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2.魔物と違う敵

「巡れ、伏せよ、押し返せ――《逆風陣》!」

荷台の短杖使いが、空荷の荷馬車へ杖を突き立てた。


杖の根元から白い輪が広がり、俺たちの馬車まで走る。

乾いた土が巻き上がった。

道端の草も、馬のたてがみも、俺たちの服も、全部こっちへ倒れる。


二頭の馬が首を下げ、前脚を踏ん張った。

黒い馬車が、車輪半分ほど押し戻される。


俺も扉の足掛けから落ちかけた。

街道へ飛び降り、棍棒を地面へ突いて身体を支える。


短杖は、荷台の板へ刺さったままや。

その根元の白い輪も消えず、逆風が吹き続けている。


風が一度飛んできたんやない。

荷馬車からこっちまで、街道そのものが向かい風に変わった。


「御者、進ませないでください! 前輪をまっすぐに!」

セレスが御者台へ身を乗り出した。

御者が手綱を引き、足元の制動梃子を踏み込む。


「馬車はこちらで支えます。皆さんは、道を開けてください!」


目の前では、剣士が俺の棍棒へ剣を押しつけている。

風を止めるには、二十歩近く先の荷馬車まで行かなあかん。


けど、こいつが通してくれへん。

ここで五分使えば、レティシアさんを乗せた幌馬車は分岐へ着く。

急いでこいつらを退かし、道を開かなあかん。


「みんな、ふらふらしてる」

ノクティスが馬車の扉から両手を上げた。


淡い光が、俺とナオユキ、ハナ、ミラを包む。

踏ん張った脚に力が戻った。


右窓で、ミラが弓を握り直す。


「これ、迷宮で使ってくれた強化!」

「うん。転ぶと起こすの大変だから」

「理由が雑!」


逆風は止まっていない。

それでも、さっきよりは動ける。


「ダイキ、剣の人! また私を狙ってる!」


ハナの声と同時に、剣士が俺の棍棒から刃を外した。

そのまま俺の脇を抜き、窓のハナへ剣を伸ばす。


棍棒を返し、剣を下から弾く。


「行かせるか!」

「やっぱり入ってくるよな!」


剣士は楽しそうに笑い、弾かれた刃を棍棒の側面へ滑らせた。

刃と棍棒が擦れた場所から、黒い線が地面へ落ちる。

俺と剣士の影が、一本につながった。


ハナから引き離すため、馬車の後ろへ二歩動く。

黒い線が張り、剣士の身体も同じだけ横へ滑った。


一瞬で、また目の前に来る。


ハナからは離せた。

けど、俺まで空荷の荷馬車から遠ざけられた。


「離れようとしても、無駄」

剣士が剣を肩へ担ぐ。

「俺と遊んでよ」


左前輪の方で、金属音が鳴った。


土手の弩手が、二本目の太い矢をつがえている。

狙いは、さっきと同じ左前輪の留め金や。


ナオユキが俺を助けようと一歩動く。

弩が車輪へ向いた。

ナオユキはすぐに盾を戻した。


「悪い、右は任せる!」

「分かってる!」


俺が剣士を止める。

ナオユキが車輪を守る。


どっちかが持ち場を離れたら、剣か矢が黒い馬車へ届く。


「あの人を荷馬車から降ろす! 《ウォーターボール》!」


ハナの杖から、頭ほどの水球が飛んだ。

だが、水球が白い輪へ入った途端、風で前から押し潰される。

十歩も進まないうちに止まり、こっちへ戻ってきた。


「弾けて!」


水球が空中で弾け、街道へ雨のように落ちる。


「私も!」


ミラがハナと入れ替わり、右窓から矢を放った。

矢は逆風へ入ると左へ曲がり、短杖の女から二歩以上外れた。

荷台の左端へ突き刺さる。


「そんなに曲がるの!?」


ハナの杖先に、次の水球が膨らみかける。

けど、ハナは唇を噛んで杖を下げた。


「同じところに撃っても、また戻される」


水球も矢も、正面からは届かない。

俺とナオユキも、目の前の相手から動けない。


このままでは、道を塞ぐ荷馬車まで誰も行けへん。


