第100話 新学期②
高木が、詳しい話を聞かせてくれた。
大々的に報じられたわけではないが、地元紙をはじめ、一部のメディアがうちの学校の写真部を取り上げたらしい。
もちろん、長澤先輩の件だ。
「報道を見た部員の親とか、OBやOGが大騒ぎしてるみたいだぜ。それで結局、PTAが正式に抗議することになったってよ」
高木がスマホを取り出し、画面を見せてきた。
その記事は、すでにネットを通じて全国に拡散されていた。
SNSでも瞬く間に広まり、嘲笑の的になっていた。
おそらく、あゆみさんがあちこちに広めて回ったのだろう。
「それで、強制廃部で終わりなのか?」
「いや、長澤先輩にも懲戒処分が下るみたいだぞ。前にも停学を食らってるし、今回は退学を免れないらしい」
高木は一体、こういう情報をどこから仕入れてくるのだろうか。
もしかして探偵なんじゃないか。
早耳にもほどがある。
「そうか」
「なんだよ、お前。反応薄いな。あの件で散々苦労したくせに」
「まあ、そうなんだけど。なんというか、もうどうでもよくなったっていうか」
正直、俺自身も驚いていた。
もっと『ざまあみろ』という気持ちが込み上げて、胸がすくと思っていたのに。
もしかすると、トラウマがだいぶ和らいだのかもしれない。
和花と愛理のおかげで、いつの間にか自信を取り戻していたのかもしれない。
それに、ずいぶん遠回りしたけれど、最終的にはNTRルートも回避できた。
「結局、問題の核心は写真部や長澤先輩じゃないって気づいたからかもな」
「そうか。なんか、お前も夏休みの間に少し変わったみたいだな」
「お前ほどじゃないけどな」
「俺は変わってねえよ!? ちょっと日焼けしただけだろ!?」
その日は高木の日焼けを何度もからかってやった。
◇
放課後。
俺は和花とゆいと三人で教室を出た。
ゆいはとっくに写真部の退部届を提出したそうだ。
まあ、どうせ廃部になるのだから、出しても出さなくても結果は同じだろうけど。
「蓮くん」
廊下にはすでに愛理が立っていた。
俺たちより早く終わったのだろうか?
そう思った次の瞬間、愛理は当たり前のように俺の片腕に絡みついてきた。
……案の定、それに負けじと和花も反対の腕に抱きついてきた。
「早く帰ろう」
「蓮、うち寄ってこうよ。どうせ誰もいないし」
先日、和花の両親から正式に許可をもらったんだし、ここぞとばかりにフル活用するつもりか。
「まあ、構わないけど。杏奈ちゃんは?」
「蓮のお母さんが登下校の送り迎えを全部引き受けてくれたから、私は心配しなくていいって。今まで大変だったわね、って」
「……なんか、完全に娘扱いしてるみたいだな」
どうやら母さんは、息子の嫁の妹まで娘同然に扱う勢いだ。
まあ、母さんは母さんで、和花もご両親も満足しているのだから構わないが。
「でも、たまには杏奈ちゃんに会いに行かなきゃな」
「え、蓮やっぱりロリコン……」
「違うわよ、和花さん。蓮くんはストライクゾーンが広いのよ」
「違うっての」
そのとんでもないロリコン疑惑は、いい加減やめてほしい。
「そういえば、蓮くん」
校門を抜けようとしたとき、愛理がふと思い出したように言った。
「お父さんから手紙が来たの」
「え? そうなの?」
「ええ。起訴されて、今は公判中みたい」
……ずいぶん重い話を、淡々とするな。
愛理は、英樹さんの裁判の状況を具体的に話してくれた。
意外にも、英樹さんは逮捕後、素直にすべての容疑を認めたらしい。
そのため、判決もそう遠くなさそうだ。
「それで、お父さんにお願いされたの」
「お願い?」
「放火で燃えちゃったおばあちゃんの家、あるじゃない。あれ、来年には建て替えるつもりみたいなの。誰と住んでも、私に譲っても構わないから、たまに面会に来てって」
「……あ」
愛理は父親と完全に縁を切るつもりだ。
だが英樹さんの方は、持っている物をすべて譲るから時々顔を見せてほしいと、すがりついているようだ。
今さらになって、娘の大切さに気づいたとでもいうのだろうか。
「蓮くんはどう思う? マンションも悪くないけど、将来、子供のことを考えたら一軒家のほうがいいのかなって」
「いや、もうそこまで考えてるの?」
「何言ってるの、蓮くん。子供は卒業してからって言ったじゃない。なら私は、再来年の3月に高校を卒業したらOKってことよね?」
愛理はふふっと笑って、さらに畳みかけてきた。
「卒業証書が、つまり妊娠許可証ってことね」
「……俺はその時まだ卒業してないから、OKじゃないよ」
「そ、そうですよ先輩! まだ、同時に妊娠するのか順番にするのかも決めてないじゃないですか!」
「いや、そこが重要じゃないだろ、和花」
家族計画はさておき、愛理の言うことにも一理あった。
それに、和花にとってもすぐ隣の家なら何かと便利だろう。
