第103話 四人のセーラー服
心愛さんが、ここまで浮気を嫌っているなんて思ってもみなかった。
下手に勘ぐるべきじゃないとは思うけど、もしかしたら親の離婚が原因で、そういうトラウマを抱えているのかもしれない。
俺は小さく頷いて答えた。
「分かりました。俺が長澤先輩について知っていることは全部話しますよ」
「わあ、さすが蓮先輩!」
「その代わりというわけじゃないんですけど、一つお願いしてもいいですか」
真剣な顔で、俺は言葉を続けた。
「事務所の件で、話しておきたいことがあります」
「じ、事務所ですか?」
「はい。かなり大事な話なんです。それを聞いた上で、事務所のことを真剣に考えてみるって約束してくれますか?」
心愛さんが今の事務所を辞めたら、地雷ちゃんシンドロームって名前も、彼女を押し上げたあの曲も、使えなくなる可能性がある。
目に見える危険が迫っているわけでもないし、他のメンバーへの義理もある。
そう簡単に事務所を捨てるとは思えない。
(でも、知ってるか知らないかじゃ全然違う)
警戒くらいはできる。
心愛さんなりに、備えることもできる。
少なくとも、何も知らないままでいるよりは、よほどマシだ。
心愛さんが小さく頷いた。
「分かりました。蓮先輩がそう言うなら、きっと何かあるんですよね。これまで先輩の判断に間違いはなかったですから」
「ありがとうございます。じゃあ……そうですね。明日、引っ越すんですよ」
「ついに私と一緒に住むんですか!?」
「言い方……。一緒に住むんじゃなくて、同じマンションの住人になるだけですよ」
「同じようなもんですよ!」
全然違うんだけど。
「とにかく、引っ越しが落ち着いたら俺の部屋に来てください。そこで全部見せますから」
「おお、分かりました! 引っ越し祝いも兼ねて行きますね!」
心愛さんがにっこり笑った。
◇
家に帰ると、愛理とゆいだけでなく、和花もいた。
今では、こうして四人で過ごすこともすっかり日常になっていた。
「蓮くんの荷物も全部まとめておいたわ。はい、これリスト。何か抜けがないか確認してみて」
「……」
愛理がメモ用紙を一枚渡してくれた。
すでに俺の部屋の物のほとんどは段ボール箱に詰められていた。
本当なら帰ってきてから、自分でまとめるつもりだったのに。
(しかも、必要なものと不要なものの線引きまで、ほぼ正確に把握している)
机や家具、テレビなどは新しく買うことにした。
だから服や本を除けば、実際に持っていくものは思ったほど多くないのだが……。
もちろんゆいも手伝ってくれたのだろう。
けれど、愛理が俺の部屋の中身をほとんど把握しているかと思うと、ちょっとゾッとした。
「ありがとう。なんか俺より愛理のほうが俺のことよく分かってるみたいだ」
「ふふ、当然じゃない」
当然なのか……?
俺と愛理は、ときどき常識の置き場所がかなり違っている気がする。
和花は今日も当然のように、俺の膝の上にちょこんと収まった。
「それで、どうだった?」
「何が?」
「こ、心愛さんと二人きりだったじゃない!」
「……二人きりじゃなかったけど」
たしかに校門の前で少し話はしたけれど、みんなから丸見えの場所だった。
「蓮くん、美代子さんやっぱり少し浮いてた?」
「まあ……そうだね。正直、浮いてるどころか、いじめられてるようにすら見えたよ」
「人気急上昇中の現役アイドルがいじめられるなんて、珍しいわね」
俺もそう感じてはいた。
普通なら学校の人気者になりそうなものだが。
「でも美代子さんは、あの性格を考えれば、うまく馴染めなくても無理もないわ」
「え? あの性格ならむしろ馴染みやすいんじゃないの?」
「必ずしもそうとは限らないわ、蓮くん。特に女の子同士だとね」
「あ、私にもちょっと分かるかも」
和花が、言葉を選ぶようにして説明を引き継いだ。
「心愛さんって、なんていうか……男ウケしそうなタイプなんだよね。一歩引いて見ると、男の前でわざと愛想を振りまいてるように見えちゃうの。媚びてるっていうか……」
「ただでさえ、髪色も外見もファッションも目立つじゃない。声だって、少しアニメの声優さんみたいだし」
「あ、そうそう! 心愛さんがわざとやってるわけじゃないことくらい私たちは分かってるけど、そう、例えるならなんていうか……」
「オタサーの姫」
「そう、それ! でも、それって何なんですか? 聞いたことがあるだけですけど」
「……」
いや和花、正確に知らないなら、とりあえず肯定するな。
ただ、二人の言いたいことは分かる。
少なくとも同性から見て、あまり親しくなりたいタイプではないということだ。
「そういえば二人とも、もしかして神代って名前聞いたことある?」
「「神代?」」
「うん。なんか心愛さんの同級生たちが、その名前を持ち出していじめてるみたいでさ。でも俺には全く心当たりがなくて」
いくら考えても、同級生が他人の両親の離婚理由まで知っているのは不自然だ。
心愛さん本人が言いふらしていたとも思えない。
だとしたら、メディアにでも出て、いつの間にか知れ渡ってしまったのだろうか。
愛理が先に答えた。
