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3.見えない足

乾燥棚の反対側で、床板が鳴った。

右や。


棚の端へ踏み込んだ瞬間、ハナが息を呑む。

「違う。後ろ!」

振り向くより先に、左腕へ熱が走った。


ガレスの短剣が病院服の袖を裂く。

ガレスはそのまま俺の背後を抜けていった。

棍棒を振り返す。

けど、もう届かへん。


ガレスは反対側の棚へ入ると、また姿を消した。

「ごめん。来るって分かったのに……」

「謝らんでええ。今ので浅く済んだ」


ハナはガレスが襲う直前には気づける。

けど、どの棚を回ってくるかまで分かった時には、もう声が追いつかへん。

俺が右の音へ走れば、左の棚からハナを狙われる。

ここで待てば、レティシアさんまでの三メートルが縮まらん。


一番奥から、大槌と盾がぶつかる音が続いている。

早く行かな。

せやけど、見えへん相手へ走れば、また後ろを取られる。


左の棚で、乾いた薬草が揺れた。

そちらへ棍棒を振る。

「右!」


何もおらん。

次の瞬間、右肩を蹴られた。

身体が横へ流れ、棚へぶつかる。


ガレスの姿が見えたんは、蹴りを当てて床へ降りた一瞬だけやった。

「ずっと消えてるわけやない。攻撃する時には見える」


さっきまで左におったはずが、次には右から来た。

近づくまで、姿を消していられるんか。

仕組みは分からん。

けど、来る場所を先に知れれば、棍棒は間に合う。

椅子の脚が、床を強く擦った。


レティシアさんが身体を右へ倒している。

縛られたまま、椅子ごと薬草の袋へぶつかった。

「レティシアさん!」


積んであった袋が落ち、緩く結ばれた口から白い粉が床へ広がる。

「足元を見てください!」

白い粉の上へ、濡れた靴跡が一つ浮かんだ。


もう一つ。

ハナの水球で濡れたガレスの靴に、薬草の粉が貼りついている。

縛られて動けへんレティシアさんが、俺らに道を作ってくれた。

白い足跡なら、姿が見えなくても居場所が分かる。


足跡は、右の棚からハナの背後へ回っていた。

「そこや!」

振り返り、棍棒を突き出す。


ガレスが急に速度を落とし、上体を反らした。

棍棒の先が、胸元を掠める。

今度は間に合った。

足跡があれば、少なくとも先回りできる。


ガレスが右の棚へ退く。

逃がしたら、また粉のない場所へ入られる。

濡れた足跡が続いている今のうちに、レティシアさんから引き離す。


床を蹴った。

ユリウスが細い杖を握り直す。

柄元から、かちりと小さな音がした。


親指が銀の指輪をなぞり、杖が俺の左足へ向く。

さっきは左足を引いたのに、何も起きへんかった。

今回も脅しか。

それとも、今度こそ左足を止められるんか。


白い足跡が、右の棚へ一つずつ増えていく。

迷ってる間に、また見失う。


左足を踏み込む。

青い文字が床を走った。

「なっ――」


文字が左足首へ巻きつき、靴底ごと床へ縫い止める。

踏み込んだ身体だけが前へ倒れた。

白い足跡が、目の前で向きを変える。


腹を守ろうとしても、左足が退かへん。

ガレスの靴底が、みぞおちへめり込んだ。

息が潰れる。

身体が折れ、右膝が床についた。


ガレスの短剣が、今度は首へ来る。

避けられへん。

「《ウォーターボール》!」


水球がガレスの胸で弾けた。

ガレスが短剣を引き、二歩下がる。

白い粉の上へ、新しい足跡が並んだ。


ガレスが退いたぶん、ユリウスと俺の間が開く。

杖先に、青い光が集まった。


以前、森で戦った時に使ってた水槍や。

今は左足を縫い止められて、避けられへん。


「水よ、貫け――《ウォーターランス》」

「《ウォーターボール》!」


横から飛んだ水球が、水槍の横腹で弾けた。

槍先が俺の右肩から逸れ、右の乾燥棚を貫く。


ガレスが水しぶきを抜け、もう一度俺の正面へ入った。

その背中が、ユリウスの杖先を隠す。

短剣が、俺の胸へ向けて上がる。


「指輪で止めて、水槍まで撃つんかよ」

ユリウスは答えない。


立たな。

ガレスの靴裏から、薬草の粉が落ち切る前に。

左足へ力を入れる。


動かへん。

もう一度、床を蹴ろうとした時、足首の文字が端から剥がれた。

左足が前へ滑る。

右手を床につき、転ぶ前に身体を支えた。


左足が動く。

棍棒を横へ振りながら立ち上がる。

ガレスが短剣を引き、右の棚へ退いた。


白い足跡を追う。


足跡は右の棚へ続き、一つ進むごとに薄くなっていた。

棚の角で、完全に途切れる。


左の棚から、短剣を持った腕が伸びた。

「《ウォーターボール》!」


水球が棚の角で弾ける。

ガレスの腕が、濡れた薬草の向こうへ引っ込んだ。


レティシアさんへ一歩踏み出そうとする。


今度は右から、ガレスの靴が床を蹴った。

ハナが間を置かず、杖を右へ返す。

「《ウォーターボール》!」


二つ目の水球が、俺の肩越しに飛ぶ。

ガレスは踏み込まず、右の棚へ消えた。

俺も、上げかけた足を戻す。


ハナが杖を向けている間、ガレスは棚から出てこられへん。

けど、レティシアさんの椅子は、三メートル先のままや。


「まだ撃てる。来たら、私が止める」

「それやと、俺らもレティシアさんへ近づけへん」


ハナの杖先に、次の水球が膨らむ。


「俺とつないだまま、今みたいに撃てる?」

「無理。あの人の気持ちを追いながら、水球まで狙ったら、たぶん途中で切れちゃう」


ハナが水球を撃ち続ければ、ガレスが出てくるたびに追い返してもらえる。

《支援接続》へ切り替えたら、次に踏み込んでくるガレスは、俺が棍棒で止めるしかない。


「ほな、水球は撃たんでええ」

「次に来るガレスを止められなかったら…」

「そこは『信じてる、頑張れ』って言うとこやろ」


ハナの口元が、ほんの少し緩んだ。

「うん、信じてる」

「任せとき」


左の棚で、床板が鳴る。

同時に、右の棚から乾いた薬草が落ちた。


ハナの杖先で、水球が崩れる。

水が床を叩いた。


「《支援接続》」

ハナの足元から、水色の輪が広がった。

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