第45話 スタートライン②
「こ、告白したなんて……」
和花は言葉が続かなかった。
もちろん、愛理が蓮にそういう想いを抱いていることは薄々気づいていた。
だが、まさかこれほど早く行動に移すとは想像もしていなかった。
「そ、それで、れ、蓮と付き合うことになったんですか……?」
同性から見ても、愛理の美しさは圧倒的だった。
女優やモデルといっても誰も疑わないほどの美しさだ。
もし自分が男だったなら、愛理の告白など断れない――和花はそう思った。
「安心して、和花さん」
愛理がふわりと微笑んで答えた。
「とりあえず保留ってことになったわ」
「ほ、保留……」
和花は思わず、ほーっと安堵のため息を吐いた。
愛理はそれを見逃さなかった。
「やっぱり好きなんでしょ? 蓮くんのこと」
「ち、違います! わ、私は……」
「あのね、和花さん。ツンデレもいいけど、ずっとそのままだと後で後悔するわよ?」
「うっ……」
和花は正座をするかのように背筋をピンと伸ばし、両膝の上でぎゅっと拳を握りしめた。
そして少し俯いたまま、消え入るような声で言った。
「私、本当はよく分からないんです。好きになるって、どういうことなのか……」
「あら、奇遇ね。私も同じだったわ」
「え? そ、そうなんですか?」
「だって、蓮くんが初恋だもの」
愛理がふわりと微笑んだ。
和花は改めて思った。
本当に、似ているところが多い。
「でもね、蓮くんが教えてくれたの。好きってどういうことか。教えてあげよっか?」
「は、はい……」
「蓮くん曰く、ずっと自分のそばにいてほしくて、見るだけで自然と笑顔になれるのが恋なんだって」
和花はビクッと身を震わせた。
その言葉にぴったり当てはまるのは、たった一人——蓮だけだった。
和花はぱっと顔を赤らめ、しどろもどろになりながら俯いた。
「わ、私が蓮を好きだなんて。蓮を……」
「別におかしいことじゃないでしょ? 和花さん、蓮くんと一緒にいる時はいつも楽しそうだったし、命まで助けてもらったんでしょ」
和花は口の中がカラカラに乾いていくのを感じた。
目の前のカフェラテを一口飲んでも、喉の渇きは一向に収まらない。
「和花さん、はっきり決めて」
愛理は、最後通告を突きつけるように、きっぱりと問いかけた。
「蓮くんとはただの友達のままでいたいのか、それともそれ以上になりたいのか」
和花の唇が、腕が、そして脚が、微かに震え始めた。
どうしたいのかなんて、考えたこともなかった。
いや、ただ今までと同じ日常が続くと信じていた。
(先輩が告白した以上、もう……)
もし愛理と蓮が付き合い始めたら?
当然、ただの女友達にすぎない自分は後回しにされるに決まっている。
彼女には「他の女の子とは距離を置いて」と要求する権利だって生まれるのだ。
「わ、私は……」
どうして蓮が、結月や愛理のような他の女の子と一緒にいると胸が痛むのか。
蓮の骨折が治って、もうサポートする必要がないと聞いた時、どうして落ち込んだのか。
どうして蓮に褒められながら、頭を撫でてほしいと望むのか。
その答えは、一つしかない。
「蓮のことが……好きになっちゃいました」
結月と大喧嘩したとはいえ、以前のような友達には戻れない決定的な理由が何なのか、和花自身もすでに気づいていた。
友達の元カレに惹かれてしまったのだ。
それも、「私がヨリを戻させてあげる」と豪語しておきながら。
愛理がふぅ、と長い息をついた。
「たかがそれだけのことを自覚させるのに、随分と骨が折れたわ」
「たかがって何ですか!? 私なりに結構思い悩んだんですよ!?」
「さあ、それじゃあ本題に入ろっか」
「私の話、聞いてました!? いやそれより、今までのは本題じゃなかったんですか!?」
和花は、愛理が何を考えているのかさっぱり見当もつかなかった。
お互い好きな人が同じだと分かった。
だからこれからは、友達でありながら恋敵でもある――そんな話をするのだと思っていた。
「和花さん、私たち手を組まない?」
「……へ?」
「蓮くんを私たち二人の共通の配偶者にしようってことよ。分かりやすく言えば、私たち二人とも蓮くんのお嫁さんになろうってこと」
「え、ええええっ——!?」
一度も思い浮かべたことのない発想に、和花は思わず大声を上げた。
他のテーブルの客たちが、何事かと二人を振り向いた。
和花は小さく「すみません……」と周囲に頭を下げてから、身を縮こまらせた。
「せ、先輩、そんなことできると思ってるんですか?」
「私たち二人が合意すればいいのよ」
「蓮の意思は!?」
「説得すればいいわ。蓮くんはラノベの主人公体質よ。どっちも選べずにウジウジして、そのうち『両方』って叫ぶに決まってるわ」
「先輩、本当は蓮のこと嫌いなんじゃないですか!?」
「何言ってるの、だから好きなのに」
「私、先輩のことがさっぱり分かりません!!」
そもそも、合意だの共通の配偶者だのと綺麗に言い換えたところで、結局は二股だ。
独占したくなるのが人間の心理だと、和花は思った。
「先輩、本当に可能だと思ってるんですか? 蓮が前に言った通り、現実は大奥ですよ」
「それは蓮くんが自分の能力を過小評価してるのよ。和花さんも気づいてるでしょ? 蓮くんだけの特別な能力」
