↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
予知能力で彼女を寝取られる未来を見た ~諦めて他のSS級美少女たちを救ってたら、なぜか執着され始めた件~  作者: おなきく


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/110

第28話 初めて

 菅原すがわら愛理あいりは、やむを得ずバイトを始めて以来、数多くの人と接してきた。

 客、店長、同僚、出入りの業者など。

 以前とは違って外で過ごす時間が長くなり、ただ道を歩いているだけでも声をかけられることが多くなった。


(変な人が本当に多いってことが分かったわ)


 ナンパは日常茶飯事だった。

 宗教の勧誘や高価な商品の押し売り、詐欺、セクハラ、物乞い……。


 最もたちが悪いのは、彼女の苦しい懐事情を知った男が、体を売れと迫ってくることだった。

 それも、とんでもないはした金で。


(最初、深川ふかがわくんもその類だと思っていたけれど……)


 普通そういう男たちは、借金苦の愛理なら簡単に落ちると踏んで、最初から見下したような目を向けてくる。

 しかもその視線は、いやらしく体を舐め回してくるのだ。

 けれど、れんはまるで違った。

 だからといって、本気で好きになって近づいてきたと言い切るには、腑に落ちない点がいくつもあった。


(一体何の目的なのか分からないわ)


 愛理には、それが単なる施しとも思えなかった。

 そもそも彼女と何の関係もなかった蓮が、自分の困窮を知り得るはずがない。

 もしすでに知っていたとするなら、自分が1日1食だと言った時にあれほど驚いた顔をしたはずがない。


(ただの悪い人じゃないみたいだけど)


 普段の自分に対する態度、そして小森こもり和花のどかの一件。

 そのすべてが愛理の目には、演技とは映らなかった。

 一度信じてみる価値はあるとまで思ったからこそ、彼が提案した仕事も引き受けた。


(でも……不安だわ)


 ここまで自分に金をかける以上、きっと何か理由があるはずだ。

 下心でも、別の思惑でも。

 しかし、それが何なのかどうしても掴めない以上、愛理には蓮への接し方が分からなかった。


(いっそ本当に私をオトすつもりならいいのに……)


 ホテルの部屋の間接照明が、ベッドの上で向き合う愛理と蓮を淡く照らし出す。

 彼女は、一種のギャンブル——あるいは試しを、彼に仕掛けていた。

 彼が本当に信じるに足る相手なのか、確かめたかった。


(……このまま本当に初めてを奪われれば、かえって複雑な考えも消えるかもしれないわ)