「他に条件は? 親権喪失の申し立てを取り下げてくれ、とか」
「ううん、そういうのはなかったわ。それも全部受け入れるって。ただ、顔だけ見せてくれって。できれば孫の顔も見せてほしいって」
「……」
腐っても親は親だから、娘の気持ちは分かっているということか。
普通なら、この年頃の娘にそんなことは言わないだろうに。
正直、食指が動かないわけではなかった。
立地も広さも悪くない。おまけに、建て替えとなれば新築だ。
何より、英樹さんも深く反省しているようには見える。
(問題は借金取りなんだよな)
あの放火犯のように、英樹さんに恨みを持つ連中が、理不尽に俺たちへ危害を加えてくるかもしれない。
もちろん、俺の予知能力があればある程度は回避できるだろう。
けれど、あえてそんなリスクを負う必要があるのか。
そもそも、借金まみれの英樹さんから家をそのまま譲り受けるのは、法的にも危うい気がする。
「愛理はどうしたい?」
「私はどっちでもいいわ。だから蓮くんに聞いたの。蓮くんが決めたとおりにする。そもそも私は、蓮くんの奴隷だもの」
「……あんまり外でそういうこと言わないでくれる?」
「どうして? 私はいっそ屋上に上がって叫びたいくらいなのに」
一瞬、想像してしまった。
あまりにも恐ろしくて、思わず首を横に振った。
俺はしばらく、じっくり考えてみた。
何が愛理にとって一番いいのか。
よくよく考えてみれば、問題はその家に住むかどうかではなかった。
英樹さんに借金がある以上、愛理のところに借金取りがやって来て、肩代わりを迫る可能性はまだ残っている。
「結局、英樹さんの借金は、きちんと整理しておいたほうがよさそうだな」
「そうね。いっそ死んでくれれば、相続放棄で済むし、その方がマシなんだけど」
「……」
まあ、法的に見ればそれが一番すっきりするんだが……。
ただ正直、放火までやらかすような連中が、相続放棄が認められたくらいで、おとなしく引き下がるとは思えない。
やはりここは、俺が一肌脱ぐしかないだろう。
もう愛理は、俺にとって他人ではないのだから。
「よし、じゃあこうしよう。俺が英樹さんの借金取りのところへ行って、債権を買い取るよ」
「え? 蓮くんが?」
「俺が英樹さんの唯一の債権者になるんだ。そうすれば、よからぬ連中が寄り付くこともなくなるだろうし、英樹さんも俺や愛理に、もう変な真似はできなくなるだろ?」
正直、ギャンブル依存症がそう簡単に治るとは思えなかった。
今は反省しているとはいえ、刑期を終えて出てくれば、いくらでも元に戻る可能性はある。
そうなれば、愛理はまた苦しみの底に突き落とされかねない。
だから、最低限の安全装置は必要だ。
「借金ごと俺が全部引き受けるってことさ」
愛理は一瞬、目を見開いた。
やがて、俺の肩にそっと頭を預けてきた。
「これじゃあ、惚れるなっていう方が無理よ」
半分冗談でジャイアニズムを発揮したつもりだったのに、なんでそこに刺さるんだ。
愛理のツボは、本当にさっぱり分からない。
◇
和花の家で、色々と濃厚な時間を過ごした。
今日は、以前愛理が買っておいたというチアガールの衣装を着てもらって、だった。
……ゆいも当たり前のように、お仕置きという名目でメイド服を着たまま、横で見守っていた。
「うっ……。私、料理上手くなりたいのに、なかなか上手くならない……」
「ど、ドンマイ! 最初はみんなそんなもんだから!」
「これ、初めてじゃないんだけど……」
そのまま夕飯まで、和花の家で済ませることになった。
最近、ゆいは和花から料理を教わっているようだが、そう簡単にはいかないらしい。
愛理がくすくす笑いながら言った。
「ゆいさん、諦められるものは諦めた方が楽よ」
「で、でもメイドなのに……」
「和花さん、思った以上に料理には厳しいわよ? 耐えられる? 毒舌で有名な某シェフみたいなんだから」
「先輩、私そこまでじゃありませんよ!?」
一体、和花と愛理の間に何があったのだろうか。
それにしても、愛理は料理を教わるのを半ば諦めていたんだな。
まあ、まったくできないわけでもなさそうだが。
(俺も少しは習った方がいいかな)
和花に頼りきりなのも、やっぱり良くない気がするし。
そんなことを考えていた時だった。
ピリリリン――
俺のポケットの中で、スマホが鳴った。
スマホを取り出してみると、相手は探偵だった。
そういえば、そろそろ中間報告が来る頃か。
小さく息を呑み、緊張しながら画面をスワイプした。
「今、お電話よろしいでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
「中間報告をさせていただきます。単刀直入に申し上げましょう。例の芸能事務所の件ですが……」
電話口の探偵が、わずかに間を置いた。
「――不審な点が発見されました」




