第34話 直面した真実①
「これを見せれば通るはずです」
日曜日の午後。
菅原先輩との待ち合わせへ向かう前、まずは探偵と顔を合わせた。
彼から、クレジットカードほどの厚みがあるプラスチックカードと紙袋、それに細かな品々を受け取った。
「実は、ここまで私どもが手配するのは少々グレーな案件ですので、くれぐれも他言無用でお願いいたします」
「はい、もちろんです。無理な要求を聞いていただき、ありがとうございます」
この探偵も最初は難色を示していたが、報酬を上乗せして、なんとか首を縦に振らせた。
探偵と別れ、教わった手順を頭の中でなぞりながら、待ち合わせ場所へ向かった。
前回と同じ、駅前。
約束の15分前には到着したが、すでに先輩の姿があった。
「お待たせしましたか?」
「ううん。30分くらい?」
「……それ、だいぶ待ってるじゃないですか」
「冗談よ。私も来たばかりだから」
本当は、30分くらい待っていたんじゃないだろうか。
先輩はノースリーブの白いワンピースの裾を軽くつまみながら言った。
「ごめんね。デートなのに、前回と服が同じで」
「いいえ。綺麗ですよ」
「お給料が入ったら、少し私服を買おうかな。深川くんに、いつも同じ服ばかり着てる女だと思われるのは嫌だから」
モデル体型の彼女なら、ボロ布を纏っても様になりそうだが……。
やはり女の子だから気になるのだろう。
まあ、彼女のいろんな姿を見られるのなら、俺にとってはそれだけで眼福だった。
「今日はどこに行くの?」
「まだ少し早いですけど、先に食事にしませんか。遅めのランチ兼ディナーということで。予約してある店があるんです」
「そう?じゃあ、そうしよっか」
「でも、店が少し遠いんですけど、大丈夫ですか?」
「もちろん構わないわ。あ、でも条件があるの」
「条件ですか?」
菅原先輩がニヤリと笑って俺の手を握った。
「今日はデートだから、恋人同士みたいに振る舞うこと。エスコート、期待していいわよね?」
「あんまり自信はないんですけど……」
「彼女いたこともあるくせに?北山結月さんだったかしら?」
「いつの間に調べたんですか。でも、元々幼馴染だったので、少し特殊な関係でしたから、というか」
「ふーん……。じゃあ、その幼馴染の元カノとデートしてた時にやったことを、私にもしてくれればいいわ」
今日の先輩は、なぜだかいつもより大胆で、どこか積極的というか……。
悪い気はしない。
ただ、その理由が見当たらなくて、少し戸惑っていた。
一時間ほど電車に揺られ、辿り着いたのはこの界隈最大の歓楽街だった。
「こっちです」
「え?こ、ここ、すごく高くない?」
「大丈夫です。俺が払いますから」
ひしめく歓楽街の建物群の中でも、ひときわ高くそびえる超高層ビルのレストランへ足を踏み入れた。
ウェイターに名前を告げると、すぐに全面ガラス張りの窓際にある二人用のテーブルに案内された。
菅原先輩が席に着きながら言った。
「毎回こんな高いところでばかり食べてたら、金銭感覚がおかしくなっちゃいそう……」
「次はもう少し安いお店にしましょうか?」
「ええ、それがいいわ。あ、深川くん、やるわね」
彼女がニヤリと笑って、ワイングラスに注がれた水を一口飲んだ。
「自然に次のデートの約束まで取り付けるなんて。しかも、高校生とは思えないくらい大人びた時間を味わわせて、同い年の男の子じゃ物足りなくさせるなんて」
「先輩の言い方だと、俺がとんでもないジゴロみたいじゃないですか」
「少なくとも、私と和花さんにはそうじゃないかしら?」
なぜここで和花の名前が出てくるんだろう。
意味をつかみかねて首を傾げていると、ウェイターがテーブルに来てメニューを渡してくれた。
「どれがいいですか?」
「……私、こういう難しい言葉よく分からないから、深川くんが適当なの頼んでよ」
「それじゃあ、このディナーコースにしますね」
「一人数万円もする食事を、定食屋みたいな気軽さで頼むのね」
「ただ少し値段が張るだけの飲食店ですから」
「そう思うのは、深川くんレベルのお金持ちだけじゃないかしら」
味の評判と店の品のよさで選んだのだが、先輩はどうやら値段のほうに圧倒されてしまったらしい。
また二人でこうして来る機会があるかは分からないが、次からはこういう点も考慮すべきだろう。
ウェイターに注文した後、俺も水を一口飲んだ。
ここからが重要だ。
「先輩、実は着てほしい服があるんですけど、いいですか?」
「服?わざわざ買ってきたの?」
「はい。少し露出度が高いので、嫌なら着なくても大丈夫ですけど」
探偵から受け取った紙袋をテーブルの上に置いた。
食事のあとに向かう先で、ことを滞りなく進めるための服だった。
先輩が小さく笑いながら、紙袋を受け取った。
「どんなエッチな服が入ってるのかしらね。今着てくればいいのよね?」
「はい。お願いします」
彼女は紙袋を手に、化粧室へと向かった。
前菜が運ばれてきた頃、ちょうど化粧室から出てくる彼女の姿が目に入った。
細いストラップで吊られた深紅のドレス。