 蓮が求めるのは、自分の体だけ。

 彼の欲を満たし、その見返りに大金を受け取る——本来は、それだけの単純な図式で済むはずだった。


「先輩、正直に教えてください」


 沈黙を守っていた蓮が、慎重に口を開いた。


「俺を、男として好きですか?」


 愛理はその言葉に即答できなかった。

 自分は蓮にどんな感情を抱いているのか。

 好きなのか。嫌いなのか。

 絶対に、無関心ではなかった。

 けれど、自分でも分からない。

 ただ、彼がどういう人間なのかを見極めるので精一杯だった。


「……分からないわ。ただ、ありがたいって気持ちとは違うのよね。そういうのって」

「まあ、そうですね。たとえば道に迷った時、道案内してくれた相手に感謝はしても、それだけで恋をするわけじゃないでしょう?」

「深川くんは彼女いたことあるから分かるんでしょ?人を好きになるってどういうことか」

「そうですね、人によって違うでしょうけど……。よくある表現なら、ずっと自分のそばにいてほしくて、見るだけで自然と笑顔になれることでしょうか」


 果たして、蓮は愛理にとってそういう相手なのだろうか。

 彼女には分からなかった。

 自分の心と向き合ったなど、はるか昔のことのように感じられた。

 働いてお金を稼ぐ上で、自分の感情をさらけ出すことは、足枷にしかならなかったから。


「先輩、少なくとも初めては、本当に好きな人にあげてください。俺みたいなやつじゃなくて」

「……じゃあ私は一体深川くんに何をあげればいいの? 体以外、あげられるものなんてないわ」

「まあ、ある意味で体をくれればいいんじゃないですか?」


 蓮が小さく笑って言葉を続けた。


「こうして俺と出かけて、話して、一緒に楽しい時間を過ごしてくれる。それだけで、俺には十分すぎる恩返しです」

「本当にそれだけでいいの? 私に望むこと、本当に何もない?」

「和花ほどじゃなくても、俺も友達が少ないですからね。先輩がどうなのかは分かりませんけど、俺はお金よりも大切なものがあると思ってるんですよ」

「でも、でも……」


 別に蓮の価値観を否定しようとしたわけではない。

 ただ愛理は怖かった。

 見返りを求めない善意なんて、ネット小説の中にしかないものだ。

 バイトをするうちにそう思うようになってしまった自分の考えそのものを、丸ごと否定されるようで。


 彼が上半身を起こした。

 そして愛理の指先をそっと握った。


「先輩、仕事や家族以外で、男の手を自分から握ったことありますか?」

「……ううん、ないわ」

「じゃあ、一度俺の手を握ってくれませんか?」


 意図は分からなかったが、愛理は躊躇いながらも、おずおずと蓮の掌へ手を伸ばした。

 ふたりの指が触れ、やがてゆっくりと重なり合う。


「これで先輩の初めて、もらいましたよ」


 愛理は蓮の笑顔を直視できなかった。

 自分が恥ずかしい。彼が羨ましい。

 いくつもの感情が、胸の奥でぐちゃぐちゃに絡まり合った。

 けれど、いちばん大きかったのは——


「……大きくて温かいわね、深川くんの手」


 和花がなぜ彼を好きになったのか、その理由が少しだけ分かった気がした。



 ◇◇



 翌朝。

 ホテルのサービスで、無料の朝食が提供されていた。


「ん〜美味しい!」


 ぱぁっと顔を綻ばせ、和花が幸せそうに目を細める。

 確かに俺も美味しかったが……。


「どうしたの、蓮? あまり口に合わない?」

「あ、いや。ただちょっと眠くて」

「分かった、あれでしょ? 私と先輩の間で寝たから眠れなかったんでしょ?」

「まあ……そんなところだ。俺も一応、男だからな」

「もう、本当にエッチなんだから!」


 実はそれよりも、菅原先輩が突然俺を押し倒してきたせいで、高鳴る胸を落ち着かせるのに数時間費やしたからだが。

 正直、据え膳を蹴飛ばしたような気分を覚えなかったと言えば嘘になるが、昨夜の判断は正しかったと改めて思った。


「深川くん、今日はどこに行くの?」


 今までにないほど明るく微笑む菅原先輩を見ていると。

 理由は分からないが、憑き物が落ちたようだった。


 俺はスマホを取り出し、地図アプリを開いた。


「今日はここに行こうと思います」


 和花と菅原先輩が一緒に画面を覗き込んだ。


「水族館? 深川くん、魚好きなの?」

「いえ、むしろ一度も行ったことがなくて。近くに有名な水族館があると聞いたので、どんな感じか気になって」

「ふーん……。まあ、いいけど。 私も行ったことないし」

「お前は行ったことあるか、水族館?」


 和花が首を横に振った。

 口いっぱいに寿司を頬張ったまま。


「ううん、いッたコとナい」

「……全部食べてから喋れ。念のために言っておくが、水族館にいる魚は食べるものじゃないぞ?」


 彼女がごくりと飲み込んでから叫んだ。


「私だって分かってるわよ! いくら私が勉強できないからって、そこまでじゃないからね!?」

「え、お前勉強できないの?」

「……あ。 そういえばあんたに教えたことなかったわね」

「この前の中間テストの順位は?」

「私、そういうのいちいち覚えてるタイプじゃないから」


 覚えるほどの順位じゃないってことか。

 菅原先輩も夢の中で成績が良くないと言っていたし、本当にこの二人は色んな意味で似ているところが多い。


 朝食を済ませ、まっすぐ水族館へと向かった。

 やはり初めて来たせいか、俺だけでなく二人も楽しそうだった。

 途中で和花が、

「……あれ、タレを塗って焼いたら本当に美味しそう」

 と言いながら生唾を飲み込んだ時は、マジで鳥肌が立ちそうになったが。

 どうか冗談であってほしい。


 それからは有名なカフェに寄ってコーヒーを飲んだ後、電車に乗って俺たちの地元へ戻ってきた。

 まだ昼間だからこのまま駅前で別れてもよかったが——


「二人とも家まで送るよ」


 この機会に、菅原先輩の家が正確にどこなのか確認しておきたかった。

 万が一のことが起きたら、俺がすぐに駆けつけられるように。


 菅原先輩がくすくすと笑った。


「やっぱり彼女いたことあるから、デートをどう締めくくるか分かってるのね」

「デートじゃないですよ」

「そ、そうですよ先輩! デ、デートって男女二人で行くものじゃないですか!!」

「小森さん、世の中のデートって必ずしも男女二人でするものじゃないわよ?女二人連れののデートも少なくないから」

「え、え!? そうなんですか!?」

「少ないですよ。先輩、ネット小説の設定を現実に持ち込まないでください」


 菅原先輩が背伸びをして、俺の耳元で甘く囁いた。


「深川くんがどう思おうと、私はデートだと思ってるから」


 俺が驚いて彼女の顔をじっと見つめると、彼女はただ微笑むだけ。

 元々こんなによく笑う人だったか?

 かえって不自然に感じるほど明るい表情だった。


 俺は妙になった雰囲気を変えるため、わざと空咳をした。


「さあ、じゃあ行きましょうか」

「え、何何!? 二人で何の話したの!?」

「和花には到底聞かせられないような、超エロい話」

「えええ!? ちょ、超エロい!?」


 和花をからかいながら歩き始めた。



 ◇



 菅原先輩の家は、思いがけない場所にあった。

 ——小森家の、すぐ隣だ


「……和花、お前知らなかったのか? お隣さんだぞ?」

「あ、いや! だって一度も会ったことないんだもん! おまけに表札もないし……」


 和花がひどく慌てている様子だった。

 菅原先輩が代わりに言い訳するように話した。


「ここ、元々おばあちゃんの家なの。私は今年になってここへ越してきたのよ。たぶん小森さんは朝が早くて、私は登校がぎりぎりなうえ放課後はすぐバイトだから、今まで顔を合わせなかったんでしょうね。表札は……事情があって、あえて出してないの」


 その事情というのは借金取りのせいに違いない。

 おそらく彼女の父親が、返済を名目に元の家を売り払い、その金をギャンブルにつぎ込んだのだろう。


(後で和花に頼んでおこう)


 もし隣の菅原家のまわりを怪しいやつがうろついていたら、すぐ俺に知らせてもらおう。

 位置的に見ても、二階の窓からなら十分見張れるはずだ。


「じゃあ和花、また明日」

「う、うん。明日も私が迎えに行けばいいよね?」

「ああ、頼む」


 和花が俺に小さく手を振ってから、玄関を開けて家の中に入っていった。

 あとは菅原先輩に挨拶して、俺も帰ればいい。

 そう思っていた時だ。


「深川くん」


 菅原先輩が俺の袖を軽く掴み、言葉を続けた。


「何もないけど……。カップ麺でも食べていく?」


 お茶じゃなくてカップ麺か。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。