第101話 また借金
探偵からの中間報告を聞き終え、電話を切った。
思わず、ため息が漏れた。
心愛さん、よりにもよってなんであんな事務所に……。
「蓮くん、探偵さん?」
「ああ」
「美代子さんのことよね? 何だって?」
「あの事務所、悪質な闇金から金を借りてるみたいだ」
地雷ちゃんシンドロームを立ち上げる以前にも、何度か大金を注ぎ込んで別の事業に手を出していたらしい。
ところが、そのどれもが失敗に終わった。
どうしても会社を潰したくなかった社長は、まともな筋ではない相手から金を借りたらしい。
「脅しや暴力は日常茶飯事。返せなきゃ風俗に売り飛ばす、そういう連中みたいだ」
「……最悪ね。うちのお父さんの時より、よっぽどタチが悪いじゃない」
英樹さんのケースは、あくまで個人間の借金だった。
少なくとも違法な闇金ではなかった。
まあ、正直五十歩百歩だとは思うが。
キッチンで聞いていた和花が目を丸くして、小走りで駆け寄ってきた。
「そ、それじゃあ本当に暴力団も絡んでるんじゃないの……!?」
「まあ、可能性は高いな」
「れ、蓮、変なこと考えてないわよね!? 暴力団絡みには絶対手を出しちゃダメだからね!?」
「分かってるよ」
……実はもう、愛理の件で手を出しちまってるんだけどな。
ひとまず、青ざめた和花をなだめるように抱き寄せ、ゆっくりと頭を撫でてやった。
ただ、今回の件が愛理の時よりさらに危ういのは確かだった。
英樹さんの時は、賭場に暴力団が絡んでいただけだ。
だが今回は、借入先そのものが暴力団なんだ。
(法律なんて気にしない連中に、法を突きつけても無駄だ)
英樹さんが借りていたような個人の貸し主は、最初から満額回収なんて期待していない。
だから債権を安く買い叩ける。
だがこういう闇金は、あらゆる理由をつけて利息を膨らませる。
むしり取れるだけむしり取る、それが奴らのやり方だ。
(……これ、本当に厄介だな)
心愛さんを説得し、アイドルを辞めてもらうのは簡単ではないだろう。
契約の問題もある以上、他の事務所へ移籍するだけでも一筋縄ではいかない。
頭を抱えていると、愛理が口を開いた。
「でも蓮くん、その悪質な闇金と美代子さんの覚醒剤の件って、必ずしも繋がってるとは限らないんじゃない?」
「……そうなんだよな」
ただ、嫌な想像がよぎった。
わざと薬漬けにして体を売らせ、その金で借金を返させる、とか。
だが、よく考えると腑に落ちない。
もしそうなら、なぜ警察は事件性なしと判断したのか。
それとも、暴力団と担当刑事がグルだった……?
「ゆい、今のところ心愛さんに何か変わった様子はないよな?」
「は、はい。お掃除の時も怪しい物は見当たりませんでしたし、変な人に会いに出かけるようなことも、特に……」
ひとまず、警察が意図的に隠蔽したという線は外そう。
そんな疑いを抱き始めたらキリがない。
もし誰かが意図的に覚醒剤を打たせたのなら、その痕跡は必ず残るはずだ。
仮に心愛さん自身が購入して打ったのだとしても、売人と接触した痕跡が残るはずだ。
だが、少なくとも警察は、そういった人物を見つけられなかった。
「……もしかして、心愛さんと一緒にいても誰も怪しまない相手なのか」
それなら心愛さんが油断してしまうのも無理はない。
もしかすると、美容注射だと偽って、覚醒剤入りの注射器を渡したのかもしれない。
それなら表向きは心愛さん自身が注射したことになるから、無理やり打たれた痕跡は残らない。
そもそも心愛さんが購入したわけでもないなら、売人につながる痕跡も彼女の周辺からは出ないだろうし。
俺の言葉に、愛理が「なるほど」と頷いた。
「蓮くん、もしかして他のメンバーを疑ってるの?」
「……まあ、そうだな。マネージャーがわざわざ心愛さんを陥れる動機は思い浮かばないし」
「特にあの靴女?」
「ちゃんと彩乃さんって名前があるだろ……」
「あんなどうでもいい人間の名前なんて、覚えたくもないわ」
その気持ちが分からないわけではないが。
「考えてみれば、彩乃さんに彼氏ができたって言ってたよな」
「あくまでそれも美代子さんの推測だけどね」
そもそもアイドルが恋人を作るなんて、どこか引っかかる。
しかも心愛さんの話では、彩乃さんは仕事にかなり真剣だったらしい。
致命傷になりかねない真似を、するか?