「ダイキ、また私に来る!」


剣士が、ハナのいる窓へ走る。

棍棒を差し込み、剣を止めた。


こいつを倒せば、ハナとミラが荷馬車を狙える。


剣士の胸へ棍棒を向け、右足を止める。

足裏から腰、肩へ、力をつないでいく。


全身の力が棍棒の先へ集まり、右腕と棍棒が低く震え始めた。


《剛・打撃》は、当たれば一撃で終わらせられる。

全部の力を一撃へ変えるための、ほんの一拍。


剣士の目が、震える棍棒へ落ちた。


「うわ、それ絶対やばいやつ!」


剣士は斬りかからず、自分から二歩下がった。


俺が横へ動いた時は、影の線で一瞬で追いついてきた。

けど、自分から下がるのは自由らしい。


棍棒の震えが大きくなる。

もう半歩下がられる前に、振り切る。


「《剛・打撃》!」


棍棒が唸った。

剣士はさらに半歩退く。


棍棒の先が、胸当ての前を通り過ぎた。


空振りや。


行き場をなくした力に、肩を前へ引かれる。

右足で踏ん張り、どうにか転ばずに止まった。


剣士は反撃してこない。

俺の間合いの外で、目を輝かせている。


「あぶなっ! でもそれ、棍棒が震えてから来るんだな」

「見とれてないで、持ち場へ戻れ」

槍の男に言われ、剣士が笑ったままハナへ向き直る。


当たれば終わる。

けど、当たる前に気づかれる。


魔物なら、目の前の俺へ噛みついてきた。

プレイヤーは、危ない技を見たら避ける。


職業がなくても、これだけは伸ばせると思っていた。

その《剛・打撃》まで当てられへんかったら、俺は何をすればええ。


剣士が、またハナへ走る。

普通の《打撃》で剣を横から叩く。


剣士は受けずに下がった。

追えば、また一歩逃げる。


俺を倒す気やない。

追わせて、時間を使わせる気や。


「追うな、ダイキ!」


ナオユキの声に、足を止める。

左では、弩がまだ黒い馬車の前輪を狙っていた。


槍の男が指を一本折る。


「一分経過! あと四分、そのまま!」


まだ誰も倒れていない。

道も開いていない。


あと四分ここにいれば、青い幌馬車は分岐の先へ進む。

道が分かっても、追いつく前にレティシアさんを別の荷へ移されるかもしれへん。


「皆さん、敵を倒す必要はありません!」

セレスが御者台から振り返った。

風に乱れた髪を押さえ、空荷の荷馬車を指す。


「道さえ開けば、追えます!」


敵を倒すんやない。

道を開く。


「あの馬たち休んでるのに、荷馬車だけ鎖でお散歩してる」


ノクティスが右窓から身を乗り出し、荷馬車の後ろを指した。


「鎖?」

「うん。あそこ」


荷馬車の車軸と、橋脇の石柱が鉄鎖でつながれている。

空堀側の前輪には、三角の木片が噛ませてあった。


馬を外した荷馬車が、勝手に坂へ落ちないよう止めてある。

なら、逆に木片と鎖を外せばいい。

荷馬車は空堀へ落ち、道が開く。


荷台には、《逆風陣》の短杖が刺さっている。

荷馬車が傾けば、短杖の女も今の姿勢では陣を保てへん。


俺が鎖を切る。

ミラが木片を外す。


荷台の左端には、さっきミラが外した矢が刺さっていた。

まっすぐ撃って、狙いより左へ曲がった矢。


ほな、最初から右を狙えば――。


前輪の木片を見る。


中央の槍の男も、俺の視線を追った。

木片を見て、短槍をそちらへ向ける。


あかん。

先に狙いが割れた。


ミラが弓を向ける前に、あいつの目を木片から外さなあかん。


剣士と槍の男を見る。

こいつらは、俺の《剛・打撃》を警戒してる。


なら、それを逆手に取れば――いけるかもしれん。


棍棒を握り直す。


偽物の《剛・打撃》から始める。

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