「私は全くないわ」
「和花は?」
「うーん……」
和花はしばらく首を傾げていた。
「どこかで聞いたことある気がするんだけど……。よく思い出せないな……」
たぶん昔の記事を漁れば出てきそうな気はした。
だがそれが心愛さんの『悪夢』を避ける役に立つとは思えない。
わざわざ辛い記憶をほじくり返して、いいことなんて何もないだろう。
「まあ、それなら心愛さんが直接話してくれるまで待とう」
「蓮くん、真面目ね。そこが良いところだけど」
「そういえば、聞こうと思って忘れてた。愛理はどうだった? 教室で」
「何が?」
「クラスの子たちがいろいろ聞いてくるとか、そういうの」
「ああ、それね」
愛理がニヤリと笑った。
「特に男子たちが、鬱陶しいくらいまとわりついてきたわ。あの写真は本当なのか、蓮くんと付き合ってるのか、って。おまけに、蓮くんなんか、って言ってきたのよ。イラッとしたわ。……あー、話してたらもっとイライラしてきた」
「……落ち着けよ。それでどうしたの?」
「こう言ってやったわ」
彼女が下腹部に両手を当てて言葉を継いだ。
「ここに毎日、蓮くんの濃い寵愛の証を受けてるって。そしたら男子たちがすぐに泣きそうな顔になったわ」
「……」
その男子たち、きっと愛理に片思いしてたんだろうな。
いや、愛理はそれを知っていてわざとあんなことを言ったんだろう。
俺がその立場なら、家に帰ってから一晩中、枕を涙で濡らす自信がある。
「別に嘘じゃないでしょ?」
「そうだけど、それを堂々と言ってのける愛理は、本当にいろんな意味ですごいと思うよ。でも、そんなふうに言って回ったら、その……やっぱり教室で少し孤立しない?」
「私の人間関係は、蓮くんとそのペットくらいで十分だから、別に構わないわ」
「せめて名前で呼んでくれませんか、先輩!? ペットですけどね!?」
愛理の中では、俺も和花も、同じくらい欠かせない存在らしい。
その事実が、なぜかたまらなく嬉しくて、愛理の頭を撫でた。
……もちろん和花がじっと見つめてきたので、和花の頭も一緒に。
「それで蓮くん、セーラー服姿の美代子さんどうだった?」
「え? まあ、普通に可愛かったけど?」
「へえ、やっぱり。蓮くん、セーラー服も好きでしょ?」
「いやまあ、普通だけど……」
愛理と和花が、なぜか顔を見合わせ、目配せした。
やがて二人は隣の部屋へ行き、すぐに戻ってきた。
その手には、ハンガーが一つずつ握られていた。
「蓮くん、引っ越しの準備終わったし、ラブホ行こ?」
「それか私の家! どこでもいいから、今日は、こ、これ着るから!」
二人のハンガーには、それぞれセーラー服がかかっていた。
しかも和花のものは、彼女が中学時代に着ていた本物だ。
……一方、愛理のものは上下とも丈が短い、セクシーなコスプレ衣装だった。
和花は俺の手に指を絡め、恋人つなぎのまま言葉を継いだ。
「れ、蓮にとっての可愛いセーラー服姿の女の子は、私たちじゃなきゃダメなんだからね!」
本当に和花には敵わないな。
二人とも、俺が案内役を引き受けると言った瞬間から、これを準備していたのか。
「分かった。じゃあラブホ行こう。後片付けも面倒だし」
「「うん」」
今日はどんな風にしようか。
幸せな計画を頭の中で練っていた、その時だった。
「あ、あの……」
横でずっと俺たちを見守っていたゆいが、小さな声を上げた。
「わ、私も中学の時のセーラー服、持ってきていいですか……? そしたら横で見てるだけでも、もっと……気持ちよく、なれ……あ、すみません!」
そういえば、中学の頃の俺は知らなかった。
……まさか、ゆいまでこんな変態だったとは。
◇
一夜明けて日曜日。
業者に頼んで、引っ越しの荷物を運び出してもらった。
とはいえ、俺の荷物も和花の荷物も、段ボールはそれほど多くならなかった。
家電や家具は新居にあらかじめ設置してある。
「ここが愛の巣ってわけね」
愛理が小さく笑い、満足げな顔をした。
その言葉に和花が顔を真っ赤にした。
「あ、愛の巣……!」
「ご主人様と奴隷、ペット、メイドだけどね」
「なんか若妻がいないんですけど?」
……なんだか色々と非常識な関係性ではあるが、とにかくここで新しい生活が始まる。
正直、こんなに早く実家を出て独り立ちするとは思っていなかった。
胸の奥に、いろいろな感情がよぎる。
それと同時に、責任感のようなものもじわじわと込み上げてきた。
「わあ! この部屋のベッド、すごく大きいですね!」
「あっ、心愛さん! まだ私たちも使ってないのに!!」
「えー、のどさんケチ!」
心愛さんも、ちゃっかりついて来ていた。
荷ほどきが終わってから呼ぶつもりだったのに、手伝うと言って、彼女のほうから押しかけてきたのだ。
「へえ、美代子さん、そのベッドに興味あるの?」
「こんなに広いベッド、初めてですから!」
「何に使うか教えてあげよっか?」
「え? 寝る以外にベッドに何の用途があるんですか?」
「……愛理、その辺にしておけ。中学生相手に何を言うつもりだ」
心愛さんは本気で分かっていないらしく、こてんと首を傾げた。




