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1.北街道の待ち伏せ

黒い馬車が倉庫街を抜け、西門へ続く石畳を駆ける。


御者が鞭を鳴らすたび、車輪が跳ねた。

窓の外を流れる建物の隙間から、夕方の空が見える。


青い幌馬車は、もう西門を出ている。

北街道が分かれる前に追いつかな、レティシアさんがどっちへ運ばれたか、また分からなくなる。


「みんな、新しい技はあとどれくらい使える?」


ナオユキが左肩を回す。

手甲は熱で黒くくすんでいる。けど、五本の指は全部動いていた。


「《守護宣言》は使える。《限界防御》は、あと一度だと思ってくれ」


向かいで、ミラが弓を引く指を開いて見せた。


「普通の矢は平気。《制止矢》は、短く止めるのが一回かな。鉄格子みたいなのは、もう無理」


ハナは杖を両手で握ったまま、少し考える。


「私はまだ大丈夫。《支援接続》も、ヒールも使えるよ」

「私だけ燃費悪すぎない?」

「鉄格子を止めたからでしょ」

「怪我してる奴は?」

「いないよ」


身体は動く。

ナオユキとミラの大技は残り一度。ハナには、まだ余裕がある。


ノクティスだけは、窓から御者台の方を覗いている。


「馬、ずっと走ってて飽きないのかな」

「今は飽きんといてほしいな」

「あとで人参あげよう」

「それは賛成や」


馬車が大きく揺れ、ノクティスが俺の肩へ転がってきた。

抱き止めて座席へ戻す。


セレスは膝の上に街道図を広げていた。

揺れる車内でも、指先は迷わず一本の線をなぞっている。


「西門からしばらくは一本道です。ただ、この先で北岸の漁村、農村部、川沿いの運搬路に分かれます」

「分岐まで、どれくらい?」

「この速度なら十五分ほどです。向こうの青い幌馬車は重い。まだ追いつけます」


まだ届く。

その言葉に、棍棒を握る手の力が少し抜けた。


直後、セレスが図面から顔を上げる。


「ただし、追手を止める準備まで、先に済ませていなければですが」


抜けた力が、すぐに戻った。


西門では、セレスが窓から監査証を見せただけで、門兵が柵を上げた。

黒い馬車は速度を落とさず、街の外へ飛び出す。


石畳が土の街道へ変わった。

左右には低い石垣と畑が続き、その向こうで海が夕日に光っている。


前方の畑道から、灰色の外套を着た騎手が飛び出した。


栗毛の馬を黒い馬車へ並ばせ、片手で手綱をまとめる。


ナオユキが盾へ手を伸ばす。

セレスは図面を畳みもせず、窓を開けた。


「ノア」

「どうも。追いつく側の馬車まで速いと、情報屋も忙しいですね」


男は馬上で息を整えながら笑った。

地味な服と、どこにでもいそうな顔。

右目の虹彩だけ、縁に細い灰色の輪が浮かんでいる。

けど、その目は俺たちを一人ずつ見ていた。


「あんたが情報屋?」

「信用できそうに見えないなら、正解です」

「自己紹介としてどうなん、それ」

「信用されすぎると、値段を上げにくいので」


セレスが窓枠を指で叩いた。


「挨拶はあとです。報告を」

「青い幌馬車は、私が引き返した時点で三、四分先。御者台に大槌と黒髪の男。荷台は閉じたままです」


ギルとガレス。

レティシアさんが乗っているかは見えへん。けど、まだ追える距離にいる。


「尾行は切れたん?」

「ええ。ただ、青い幌馬車が通った道なら拾える、追跡向きのスキルがあります」

「居場所も分かるん?」

「そこまで便利なら、石橋まで馬で追いませんよ。分かるのは、すでに通った道だけです」


ノアが右目を細め、街道の先を見る。


「分岐まではまだ一本道です。青い幌馬車が石橋を渡ったのを見届けてから、畑道を戻ってきました。追跡より、先に知らせるべきものがありまして」


ノアが親指で前を示した。


「この先に、馬車一台分の石橋があります。青い幌馬車が渡ったあと、空荷の荷馬車が橋の入口を塞ぎました。武装した冒険者が五人、残っています」

「青い幌馬車の仲間?」

「少なくとも、通したあとで道を塞いでいます。偶然にしては、仲がよすぎますね」


セレスの予想どおりや。

こいつらは、俺たちを見てから集められたんやない。

青い幌馬車を通し、追手を止める役として、最初からここにいた。


ナオユキが盾を膝へ立てる。


「迂回路は?」

「人だけなら畑を抜けられます。馬車で回れば十分以上。走って抜けても、青い幌馬車を見失います」


十分。

跡を拾えると言っても、いつまで残るかは聞いてない。

分岐の先でさらに離されたら、今度こそ追いつけへん。


「正面から行く」

「俺の《限界防御》と、ミラの《制止矢》はあと一度ずつだ」

ナオユキが盾の持ち手を握り直した。

「ここで使い切れば、追いついた後に何も残らない」


「戦わへん。道を空けてもらう」

「素直に退くと思うか?」

「思わん。けど、最初から殴ったら、それこそ向こうの思うつぼや」


敵の目的は、俺たちをここで止めること。

戦いに付き合う時間そのものが、向こうの得になる。


セレスが監査証を胸元から出す。


「私が話します。蒼海商会の監査馬車を、理由なく止めるなら、相手も所属を隠したままでは済みません」

「所属を気にする相手だといいですね」

ノアが手綱を引き、栗毛の頭を畑道へ向けた。

