第27話 ツインベッド②
一つ確かなことがある。
菅原先輩だろうと和花だろうと、誰かが隣にいれば、俺は今夜一睡もできないということだ。
そもそも、和花が添い寝を許してくれるわけがない。
「先輩は嫌じゃないんですか? 俺と一緒に寝るの」
「言ったでしょ?深川くんが責任を持って私をお嫁さんにして、一生養ってくれるなら構わないって」
「……和花も同じ部屋にいるのに、変な真似する気は全くないですよ」
「何もしないとしても、男女が同じベッドにいるってだけで、十分一大事だと思わない?」
確かにその通りだ。
だからこそ、こうして決めかねている。
「でも、単に先輩と和花が同じベッドを使えばいいんじゃないですか?」
「私は構わないけど、小森さんが果たしてちゃんと眠れるかしら?深川くんは見てないだろうけど、深川くんが間にいないとあの子、すごく固まっちゃってたわよ?」
「……」
いかにもありそうな話で、反論の余地はなかった。
一体どうすればいいのか。
腕を組んで思案する。
と、ふとあることに思い至った。
(……単にベッドをもう一つ頼めばいいじゃないか)
俺はすぐに客室の受話器を取り上げ、フロントへエキストラベッドを一台頼んだ。
考えてみれば、チェックインの時にフロントから勧めてくれてもよさそうなものだ。
受話器を置くと、菅原先輩が不満げに口を開いた。
「つまんないの。男らしい決断を下すと思ってたのに」
「女子会をするって言ったじゃないですか。だから今の俺は男じゃないし、男らしい決断をする必要なんてないんですよ」
「なるほど、逃げ回るのだけは上手いのね」
何を言われようと、この決定は覆らない。
和花もシャワーを終えてバスルームから出てきた。
最後に菅原先輩がバスルームに入ると、ホテルのスタッフがキャスター付きのベッドを1つ運んできた。
そして、空いたスペースに固定して去っていった。
「「え」」
俺と和花は、設置されたエキストラベッドを見て、思わず顔を見合わせた。
いや、これマジか?
そうこうしているうちに、菅原先輩があっという間にシャワーを済ませて出てきた。
「あ、なるほど。深川くん、やっぱり私より一枚上手ね。こんな手があるとはね」
「……言っておきますが、これが俺の意図したことじゃありませんからね」
運ばれてきたエキストラベッドは、二つのベッドのちょうど中間に押し込まれた。
部屋の構造上、そこ以外にまともなスペースはなかったのだ。
その結果、巨大な三連ベッドが出来上がってしまった。
「ちょ、ちょっと待って!これだと蓮が真ん中に、つまり私と先輩の間に挟まれるってこと!?」
「あら、嫌なの? なら私が真ん中に寝るわよ。私と深川くんだけ見つめ合って寝ればいいわね」
「うっ……!」
いや、菅原先輩か和花がエキストラベッドで寝るなら、俺は背を向けて端に寄って眠るつもりだったのだが。
だが、俺がその考えを口にする前に和花が叫んだ。
「べ、別に嫌だとは言ってません! むしろ先輩こそ嫌じゃないんですか?蓮と知り合ってまだ間もないじゃないですか。私が真ん中にします」
「私も別に嫌じゃないわよ?じゃあ、深川くんが真ん中ってことでいいわよね?」
菅原先輩がニヤリと笑いながら俺の方に顔を向けた。
「右腕が無事なら、私と小森さんの肩を両腕で抱き寄せながらハーレム気分を満喫できたでしょうに、残念だったわね?」
「全然残念じゃないです。それに、俺は恋人じゃない女の子には絶対に手を出さないので」
「肩じゃなくて私の手はさんざん弄ったことあるくせに!」
「いやそれは……」
あのときは、和花を遠ざけるためにわざとやったことなのに、こんな形で返ってくるなんて。
瞬時に言葉に詰まった。
「へえ、深川くん、女の子の手が好きなの? 私の手も貸そうか?バイトのせいで少し荒れてるかもしれないけど」
「……俺、別に女の子の手を集める趣味はありませんから」
俺は爆弾の能力を持つ、どこかのスタンド使いじゃないんだから。
「そういえばあんた、この前いちばん好きだって教えてくれたアニメ、ハーレム物だったじゃない。まさか、これ全部仕組んだんじゃないでしょうね!?」
「違うって!俺が頭おかしくなって現実でハーレムなんか目指すわけないだろ!」
「深川くん、それは少し違わない? そもそもハーレムって、現実に存在したものを指す言葉でしょう。今の日本じゃ普通は難しいってだけで、厳密に言えば現実でもあり得るのよ?」
「先輩、なんで急にハーレムを真剣に考察してるんですか。それに現実は、ハーレム物みたいに明るくて仲がいい、なんてものじゃないでしょう。大抵は大奥ですからね」