結月の件、愛理の件。
何よりも、和花自身が死んでいたかもしれない交通事故から救われたこと。
そのすべてが、実際に起こる前に蓮が警告し、自ら行動を起こして未然に防いでくれたものだった。
もちろん、ただの偶然かもしれない。
だが、和花は直感していた。
――蓮には、悪い未来を見る不思議な力があるのだと。
「もし私たちの間に亀裂が生じたら、蓮くんがそれを事前に見ないと思う?」
「それは……」
「絶対見るはずよ。そうしたら私たちは蓮くんの能力を知ってるんだから、蓮くんに具体的にその内容を聞いて、そうならないようにみんなで努力すればいいの」
今までは、蓮がほとんど一人で東奔西走し、事態を解決してきた。
しかし、それが彼にとってどれほど大きな負担になっていたかは想像に難くない。
そんな彼の負担を少しでも分かち合いたいという想いは、和花も愛理も等しく抱いていた。
「それに蓮くんはもう大金持ちよ。いっそ私たち三人で、何もせずに家で呑気に暮らせるくらいなんだから」
「え? そんなにですか?」
「今持ってる株を全部処分すれば、港区や田園調布に家を何軒でも買えるくらいよ」
「ええええっ——!?」
驚きのあまり、和花の声がもう一度スタバの中に響き渡った。
彼女は再び「すみません……」と周囲に頭を下げ、亀のように首をすくめた。
「お金も、きっと蓮くんの能力で稼いだものだと思うわ」
「なんていうか、本当に漫画のキャラクターみたいですね……」
「言ったでしょ? 蓮くんはラノベの主人公体質だって。だから私たちはハーレムのヒロインとして大人しく内助の功を発揮しながら、蓮くんの元気な赤ちゃんを産めばいいのよ」
「急にすごく飛んでませんか!? そ、それに赤ちゃんって……」
「あら、和花さんはあまり子供には興味ないの? 何人産みたいとか」
「やっぱり一人は寂しいから二人くらいは——。じゃなくて!!」
和花は混乱するばかりだったが、どうにか頭の中で愛理の主張を整理した。
要するに、蓮には二人の女と一生を共にするだけの力がある。
だから二人で協力して蓮を攻略しよう――そういう話だった。
「……でも先輩、本当に大丈夫でしょうか? やっぱり嫉妬とか独占欲とか、そういうのがあるじゃないですか」
「まあ、なくはないでしょうね。でも考えてみて。もしこのまま私たちが恋敵になったら、本当に今までみたいに友達としてやっていけると思う? 逆に北山さんと同じような関係になっちゃうんじゃないかしら?」
「それは……」
「ちなみに私はね、和花さんと敵対することになったら、手段を選ばないわよ。どんな汚い手を使っても絶対に和花さんを蹴落として、勝ち取るつもりだから。私とそういう仲になりたい?」
愛理の射抜くような視線に、和花は鳥肌が立った。
果たして、自分はこの人に勝てるのか。
和花にはとても勝てる気がしなかった。
いや——それ以前に、ただ純粋に恐ろしかった。
「私も和花さんとは友達みたいに過ごしたいの。そのためには、私たちに残された道は一つしかないわ」
「……言い分は分かりましたけど、でもどうして急にこんなに行動を起こしたんですか? 何かあったんですか?」
「勘がいいわね。実は北山さんが数時間前に蓮くんの部屋に来てたのよ」
「え……?」
愛理が今日の蓮と結月のことを説明した。
和花はその説明を聞き、どうして愛理が今このタイミングで行動に出たのかを理解した。
「結月への牽制……ですね。先輩に告白されたことで、蓮の頭からは結月のことなんて完全に吹き飛んだでしょうね」
「あの子はどうであれ蓮くんの幼馴染っていうのが最大の武器なの。今は蓮くんと疎遠になったとは言っても、あの子が本当に心を入れ替えて蓮くんの前に現れたらどうなるか分からないわ」
「……その上、蓮が元々好きだった相手ですし」
「そう。だから『私を選べば、オマケもついてくる』作戦でいくのよ」
「私がオマケですか!? ひどいです!!」
「冗談よ」
愛理がくすくす笑いながら言葉を継いだ。
「共通の敵に立ち向かって、一緒に幸せになりましょ」
和花は、愛理が主張するハーレムが本当に実現可能なのか、まだ半信半疑だった。
だが、一つだけ意見は一致していた。
——蓮を、結月に奪われたくない。
「一緒に蓮のお嫁さんになるかどうかは分かりませんけど……。少なくとも当分の間は手を組みます」
「いいわ。私が持ちかけた提案だから、しっかりと和花さんにもメリットがあるようにする。和花さん、正直、蓮くんの右腕が治ってサポートできなくなったから、接点がかなり減ったでしょ?」
「うっ……。はい……」
「私が口実を作ってあげるわ。私に料理を教えて。それならほぼ毎日、蓮くんの家に来られるようになるのよ」
和花は目を丸くした。
一人では不自然でも、二人だからこそ成立する完璧な口実だった。
「名案ですね! 先輩、天才じゃないですか?」
「でしょ? 善は急げって言うし、今日の夕飯からどう? あ、私はハンバーグでお願い」
「……ただ先輩が私の作ったご飯を食べたいだけじゃないですよね!?」
愛理がニヤリと笑った。
「それでも蓮くんと一緒に夕飯を囲めるんだから、悪くないでしょ?」
「うっ……」
和花は全く反論できなかった。




