼットから服を選んで着替えた。
……それなりに努力はしたが、ネットのモデルのようにはいかないな。
おまけに、そろそろ髪を切る時期だと感じた。
まあ、でも全くしないよりはマシか、そう自分に言い聞かせていたところ。
コンコン——
ノックの音と同時に和花の声が聞こえた。
「私たち準備できたよ! 早く出てきて!」
「分かった」
部屋のドアを開けて出た。
案の定、愛理も和花も思い切りお洒落していた。
愛理はサラサラの長い黒髪を下ろし、背中を大胆に露出したホルターネックのトップスに、長い脚を際立たせる黒のミニスカートを着ていた。
和花はふわりとしたフリルがついた水色のシャーリングオフショルダーのクロップドトップスに、短いデニムパンツを合わせていた。
二人とも、夏らしさあふれる装いだった。
さらに——
「愛理、薄くメイクしたんだな」
「う、うん……。和花さんに最近ずっと教わってるの。ど、どうかな?」
「綺麗だよ。メイクまでしてるから本当にモデルみたいだ。正直すっぴんでもやばかったのに、破壊力がさらに上がったんじゃない?」
「あ、ありがとう」
愛理が珍しく顔を赤らめ、サイドの髪を耳にかけた。
意外と褒め言葉に弱いのだろうか。
和花が俺を見て、目を丸くした。
「え、あんた何!? 誰!?」
「あたし、深ちゃんだよ」
「それやめてって何度も言ってるでしょ!? いやそれより、あ、あんたお洒落したら雰囲気全然違うんだけど!?」
「そこまでじゃないと思うけど」
「そこまでだよ!! なんで普段はこうしないの?」
「正直これを毎日やるのは面倒だし……。実は前に北山さんが、普段はこうやって出歩かないでって言ったんだよ」
「え? なんで?」
愛理が「あれじゃない?」と割って入った。
「自分の彼氏のカッコいい姿を、他の女の子に見せたくない、ってこと」
「え、え? むしろ自慢したくならない?」
「それだけ北山さんの独占欲が半端なかったってことね。でもちょっと、私もそれは分かるかも。考えてみてよ、学校でこんな姿で現れたら、女子たちが違った目で見るんじゃない? 中にはアプローチしてくる子もいるかもしれないし」
「……確かにそれはちょっと嫌かも。よし、蓮! 学校ではオタク君モードを維持すること!」
「俺、そんなモードないんだけど」
いや、俺そこまで差があるのか?
自分ではよく分からないけど……。
とにかく好評でよかった。
「さあ、それじゃあデートを始めましょ、蓮くん」
愛理はそう言うと、俺の左腕にぎゅっと抱きついた。
続いて和花も、少しもじもじしながら俺の右腕を抱え込んだ。
「……ちょっと待って、このまま行くのか?」
「いいんじゃない?」
「嫌なわけじゃないけど……」
早くも冷たい視線が痛いような気がする。
「和花さん、蓮くんに胸ちゃんと当ててる? あ、ごめん。当てる胸がなかったわね」
「私そこまで小さくないですからね!? 蓮、ちゃんと感じるでしょ!?」
「まあ、それなりに……」
正直に答えると、和花が顔を真っ赤に染めた。
「蓮のへ、変態!!」
「俺にどうしろって言うんだよ」
若干の理不尽さを感じながら、1階へ降りた。
母さんの冷ややかな視線に見送られながら外へ出ると、炎天下の日差しが肌を焦がすように降り注いでいた。
歩きながら、二人に尋ねた。
「それで、どこに行くんだ? このままモール?」
「蓮くんが望むなら、このままラブホに直行も可能だけど?」
「え、え!? わたし、初デートでいきなりラ、ラブホ行くの!?」
「……ラブホ抜きでお願い」
それより和花、お前もこれをデートだと思ってるのかよ。
まさか和花も俺を——。
いや、自意識過剰だ。
愛理に告白されたからって、調子に乗るのはよそう。
「そうね、とりあえず予定通りモールに行って、まずは水着を買おうか」
「おお、和花のエロビキニか」
「そんなの買わないからね!? 試着もしないわよ!」
「私は蓮くんが選んでくれるなら、エロビキニでも全然構わないわ」
愛理が吐息混じりの小さな声で、誘惑するように言葉を続けた。
「マイクロとかでも、いくらでも」
「ま、マイクロ!? れ、蓮そういうのが好きなの!?」
いや、そもそも普通のモールにそんな過激な水着は売っていない。
それに買えたとしても、一般的な海水浴場なら確実に出禁を食らう。
「和花さんには、色気なんて微塵もない水着を私が選んであげるわ」
「わ、私だって色気あるの着られますからね!?」
和花が耳まで真っ赤にしながら俺を見上げた。
「れ、蓮が選んでくれたやつなら、す、少しはエッチでもい、いいから……!」
これもツンデレなのだろうか……?




