5.黒書商会の言い分
「知らん」
棍棒の先をユリウスへ向けたまま、一歩詰める。
「誰が国王を動かしてるかなんて、レティシアさんを助けたあとで聞く。三つの道の、どれへ連れていった」
話している間にも、幌馬車は遠ざかっていると思うと焦りがつのる。
ユリウスの隣で、派手な青い上着の男が鼻で笑った。
「目の前の依頼だけ追って、その裏で誰が得をするかはあと回し。だからお前たちは、いつまでたっても依頼を受ける側なんだよ」
「何の話や」
男は指輪をいくつもつけた手を広げた。
「俺たち帰還魂には、ここの連中にない知識も、戦う力もある。それなのに、ギルドに並んだ依頼を選んで、言われた敵を倒して、報酬を待つだけか?」
口元をつり上げ、自分の胸を指す。
「俺は依頼を出す側になる。帰還魂を集め、商会を動かして、この国で一番名前の通る男になる。せっかく別の世界へ来たんだ。今度こそ、脇役で終わる気はない」
ハナが俺の横へ寄った。
「この人、国を助けたいんじゃない」
ハナは首を横に振る。
「有名になって、みんなに言うことを聞かせたい。想像して、わくわくしてる」
男の眉が動く。
「それの何が悪い。欲のない奴が上に立てるかよ」
ギルが小さく吹き出した。
「カイ。自分でそこまで言う奴、初めて見たぜ」
「うるさい」
カイ。
帰還魂へ仕事を出す側になる。
その言葉で、橋の前に立ち塞がった五人が頭に浮かんだ。
「ほな、橋の前におった五人へ仕事を出したんも、お前か」
カイが胸を張った。
「鉄杭隊のことか? ああ。俺が見つけて、仕事を回してやった」
「レティシアさんを攫う時間を稼げって?」
「五分立たせろと言っただけだ。あいつらも《風牙》へ入りたがってたし、俺の推薦があれば近道になる。お互い得する話だろ?」
「帰還魂へ仕事を回しているカイ、ですね」
セレスが口を挟んだ。
カイの目が、嬉しそうに細くなる。
「へえ。王都の監査官にまで、俺の名が通ってるのか」
「『大きな組織へつなげる』と言って、若い帰還魂を集めている方として」
セレスの視線が、カイからユリウスへ移った。
その右手が、自分の左袖へ二度触れる。
隣にいたノアが、わずかに顎を引いた。
「俺の人脈を使いたいなら、あんたにも仕事を――」
「いりません」
セレスは笑顔のまま言い切った。
ミラが噴き出しかけ、慌てて口を押さえる。
「カイさんの野心は、彼個人のものです」
ユリウスが、ようやく口を開いた。
「私どもが掴んでいるのは、国王の命令が不自然に変わり、そのたび一部の商会やギルドだけが得をしていることです。王弟殿下の側も調べましたが、そこから出た命令には、同じ不自然さがない。誰が、何のために王を動かしているのかは分かっていません」
セレスの笑みが、ほんの一瞬だけ消えた。
「分からん相手を探すために、レティシアさんを攫ったんか」
「彼女を連れ去るよう命じたのは、私ではありません」
ユリウスの声は、前に会った時と同じように穏やかだった。
「ほな、誰が命じた」
「それをお話しするには、少々長い事情がありまして」
「長くする気やろ」
ガレスが俺との間へ半歩出た。
ギルの大槌も肩から下りる。
けど、二人とも攻めてこない。
背後の馬から、二歩以上離れへん。
ハナがユリウスを見たまま、俺の袖を摘まむ。
「この人、私たちをここに留めたい」
ユリウスの笑みが、ほんの少し深くなった。
図星や。
「話、終わったやろ。道を空けろ」
俺が踏み出すと、ユリウスが杖の石突きで足元の石を軽く叩いた。
「では、こちらからも一つだけ」