菅原先輩は男性向け異世界ハーレム物のネット小説が好きだと言っていたっけ。
まったく、掴みどころのない先輩だ。
とにかく、この会話を続けても俺の立場が悪くなるだけだ。
どうにかして話題を変えなければ。
「こんなことしてないで、女子会でもしましょうよ」
「今、女子会してるじゃない? 深川くん、じゃなくて深ちゃん」
「えっ、もう女子会してたんですか? あたし、知らなかった」
「うわ、キモい……。しかも妙に女の子の口調真似るのが上手くて、余計鳥肌が立つ……」
「ええっ、和花ちゃんひどーい! あたし、泣いちゃうかも!」
「マジで殴りたい。いや、殴っていい?」
和花が拳をぎゅっと握って振り上げたので、すぐにやめた。
「でも俺、男だから本当に分からないんだけど、女子会って普通何するの?やっぱり漫画やアニメに出てくるのとは現実は違うだろ?」
純粋な疑問だった。
けれど、返ってきたのは、
「「……」」
沈黙だけ。
あ、そうだった。
この二人はどちらも、友達というものに壁を作って生きてきた人たち。
答えられるはずがない。
「ごめん」
「謝らないで!なんだか余計惨めになるから!!」
「小森さん、友達なんて必要ないのよ。分かるでしょ?」
「私まで巻き込まないでください!!私はちゃんと、もっとたくさん友達を作るんですから!!」
女子会かどうかはともかく、そんなこんなで話し込むうちに、夜は更けていった。
◇
「じゃあ、電気消しますね」
ベッドサイドのコントローラーへ手を伸ばす。
全体の照明を落とそうとボタンを押したのだが——
「ちょ、ちょっと待って!」
和花が止めた。
「何で?」
「間接照明一つは残して! 私、真っ暗だと怖いの……」
「子どもかよ」
「お、お願い! 私眠れないから」
「分かった、分かったよ」
彼女の希望通り、ほのかな黄色い間接照明を一つだけ点けておいた。
実を言えば俺は逆で、完全な暗闇でないと眠れない質なのだが……。
まあ、どうせ二人の間に挟まれる羽目になって熟睡できそうもないから、構わないか。
(でも完全に密着してるわけじゃないからマシか)
顔を左に向ければ和花が、右に向ければ菅原先輩が目に入る。
ただでさえ異常な状況なのに、もし肩が触れ合うほど密着していれば、平常心を保つだけで理性が焼き切れていたはずだ。
しかも二人ともあまりに容姿が整っていて、俺はひたすら視線を天井に縫いつけ、横を見ないよう必死に堪えた。
それから5分ほど経った頃だろうか。
スースー。
左から、穏やかな寝息がだんだんと深くなっていった。
和花、よっぽど疲れていたようだ。
まあ、無理もないが。
俺も疲れてないわけじゃないし、そろそろ寝るか。
そう思って目を閉じようとした時だった。
「深川くん」
菅原先輩が呼んだ。
俺は顔を向けずに答えた。
「はい」
「こっち見ないの?」
「絶対見なきゃダメですか?」
「うん」
「……」
こう言われちゃ仕方ない。
顔を右に向けて菅原先輩を見た。
枕に顔の半分を埋めた彼女の姿が、薄明かりの中に浮かんだ。
「今日、楽しかった?」
「はい。先輩は?」
「私も楽しかった。その……」
菅原先輩が少しうつむいてから、俺の目をじっと見つめて言葉を継いだ。
「ありがとう」
内心、驚いた。
彼女からお礼を言われるなんて、思ってもみなかったからだ。
お礼なんて言わない、と彼女が言っていたのは、ついこの間のことなのに。
「俺の方こそありがとうございます。一緒に遊んでくれて」
「私、分かってるよ。深川くん、私のために今日連れ回してくれたんでしょ?」
「別にそういうわけじゃ……」
「嘘が下手ね」
菅原先輩が小さく微笑んだ。
「ここまで世話を焼いてもらったら、私がどう恩返しすればいいか分からないじゃない」
「別に恩返しを求めてるわけじゃありませんよ」
強いて言うなら、あの『悪夢』を回避した未来——だろうか。
だが、菅原先輩にそれを求めたところで信じてもらえるはずがない。
あの結月や和花がそうだったように。
せっかく悪くない関係を築けたのに、ここでそんな話を持ち出せば、たちまち妙な疑いを向けられるだろう。
「深川くん、そっちに行っていい?」
「え?せ、先輩?」
菅原先輩は返事も待たずに身じろぎし、衣擦れの音とともに、ベッドの端へ静かに寄ってきた。
薄明かりの中、彼女の顔がすぐそばにあった。
「私、返せるもの……これくらいしか思いつかないから」
一体何をするつもりだ。
思わず生唾を飲み込んだ。
菅原先輩が俺の頬をそっと撫でた。
「責任を取ってとは言わない。これは恩返しだから。だから――」
彼女が、俺の耳元で囁いた。
「深川くんが望むなら、私の初めてをあげる」




