5.言葉のいらない作戦
「あれは、嘘ですね」
「なんでや!? どこでバレた!?」
ユリウスへ顔を向ける。
銀の指輪を見せるように掲げたまま、笑っている。
手足を止めるスキルだけやない。
嘘も見抜かれた。これもスキルなんか?
このままやと何もかも探られる。
その前に、レティシアさんを連れて出なあかん。
ユリウスからの答えは返ってこない。
代わりに、左肩を後ろへ引かれる感覚が、水色の輪から届いた。
――左後ろ。
ハナの声は聞こえへん。
それでも、ガレスの短剣が来る場所だけは分かる。
ユリウスを見たまま、身体を右へずらした。
短剣が、左脇を掠める。
ガレスが俺の横へ姿を現し、そのまま二歩先へ抜けた。
ハナは、一言も警告してへん。
それでも、短剣は外れた。
「今のまで避けますか」
ユリウスの笑みが消える。
「俺もびっくりしてるわ!」
ガレスはすぐに振り返らない。
着地した足で床を蹴り、右の棚へ飛び込んだ。
狙いは俺やない。
ガレスの目が最後に見ていたのは、ハナや。
俺へ危険を伝えているハナを崩せば、また死角から攻められる。
ハナは杖を胸元へ寄せたまま、浅く息を繰り返している。
水球は作らない。
正面扉で、ユリウスが銀の指輪へ親指を置く。
細い杖の先は、俺の右足へ向いている。
ガレスを見れば、足を縫い止められるかもしれん。
ユリウスを見れば、ハナへ短剣が届く。
俺が守るしかない。
せやけど、短剣を弾くだけでは、また棚へ逃げられる。
次は止めるだけやない。
ハナへ踏み込んだところを、俺が叩く。
右の棚から、白い薬草の粉が舞った。
同時に、右脇が冷え、足元の水色の輪が強く脈打つ。
――右。
来る。
ハナの前へ入ろうと、右へ踏み出した。
青い文字が来るかを待ってたら、ハナが斬られる。
右足を、そのまま床へ叩きつけた。
青い文字は出えへん。
代わりに、水色の輪が足元から消えた。
背後で、膝が床を打つ。
「ハナ!」
ハナは杖を床につき、倒れるのだけは堪えている。
もう、俺へ危険を送る力も残ってへん。
白い粉の上へ、濡れた靴跡が一つ浮かぶ。
膝をついたハナへ向かって、深く踏み込んでいる。
ガレスの姿が現れた。
ガレスは俺の棍棒が震えていないのを確かめ、短剣をハナの胸へ突き出す。
止めを刺す気や。
俺は踏み出した勢いのまま、短剣の外側へ身体を滑らせた。
ガレスの脇腹が、目の前へ飛び込んでくる。
いつもの《打撃》なら、棍棒を一度引いてから振る。
それでは間に合わへん。
あと半歩で、短剣がハナへ届く。
ハナは、水球を捨てて俺に賭けた。
ここでやらせるか。
早く。
もっと早く。
ハナに刃が届くより――何よりも早く。
左足で身体を短剣の外へ逃がす。
右足で床を踏み、倒れないように支える。
その二つが終わるのを待たず、右肘が前へ伸びた。
握っていた位置から、棍棒の先がガレスの脇腹へ走る。
ガレスの目が見開かれる。
「な――」
ドッ――!
ガレス自身の踏み込みが、棍棒の先へ重なった。
脇腹へ棍棒がめり込み、ガレスの口から息が漏れた。
「がっ……!」
低い声が、初めて崩れる。
短剣がハナへ届く前に、ガレスの身体が横へ折れた。
短剣が手を離れ、ハナの膝元へ滑る。
床を二度転がり、乾燥棚の脚へ背中からぶつかる。
起き上がろうと片手をついたが、息を吸えずに咳き込んだ。
脇腹を押さえたまま、その場へ崩れる。
打つと決めた瞬間には、俺の右腕はもう振り終わっていた。
視界の端へ、青い文字が浮かぶ。
《打撃、派生条件達成》
《瞬・打撃 Lv1を獲得》
「今の……」
ハナが目を見開いている。
「後や!」
技の名前を確かめてる場合やない。
ガレスが倒れた今なら、レティシアさんまで走れる。
正面扉を見る。
ユリウスは細い杖をこちらへ向けたまま、扉の外へ一歩下がった。
三度目が来るかもしれん。
銀の指輪を、親指がなぞる。
せやのに、足元へ青い文字は出てこない。
杖先に、水槍の青い光は集まってへん。
俺を倒す気やない。
拘束が来ると思わせたまま、逃げる気や。
追えば、今度こそ足を縫い止められるかもしれん。
けど、レティシアさんはもう目の前や。
ユリウスへ背を向ける。
「ダイキ!」
ハナが床を滑らせた短剣が、俺の足元へ届く。
ハナは、まだ膝をついたままや。
左手で柄を拾い上げる。
ずっと縮められなかった三メートルを、一気に駆けた。
レティシアさんが、縛られたまま顔を上げる。
「ダイキさん……」
右手の棍棒を、椅子の横へ置く。
俺の右手が、ようやく椅子の背へ届いた。