「まだ質問するんか」
「今回の件も、青い花につながっているとお考えですか?」
足が止まった。
やっぱり、こいつも青い花を追ってる。
「質問に質問で返す気か」
「商人は、相手が何を知っているか確かめるところから始めるものです」
道を言わへんなら、せめて何をさせる気か、こいつの反応から拾う。
「黒書商会は、青い花に普通の三倍出すと言うた。薬屋の地下に残ってた命令書にも、同じ商会の印があった」
ユリウスの目を見る。
「その上、青い花を奪いに来たギルとガレスが、今度はレティシアさんを攫った馬車を守ってる。無関係なわけないやろ」
ユリウスの親指が、杖を握る手の銀の指輪を一度なぞった。
ギルが口を開きかけた。
ガレスが腕を伸ばし、ギルの胸を押さえる。
レティシアさんの場所は言わへん。
けど、青い花と拉致がつながってることも否定せえへん。
なら、何のためにレティシアさんを生かしてる。
「青い花は、人を惑わせる。音や記憶まで狂わせて、魔物を活性化させることもある」
あの地下に残っていた指示を思い出す。
――薬学の知識を吐かせるまでは、殺すな。
「秘薬、延命、不老長寿の噂まであるらしい。危ない作用を消して、人が飲める薬にするために、レティシアさんの知識が欲しいんちゃうんか」
ユリウスの笑みが止まった。
ほんの一瞬。
けど、今度は見逃さへんかった。
「今、驚いた」
ハナが俺の袖を強く握る。
「不老長寿って聞いた時」
ユリウスの目が、ハナへ向いた。
「ええ。大変興味深いお話です」
笑みは戻っている。
それでも、もう分かった。
不老長寿の薬を作らせるため、最初からレティシアさんを狙ったんやない。
こいつらは、不老長寿の噂を知らんかった。
青い花を何に使う気なのか、こいつらも探ってる。
それも大金を投じて。
一体、何のために?
「旦那、もういいだろ」
ギルが、つないであった馬へ手を伸ばす。
「時間だ」
ガレスが短く告げた。
ユリウスが杖を引く。
ユリウスとカイが背を向け、馬の手綱を外した。
ガレスとギルは、俺たちの前に残る。
「待て!」
走り出した俺の前へ、ギルが大槌を振る。
地面を砕く一撃やない。
近づけさせないため、横へ大きく薙いだだけや。
足を止めた隙に、ユリウスとカイが鞍へ上がる。
ガレスが残る二頭の手綱を引く。
一度引くだけで結び目がほどけ、一本をギルへ投げた。
二人も馬へ飛び乗る。
「もう十分でしょう」
ユリウスが馬上から頭を下げた。
「貴重なお話を、ありがとうございました」
「ふざけんな!」
ユリウス、ガレス、ギルの三人は、右の古い石道へ馬を向けた。
カイだけが左へ進む。
「鉄杭隊の連中には、次はもっと稼げる仕事を用意してやるよ!」
四頭の蹄が泥を蹴った。
右へ三頭。
左へ一頭。
あっという間に、背中が小さくなる。
「私はカイを追います! ノアさん、行きますよ!」
セレスは返事も待たず、左の道へ走り出した。
「承知しました」
ノアが、カイの馬が残した蹄跡へ指を当てる。
「《残路》」
ノアの目が、左の道をなぞるように動いた。
セレスを追って、迷わず左へ走る。
こっちが追える相手は、右へ逃げたユリウスたちや。
幌馬車がどの道へ行ったかは分からへん。
なら、居場所を知ってるユリウスを捕まえる。
「右や!」
右の道へ踏み込んだ。
「ダイキ、待って」
中央の道から、ノクティスの声がした。
振り返る。
ノクティスは道端の石の裏へしゃがみ込み、濡れた苔を指でなぞっていた。
「忍者さん、石にお絵描きしてる」
その指先に、白い傷が三本並んでいた。




