2.銀の指輪
ガレスの踵が、右のこめかみへ迫る。
右手は床に縫い止められたままや。
「ダイキ!」
横から飛んできた水球が、ガレスの脇腹で弾けた。
蹴りの軌道が、わずかに上へ逸れる。
右手を引いてる暇はない。
いっそ、縫い止められた手を軸にする。
左手で床を押す。
両足で踏ん張り、右手首を中心に身体を捻った。
踵が髪を掠め、乾燥棚の柱を蹴りつける。
棚が大きく揺れ、薬草の束が床へ落ちた。
避けた。
そう思った瞬間、ガレスの袖口から短剣が滑り出る。
刃先が、俺の右肩へ落ちてきた。
肩をやられたら、棍棒を振れへん。
右手では受けられへん。なら、刃やなく、踏み込んだ足や。
左足をガレスの足首へ振る。
ガレスが片足を引き、短剣ごと後ろへ退いた。
刃先が、肩から離れる。
退いた隙に、右手を引く。
棍棒を握る指に、もう一度力を入れた。
さっきまで床に貼りついていた手首が、わずかに浮く。
青い文字が、端から剥がれていった。
右手で棍棒を引き上げ、立ち上がる。
奥で大槌が盾を叩く。
続けて、ミラの弦が鳴った。
ナオユキたちは、まだ荷運び口から進めてへん。
こっちは俺とハナで、ガレスとユリウスを退かすしかない。
ガレスが、今度はハナへ顔を向ける。
追おうとした時、ユリウスの親指が銀の指輪をなぞった。
細い杖が、俺の左足へ向く。
また来る。
左足を引き、腰を落とした。
一拍待っても、青い文字は来えへん。
脅しか。
正面にいたガレスは、もうおらん。
「ハナさん!」
レティシアさんの声が飛ぶ。
「右から来ます!」
ガレスが右の乾燥棚を回り、ハナへ踏み込んでいた。
短剣が、杖を握る手へ伸びる。
右手で棍棒を振り、短剣の横腹へぶつける。
刃がハナの手前で外へ弾けた。
棍棒を下から振り上げる。
ガレスが上体を反らし、顎への一撃を避けた。
「ハナには行かせへんで!」
ハナが杖を右へ振る。
水球がガレスの肩を掠め、レティシアさんのいない右壁の乾燥棚で弾けた。
ガレスは濡れた袖を払う。
目は俺やなく、ハナへ向いたままや。
短剣を横へ振り、ハナを正面扉へ押し戻そうとする。
ハナが半歩退いた。
その背後には、開いた扉がある。
反対に、ガレスの背後にはレティシアさん。
こいつ、ハナを外へ出して、レティシアさんのところへ戻る気や。
「ハナ、下がらんでええ!」
俺が二人の間へ入る。
ガレスの目が、やっと俺へ向く。
短剣を引き、乾燥棚の陰へ一歩下がった。
追う。
棚の端を回った時、ガレスの姿はなかった。
棚の先には、誰もおらん。
右にも左にも、姿はない。
一歩だけ聞こえた足音が、そこで消えた。
「ダイキ」
ハナが、杖を握ったまま辺りを見回す。
「いる。私たちを見てる」
「どこや?」
ハナの目が、棚の陰を追う。
「分からない」
乾燥棚の反対側で、床板が鳴った。




