第102話 セーラー服姿のアイドル
翌日の土曜日。
高木と一緒にオープンスクールの案内を任された俺は、学校に来ていた。
今やすっかり、高木の真っ黒に焼けた顔にも慣れていた。
「こんにちは、先輩たち! 地雷ちゃんシンドロームの心愛です!」
……目の前には、セーラー服姿の心愛さんが、いつも通りのハイテンションで立っていた。
もちろん、心愛さん一人ではない。
彼女の同級生らしき中学生が、4人ほど一緒に来ていた。
(幸い、俺と知り合いだと悟られるような素振りは見せないらしい)
もし普段通りに「スポンサー様〜」「蓮様〜」なんて呼んでいたら、間違いなく質問攻めに遭っていただろう。
下手をすれば噂が広まって、スキャンダルになりかねない。
さすが心愛さんはプロ意識が高い。
高木がコホンと一つ咳払いをして、案内を始めた。
「ええと、本日の校内案内を担当する一年の高木です。こちらは同じく一年の深川」
「よろしくお願いします」
「それでは始めます」
俺はあくまで代役なので、案内は高木がメインで進めてくれた。
俺の役目といえば、時折質問に答えたり、列の後ろから五人を見守ることくらいだ。
みんな高木の言うことに素直に従ってくれたおかげで、俺が出る幕はほとんどなかった。
(それにしても、心愛さんはなんだか浮いているな)
他の同級生四人との間には、見えない壁のようなものがあった。
その距離感は、どこか愛理を思い出させた。
けれど、どこか毛色が違う。
心愛さんはコミュ力が足りないわけでもないはずなのに。
そんなことをぼんやり考えていると、心愛さんが突然話しかけてきた。
「そこのかっこいい深川先輩、何をそんなに考えてるんですか? あっ、当てましょっか。心愛のことでしょ!」
「……」
……図星すぎて、肯定なんてできなかった。
「心愛さん――。いや……」
今はスポンサーとしてアイドルの心愛さんといるわけではない。
あくまで高校生の俺が中学生の彼女に学校を案内しているのだ。
下の名前で呼ぶのは控えるべきだろう。
……そもそも本名ではないが。
(そういえば、名字は何だ?)
俺は心愛さんと呼ぶし、マネージャーと愛理は美代子と呼ぶ。
だから名字を聞いたことがなかった。
あ、そうか。
彼女の父親がジェームス・バーンだから――
「バーンさん」
「ち、違いますから!?」
「じゃあ何ですか?」
「え……。そ、それは……」
心愛さんは、なぜか視線を逸らした。
え、何か地雷を踏んだのか?
名字にまつわる嫌な記憶でもあるのだろうか。
愛理がそうだったように。
「ふ、普通にいつも通り心愛って呼んでください! 心愛は心愛ですから!」
彼女がぎこちなく笑った。
なんだかちょっと引っかかるな……。
そう思っていると、高木が目を丸くした。
「いつも通り?」
「「あ」」
高木のやつ、どうしてこういう時に限って空気が読めないんだ。
適当にスルーしてくれればいいのに。
いや、一瞬油断した俺と心愛さんが悪いんだけど……。
その時、同級生の女子の一人が口を開いた。
「へえ、神代さんの知り合いなんだ。もしかして彼氏とか?」
「も、もう! 心愛って呼んでってば」
「神代さんは神代さんじゃん?」
「そうそう。神代さんはやっぱり年上が好きなんだね」
「そういうのもお母さん譲りなの? 怖い!」
キャハハッと、女子たちが一斉に笑う。
あからさまな嘲笑だった。
この嫌な空気は高木にも伝わったらしく、慌てて声を張り上げた。
「さあさあ、早く次に行こう! それから深川、中学生アイドルを口説くなよ!」
「いや、俺がいつ口説いたんだよ」
「ええ〜、深川先輩にだったら口説かれてもいいかも?」
「心愛さん、話を無駄にややこしくしないでください」
おそらく高木なりに気を遣って、わざと茶化してくれたのだろう。
……もっとも、余計な口を挟んだのはあいつなのだが。
◇
その後の案内は特に問題なく進み、オープンスクールは無事に終わった。
高木が片付けをしていたので俺も手伝おうとしたが、
「いや、これ以上は悪い。もう帰っていいぞ」
と断られた。
「それから、さっきは余計なこと言って悪かったな」
「まあ、心愛さんも気にしてないみたいだから大丈夫だよ。元はと言えば俺たちの失言のせいだし」
「……で、マジでお前らどういう関係なんだ? 絶対に噂で広めたりしないから、ちょっと教えてくれないか?」
「お前、絶対に噂で広めるだろ。信用できない」
「ちぇっ」
別に高木に隠したいわけではなかった。
だがいくら考えても、心愛さんとの関係をどう説明すればいいのか見当もつかなかった。