「私は畑道から分岐へ先回りします。青い幌馬車がどの道へ入ったか、目印を残しておきます」


ノアが懐から細長い灰色の印紙を出し、窓越しにセレスへ渡した。


「私が目印を残せば、その紙に進む方向が出ます」


「一緒に戦ってくれへんの?」

「尾行役まで残ったら、今度こそ見失います。それに、情報屋へ正面戦闘を期待するのは、魚屋で盾を買うようなものです」

「売ってそうな街やけどな、ここ」


ノアは一瞬だけ考え、それから頷いた。


「それは否定できません」


ノアが栗毛の腹を軽く蹴る。

灰色の外套は畑道へ入り、すぐに麦の穂の向こうへ消えた。


馬車が緩い坂を上る。


丘の向こうに、短い石橋が見えた。

橋の入口には、空荷の荷馬車が斜めに止められている。

荷馬車を引いてきたらしい二頭の馬は、橋を渡った先の柵につながれていた。


その前に五人。


道の中央に槍を持った男。

左に丸盾、右に片手剣。空荷の荷馬車の上には短杖を持つ女が立ち、石橋脇の土手では弩を構えた男が片膝をついている。


こちらに気づいた剣士が、ぱっと笑った。


「来た!」

「シオン、声が大きい」

荷台の女が短杖で剣士の足元を指す。

「あと右へ出すぎ。半歩戻って」

「半歩くらいよくない?」

「よくない」


丸盾の男が、盾の縁で剣士の肩を押した。

剣士は口を尖らせながらも、言われたとおり半歩戻る。


「ニルス」

中央の槍の男が呼ぶと、土手の弩手が照準を覗いたまま片手を上げた。

「ボルク」

丸盾の男が、盾の縁を拳で一度叩く。

「リーネ」

「いつでも。シオン以外は」


「アルノーは細かすぎ」

「シオンが雑すぎるんだ」


魔物相手の並びやない。

前の三人へ目を向けさせ、杖と弩が好きなところを狙える位置や。

口では軽いのに、立ち位置を直す動きには迷いがない。


「道で休んでる」

ノクティスが窓から五人を見る。

「馬に踏まれるよ」

「踏まれる前に退いてくれたら助かるんやけどな」


御者が手綱を引き、馬車の速度を落とした。

空荷の荷馬車まで、二十歩ほど。


槍の男が片手を上げる。


「ここから先は通行止めだ」


セレスが窓を開け、銀色の監査証を見せた。


「蒼海商会王都本部の監査です。街道を封鎖する権限と、所属を提示してください」

「悪いな、監査官さん。今日は商会の看板でも通せない」


荷台の女が、槍の男を見下ろした。


「アルノー。そこは『契約上、回答できません』でしょ」

「こっちの方が格好いいだろ?」

「昨日決めたのに」


剣士が吹き出す。

丸盾の男も、盾の陰で少しだけ肩を揺らしていた。


監査証を見せても、顔色一つ変えへん。

やっぱり、話だけで退かせる相手やない。


俺は扉を開け、棍棒を見える位置へ出した。


「青い幌馬車は通したんやろ。俺らも通して」

「そいつを追うのをやめれば、誰も痛い目を見なくて済む」

「誰に頼まれた?」

「それ言ったら、報酬なくなるだろ」

剣士が横から答えた。


「シオン!」

「名前は言ってないって」

「余計なことを言うな」

槍の男が剣士を睨み、それから俺へ向き直る。

「依頼人のことは話さない。それだけだ」


槍の男は笑っている。

けど、俺や棍棒より、何度も丘の向こうへ目を向けていた。


勝つつもりやない。

何かを待っている。


「御者さん、ゆっくり前へ」

セレスの声に、馬車がまた動き出す。


槍の男の笑みが消えた。

上げていた手の指が、二本だけ折れる。


土手で弩が鳴った。


太い矢が、馬車の左前輪へ飛ぶ。

狙いは車輪そのものやない。車輪を軸へ留めている、中央の金具。


「ナオユキ!」


ナオユキが馬車から飛び降り、左前輪の外側へ盾を差し出す。

矢が盾へぶつかり、甲高い音を立てて弾かれた。


「うわ、止めた」

弩手が思わず顔を上げる。


「ニルス、次」

丸盾の男が短く言った。


その瞬間、右にいた剣士が走る。


「じゃあ、俺!」

馬車の扉へ飛びつき、俺の横からハナへ剣先を伸ばした。


「こっち来る!」

ハナが杖を胸元へ引く。


俺は扉の段を蹴り、剣士とハナの間へ棍棒を差し込んだ。

刃が棍棒へ当たり、腕まで痺れる。


槍の男が、丘の向こうを見て笑った。


「ニルスは撃ち続けろ! ボルクは車輪から動くな!」


遠い坂の上に、青い幌馬車が小さく見えた。

その幌馬車は一度だけ夕日を反し、そのまま丘の向こうへ沈んでいく。


「勘違いすんなよ。俺たちは、お前らに勝つ必要なんかない」


槍の男が、穂先を俺へ向ける。


「五分止めれば、俺たちの勝ちだ」


右の剣士が棍棒を押し返す。

道を塞ぐ空荷の荷馬車の上で、短杖の女がハナへ狙いを定めた。


「五分だけかー、つまんないなぁ」

剣士の笑みが、さらに大きくなる。


「遊ぶな、シオン。相手もプレイヤーかもしれないんだ。本気でいけ」

槍の男が短槍でハナを示した。


セレスが眉を寄せる。

ハナとミラは、同時に息を呑んだ。


俺にも、その言葉の意味は分かる。

こいつらは、俺たちと同じプレイヤーや。


短杖の女が息を吸い、杖をハナへ向けた。


ここからは、PvPや。


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