辻褄が合わない。
「つまり、頻繁に会ってる相手が本当に彼氏なのかどうかすら分からない、ってことね」
「蓮くん、その人がどこの誰なのか、一度探偵さんに調べてもらうのはどう?」
「そうだな。ついでに心愛さんの周りに怪しい人間がいないかどうかも、調べてもらうよ」
マネージャーも俺の直感では違う気がするが、断言はできない。
実際、一緒にいても怪しまれない立場ではある。
アイドルに妙に厳しいあの態度を思えば、半ば強引に薬を打たせた可能性も排除できない。
和花が出来上がった夕飯を食卓に並べながら、口を開いた。
「ねえ、蓮。心愛さんにもあの探偵の報告、教えてあげたほうがいいんじゃない?」
「でも、教えたところで事務所を移る気になるかな……」
「それは結局、心愛さんが決めることだから。でも、少なくとも判断材料は渡すべきじゃない?」
確かに和花の言う通りだ。
心愛さんはまだ中学生だし、たまにやらかすこともあるが、物事の善し悪しはちゃんと判断できる。
彼女のようなタイプは、頭ごなしに説得するより、客観的な事実を示したほうが効果的かもしれない。
「それに、あの廃棄物についてもちゃんと教えてあげるべきだと思う」
「……長澤先輩?」
「うん。知らぬが仏って言葉もあるけど、もう会っちゃったでしょ? だったら、知っておくべきだと思うの。それに心愛さん、勘がいいほうだから、もう気づいてるかもしれないし」
確かにあの時、乱入の前から心愛さんは、ゆいが長澤先輩たちと言い争う声を聞いていたはずだ。
少なくともただ事じゃないとは察しているだろう。
そもそも、もう記事にもなっている。
「分かった。じゃあ俺が直接説明するよ」
「それとね、あの事務所の借金。蓮がスポンサーとしてプレッシャーをかけてみるのはどう?」
「プレッシャー?」
「うん。大義名分があるじゃない。暴力団と関係しているなら、このままスポンサーを続けるわけにはいかない。だから釈明してほしい、って」
「あ、そうだな」
事務所の社長としても、いつまでも闇金を抱え込んでいたくはないはずだ。
この際、きっぱりと手を切るように誘導すればいい。
少なくとも探偵の報告によれば、事務所自体が暴力団と繋がっているわけではなさそうだし。
「蓮くん、アメも一つ用意しておいたらどう?」
「アメ?」
「うん。事務所側がもっと積極的に動けるようにね。借金問題さえクリアできれば、事務所に投資してもいい、って感じで」
和花の父親のスタートアップに投資したのと同じように、か。
確かに悪くない話だ。
「分かった。じゃあ愛理、頼んでもいいか?」
「もちろん。明日さっそくやるわね」
この二人と一緒なら、どれほど厄介な問題でも、どうにかできそうな気がしてしまう。
◇
数日が過ぎた。
学校での日常は、一学期の頃と大きく変わらなかった。
ただ、人間関係だけは大きく変わっていた。
「「あーん」」
昼休みの非常階段。
ゆいが見守る中、和花と愛理がそれぞれ箸でおかずをつまみ、俺の口元に差し出してきた。
「……あのさ、なんで毎回、最初に二人そろって差し出してくるんだよ?」
どっちから食べればいいか困るんだけど。
「決まってるでしょ、蓮くん。ハーレム感が出るからよ」
「そ、そうよ! 何か不満でもあるわけ!?」
「不満ってわけじゃないけど……」
「どっちからかなんて悩まなくていいのよ、蓮くん。ベッドの上でみたいに、好きなように――」
愛理が言葉を続けようとした時。
扉がバンッと開いた。
「深川! ちょっと助けてくれ!」
高木だった。
俺がここにいるって、どうやって突き止めたんだ。
……もしかして、すでに噂になってるんじゃないだろうな。
「なんだよ急に」
「頼む。土曜日のオープンスクールの案内役、引き受けてくれないか」
「唐突すぎるだろ」
それに土曜日って、もう明日じゃないか。
「何があったのか、順番に説明しろよ」
「実は……俺と同じ班のやつが足を怪我しちゃってさ」
「え? お前、オープンスクールの案内役なんてやってるのか?」
「成り行きでな」
高木は拝むように両手を合わせ、さらに畳みかけてきた。
「お願いだ! お前以外に思い当たるやつがいねえんだよ! 後で奢るからさ!」
こいつがここまで俺に頼み込んでくるのは珍しい。
よっぽど困った状況なんだろうな。
「分かった。先に知っておくべきことがあるなら教えてくれ」
「さすが深川、お前しかいねえ!! あ、そういや今回、中学生のアイドルも来るらしいぞ」
「誰?」
高木がニヤリと笑って言った。
「地雷ちゃんシンドロームの心愛ちゃん!」