……プライベートでちょくちょく会うスポンサーとアイドル、なんて説明は聞くだけでヤバすぎる。
「お前さ、マジでモテるよな。何かコツでもあんのか?」
「特にない」
「じゃあどうやって心愛さんと親しくなったのかだけでも」
金で、とは答えられない。
「大したことないよ。本当に偶然、海で会ったんだ」
別に嘘はついていない。
旅行先の海で偶然、心愛さんが落雷事故に遭う夢を見た。
そこから始まった縁だから。
「海で偶然!? そんな偶然あるか!?」
「あったんだよ」
「くそっ、なんで俺にはそんな偶然がないんだ! 俺はあくせく働いてばっかりなのに!! 世の中、理不尽すぎるだろ!!」
高木が咆哮した。
「それにしてもお前、誰と行ったんだよ海!? 一人で行ったわけないだろ!」
「当然、和花と愛理だよ」
「当然なのかよ!! 畜生っ!! 絶対に可愛い水着姿も見たんだろうな!?」
俺は何も言わなかった。
実はマイクロビキニ姿まで見たけど。
俺は小さく笑って言った。
「じゃあ俺は帰るよ。今日は二人と何して遊ぼうかな」
「最後まで惚気かよ!! ええい、三人で幸せな家庭でも築きやがれ!!」
「温かいお言葉どうも」
鞄を片手に、校舎を出た。
なんだかんだ言って、高木ほどいい奴はそうそういないよな。
あいつにもいい彼女ができればいいのに。
そう考えながら校門を通り抜けようとした、その時だった。
「わっ!」
不意に、誰かが飛び出してきた。
思わずびくりと肩が跳ねた。
「こ、心愛さん。どうしてここに」
「会いたい人がいるからですよ?」
「あ、こっくんのことですか?」
「違いますよ!? 蓮様ですよ!!」
「……あの、悪いんですけど、学校で様付けは勘弁してくれませんか」
ただでさえ赤髪で目立つ心愛さんは、今や売り出し中のアイドルだ。
さっきの中学生たちがSNSに変な噂を書き込まないか、今さら心配になってきた。
「じゃあ、蓮先輩?」
さっきは俺を名字で呼んでいたのに、なぜ下の名前で呼ぶことにこだわるんだろう。
まあ、別に構わないけど。
「それにしても驚きました。心愛さん、この学校に進学するつもりなんですか?」
「正直、元々は考えてなかったんです。電車で通えなくはないですけど、少し遠いじゃないですか?」
「それはそうですね」
俺も昔から、学校は近いに越したことはないと考えるタイプだ。
俺がこの学校を選んだ一番の理由は、もちろん結月のために写真部の強豪校だったからだが、二番目の理由は距離だった。
「でも、考えが変わったんです! だから、ここを受験しようと思ってて」
「会いたがっていた初恋の相手がいる学校だからですか?」
「こっくんのせいじゃありませんから!? それに、は、初恋の相手じゃないってば!?」
そんなに顔を真っ赤にして言っても、説得力がないんだけどな。
「先輩たちがいる学校だから受験するんですよ!」
「え? どうしてですか?」
「もう、先輩はこういう時だけ鈍感なんですから」
心愛さんは苦笑してうつむき、靴先で足元の空気を小さく蹴るような仕草をした。
「さっき見たでしょ? 私、学校に友達がいないんです」
「まあ……そんなに仲がよさそうには見えませんでしたね」
「前はそれでも、あやちゃんたちが友達みたいに接してくれていたんですけど、今は違いますし」
話を聞くほど、心愛さんも決して順風満帆ではなかったのだと思わされた。
小学校の時は目立つ髪色のせいでいじめられた。
今は、正確な理由こそ分からないが、名字にまつわる何かのせいで学校では距離を置かれている。
(神代という名字に何かあるのか?)
おそらく、離婚した母親の姓なのだろう。
バーンさんが心愛さんを引き取っていることを考えると、母親側に離婚の原因があったのだろうか。
その事情を、中学校の同級生たちは知っているのか?
「先輩、一つお願いがあります」
「何ですか?」
心愛さんが顔を上げて俺を真っ直ぐに見つめた。
「先輩、こっくんと何かあったんですよね? しかも、ただ事じゃない何かが」
「まあ……そうですね」
「どうか教えてください。先輩とこっくんの間に何があったのか。変わってしまった今のこっくんのことを知りたいんです」
まさか彼女の方から先に聞いてくるとは。
いや、ある意味当然か。
あれほどずっと会いたがっていた相手に久しぶりに会ったのに、あんな有様だったからな。
「……ちなみに聞きたいんですけど、心愛さんは浮気についてどう思いますか?」
「最悪ですね」
心愛さんが顔をしかめながら言葉を継いだ。
「浮気した人と同じ空気を吸うくらいなら、人殺しと同じ部屋にいる方がマシですよ」




