1.青い花の答え
「青い花、だけでは分かりません」
レティシアさんの返事が、扉の隙間から聞こえた。
「花弁の数、葉の形、茎を切った時の色。せめて、どれか一つはありませんか?」
「幻覚、聴覚の撹乱、記憶の混濁。魔物を活性化させることもあるそうです」
ユリウスが並べたのは、俺が関門で話したことや。
「それは花の特徴ではなく、摂取した後の症状です。同じ症状を起こす薬草は、私が知るだけでも十種類以上あります」
椅子が小さく軋む。
「現物も記録もないのに、薬効を答えることはできません」
硬貨を爪で弾いたような澄んだ音が、扉の向こうで一度だけ鳴った。
「では、仮定のお話をしましょう」
ユリウスの声は穏やかなままやった。
「その花が、不老長寿の秘薬になり得るとしたら?」
ハナが俺の腕を掴む。
それも、俺が言うたことや。
あいつらが知らなかった噂を、俺が渡してもうた。
レティシアさんが薬学者として答えれば、ユリウスはそれを上へ持ち帰る。
そのあとまで生かしておくとは、命令書のどこにも書いてへん。
「その話、嘘やで!」
立ち上がり、扉の隙間へ向かって叫んだ。
扉の向こうで、椅子を引く音が鳴る。
「不老長寿なんて、あんたの反応を見るために適当に言うただけや!」
ハナが目を丸くして俺を見る。
扉の向こうで、杖の石突きが床を一度叩いた。
「関門で話した不老長寿の噂も、あなたが作ったものですか?」
食いついた。
ここで俺へ質問させておけば、レティシアさんへの尋問は止まる。
ナオユキたちが裏へ回る時間も稼げる。
「そうや。あんたが食いつくか、試しただけや」
「誰かから聞いた話ではない、と?」
「聞いてへん。俺が適当に作った」
「関門で私を試すため、あの場で初めて思いついたのですね?」
「せや。あの場で作った話や」
扉の向こうから、返事が止まった。
けど、三つの質問に答えている間、レティシアさんへの尋問は止まっていた。
今の叫びが合図や。
裏では、ナオユキたちが荷運び口へ向かっている。
外の御者と馬は、カゲマルが止める。
俺とハナは、正面からレティシアさんへ届く。
ハナが杖を両手で握り直した。
「それでも、扉を壊して入るおつもりですか?」
「ほな、壊して入るわ」
棍棒を握り、扉の前へ出る。
「今から、レティシアさんを迎えに行く」
扉へ棍棒を振り上げる。
倉庫の中を、重い足音が近づいてくる。
「開く!」
ハナの声で身体を下げた。
右の扉が外へ弾け、頭の上を靴底が抜ける。
ガレスの蹴りや。
「《ウォーターボール》!」
俺の肩越しに水球が飛び、開いた扉の中へ入った。
ガレスが両腕を顔の前へ上げる。
水球が弾け、床の薬草を巻き上げた。
濡れた靴が滑り、ガレスが一歩退く。
「今や!」
開いた扉へ肩から飛び込む。
乾いた薬草の匂い。
壁沿いに乾燥棚が並ぶだけで、中は仕切りのない一つの倉やった。
正面三メートルに、椅子へ縛られたレティシアさん。
その間にガレス。
レティシアさんの左にユリウス。
一番奥の荷運び口に、ギルと見張り二人。
ギルの左に槍持ち、右に剣持ちが立っている。
ユリウスは細い杖を、俺とハナへ向けていた。
眼鏡はなく、髪も崩れている。
椅子の肘掛けへ縛られた両手首が、赤く擦れていた。
「ダイキさん……?」
やっと、顔を見られた。
「遅なって、すみません」
立ち上がり、棍棒を構える。
「迎えに来ました」
レティシアさんの唇が震える。
何か言おうとして、声の代わりに息だけが漏れた。
椅子が前へ動く。
レティシアさんが立とうとしたらしい。
けど、腰と両手を縛る縄に引かれ、椅子の脚が床を擦っただけやった。
「無理に動かんといて!」
背後からハナが入り、俺の右隣で杖を構える。
「レティシアさん!」
「ハナさんまで……」
「話はあと。絶対、一緒に帰るから」
レティシアさんが何度も頷く。
ハナの杖先に、水が集まる。
ガレスがレティシアさんの椅子へ手を掛けた。
「撃ってみろ」
椅子を自分の前へ引く。
ハナの杖先から、水が落ちた。
俺が左へ一歩動く。
ガレスも左へ動き、椅子の背から手を離さへん。
右へ戻る。
また、同じだけついてくる。
レティシアさんまで、たった三メートル。
その間をガレス一人が塞いでいた。
荷運び口が内側へ弾けた。
盾を構えたナオユキが入ってくる。
ギルが大槌を振り、盾を叩いた。
「こっち側は俺たちに任せろ!」
ナオユキが、扉の外へ一歩押し戻される。
その隙へ、槍持ちが踏み込んだ。
反対側では、剣持ちがミラへ斬りかかった。
ミラが矢を向けると、剣持ちが踏み込みを止めた。
ミラの後ろに、ノクティスの顔がちらっと見えた。
ナオユキたちは、ギルと見張り二人で手いっぱいや。
こっちは俺とハナに、ガレスとユリウス。
俺はガレスの肩越しに、レティシアさんの手首を見る。
狙うんは敵やない。
あの縄や。
「レティシアさんから離れろ」
棍棒の先をガレスへ向ける。
「俺らが連れて帰る」
ユリウスが俺を見る。
「そこまでして、彼女を助けたいのですか?」
「当たり前や!」
ユリウスが細い杖を握り直す。
柄元から、かちりと小さな音がした。
ユリウスの親指が、杖を握る手の銀の指輪をなぞる。
「それは、困りましたね」
杖が、棍棒を握る右手へ向いた。
一拍遅れて、杖の先に青い光が灯った。
床へ文字が走る。
青い文字は俺の足元まで伸び、棍棒を握る右手首へ巻きついた。
「なっ――」
右腕が下へ引かれる。
棍棒が床を叩いた。
肩まで引かれ、右膝が床につく。
持ち上げようとしても、手首が床へ縫いつけられたように動かへん。
ユリウスが杖を俺へ向けたまま、笑みを戻す。
ガレスが乾燥棚の陰へ入る。
足音が消えた。
「ダイキ、後ろ!」
振り向けへん。
棍棒を持つ右手は、床に縫い止められたままや。
右のこめかみへ、ガレスの踵が迫っていた。