深いVネックが豊かな胸元を際立たせ、華奢な肩から鎖骨へと流れる線を鮮やかに浮かび上がらせていた。
足首まで届くロングスカートには深いスリットが入り、歩くたびに白い脚が際どく覗いた。
(いやあ、本当にモデルみたいだな)
確かに露出がかなりある服なのに、いやらしいというよりエレガントだ。
まるでモデルがランウェイを歩いているような雰囲気だ。
そう感じたのは俺だけではなかったらしい。
ほかのテーブルの客たちも、俺たちを担当するウェイターまでもが、ちらちらと彼女に視線を向けていた。
「どう?似合う?」
「はい、本当に。でも先輩、大丈夫ですか?少し露骨なデザインですけど」
「この世で着られない服ってどんなのか知ってる、深川くん?」
「どんなのですか?」
「夏の着ぐるみよ」
「……」
着ぐるみのバイトもやったことがあるのだろうか。
確かに想像するだけで熱中症になりそうだ。
「それに私、自分のスタイルには自信があるの。自分で見ても、胸は大きさも形もちょうどいいと思うわ。そう思わない?」
「俺に聞かないでくださいよ。肯定しても否定してもおかしいじゃないですか」
「ふふ、こんな服を着せておきながら。でも、こういうデザインが深川くんの好みだったのね。後で新しい服を買う時に参考にするわ」
それ、探偵が用意してくれたものだから、俺じゃなくて探偵の好みなんだけど……。
でも、正直綺麗だと思っていたから、黙っていることにした。
先輩がエビのタルタルをフォークで掬いながら言葉を続けた。
「なんだっけ?財産のある独身男なら、妻を欲しがるのは真理、だっけ? 深川くんにも当てはまるのかしら?」
「……」
それ、元ネタは反語法を用いた風刺なんだけど……。
◇
食事を終えて、再び歓楽街の通りへ出た。
日が完全に落ちると、通りは徐々にいかがわしい熱気を帯び、行き交う人の数も増え始めた。
菅原先輩が俺の手をそっと握り、そのまま腕に抱きついてきた。
「……先輩、当たってますけど」
「当てるようにしてるんだけど?」
「ありがとうございますって言えばいいですか?」
「じゃあ私はどういたしましてって答えるわ」
俺たちは今日の目的地へ向かって、まっすぐ歩いた。
やがて、ある雑居ビルに入った。
内部は迷路のように複雑だったが、探偵が描いてくれた地図を事前に頭に叩き込んでおいた。
「深川くん、一体どこに行く——」
「先輩、すみません。ここからはむやみに話さないでください」
俺は小さなスプレーを取り出し、自分の服に吹きかけた。
まるで一杯引っかけてきたかのように、酒の匂いが漂い始めた。
酒の匂いをまとったまま、雑居ビルの地下へ下りていった。
そして防火扉の前で少しうろうろした。
「先輩、俺と先輩はお店で客とキャストとして出会ったという設定です。いいですね?」
「え……?」
そうだ、先輩にこんな露出度の高い服を着せたのは、そういった店の子のように見せるためだ。
探偵もこの方法で潜入に成功したという。
彼女にこんな格好をさせ、こんな設定まで背負わせるのは、さすがに申し訳ないと思ったが……。
そろそろ来る頃じゃないか、そう思っていた矢先のこと。
「おい、あんたら。ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」
野太い声と共に、男が俺たちに近づいてきた。
俺は探偵から聞いた通り、プラスチックのカードを1枚差し出した。
そして菅原先輩の腰を、俺の方へぐっと引き寄せた。
「この子が面白いところがあるって言うからついて来たんだけど、違いますか?」
「あ、左様でございますか。失礼いたしました。どうぞ」
男が防火扉を開け、中へ通してくれた。
薄暗く長い廊下があり、小さな部屋が立ち並んでいた。
「では、ごゆっくり」
各部屋には個別のドアはなく、内部が明るく見渡せた。
様々な人が、トランプとチップが置かれたテーブルで賭け事に興じていた。
案の定、菅原先輩の顔には困惑の色が濃く浮かんでいた。
なぜ俺がここへ連れて来たのか、見当もつかないのだろう。
「離れないでください」
「う、うん……」
彼女がすがるように俺の腕を強く抱きしめた。
さっきまでのように俺をからかっているわけじゃない。
怯えているのだ。
(どの部屋にいるか……)
廊下をゆっくり進みながら、各部屋の顔ぶれを一つずつ確かめていく。
探偵の中間報告書通りなら、菅原先輩の父親は毎週末ここへ来てブラックジャックをしているはずだ。
彼は、完全に運任せのバカラよりも、麻雀のようにある程度は選択の余地があるゲームを好むらしい。
(あ、いた)
奥から二番目の小部屋。
緑のテーブルを挟んで、二人の男が対峙していた。
一人は白シャツに黒ベストという小綺麗なディーラー。
そしてもう一人は――目を覆いたくなるほど、みすぼらしい姿の中年男だった。
俺はそのもう一人を腰の位置でそっと示し、菅原先輩に囁いた。
「先輩、あれを見てください」
「……え?」
先輩の顔が瞬時に強張った。
やがて口を小さく開けたまま、呟いた。
「お、父さん……?」




