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3.人と荷物を追え

――女を連れてこい。薬学の知識を吐かせるまでは、殺すな。


殺されてはいない。

けど、知っていることを全部吐かせたら、そのあとはどうなる。


「どこへ連れていったんですか」

ハナが焦げ残った指示書を見つめる。

杖を握った指が白くなっていた。


「前の作業台に、燃えていない書類があります」

ズーリンが灰から手を離し、無事な書類をめくる。

「移送先は王都。ただし、経路と時刻は焼けています」

書類の下端には、黒い本をかたどった印が残っていた。


――黒書商会。


青い花を三倍で買うと言った、ユリウスの笑顔が浮かぶ。

今度は、レティシアさんの知識まで商品にするつもりか。


ノクティスは通路の入口へしゃがみ、浅い水へ映った灯りを眺めている。

「見てみて。きれい」

「今それ見る時ちゃう」


水面が揺れるたび、天井の灯りが細かく砕ける。


その奥から、水を踏む足音が一度。

すぐに、もう一度。


誰かが逃げている。


港湾管理の職員たちが、倒れた男たちを壁際へ並べている。

右側で俺とナオユキが倒した二人と、短剣を持っていた細身の男。乾燥棚の向こうに三人。


六人しかおらん。


「隊長格が足りへん」

ドイルが頬の血を手の甲で拭い、低い通路を見た。

「俺らとやってた片手槌の男だ。逃げ足だけは元気らしい」


あいつが先へ知らせたら、レティシアさんはまた移される。

今度こそ、どこへ消えたか分からなくなる。


階段から、赤モヒカンが男を一人引きずってきた。

「裏口から逃げようとした下働きを捕まえたぞォ!」

「俺は扉を開けただけだ! 何もしてない!」


男の目が、低い通路の手前にある柱へ動いた。

根元の鉄輪には、切れた縄が残っている。その下に、小さな金具が落ちていた。


ハナが金具を指さす。

「これ、レティシアさんが瓶を留めてたやつ」

港で強化薬を渡してくれた時、腰の革紐についていた金具と同じ形や。


俺は下働きの男へ詰め寄った。

「眼鏡をかけて、肩から革の入れ物を提げた女の人を見たな?」

「せ、背丈ほどあるハンマーの男と、黒い短髪の男が連れていった。あんたらが店へ入る少し前だ!」

「どっちへ?」

男の顎が、低い通路へ動いた。

「古い水路だ。その先は、本当に知らない」


まだ、遠くへは行ってへん。

足音を追えば、レティシアさんを運んだ場所まで届くかもしれない。


「ほな、分かれよ」

俺は通路と、ズーリンが持つ書類を順に指した。

「俺らは逃げた男を追う。ドイルさんたちは、書類と港の図面で荷物の出口を探して、上から回り込む」


ドイルの口元が上がった。

「よし、こうしよう! お前らは人を追え。俺らは荷物を追う」

「それ、今俺が言うたやつ」

「年長者の声で言った方が締まるだろ」 

「締まってへん」


ズーリンは港湾管理の職員へ、作業台の薬液と器具を動かさず保全するよう頼んだ。

それから書類を抱え、赤モヒカンを見る。

「荷札と倉庫に詳しい方を、全員集めてください」

「任せろォ! うちの社長連中は、荷の横流しにはうるせェぞ!」

「言い方だけ聞くと、全員捕まえた方がよさそうですね」


赤モヒカンの笑顔が固まった。

ナオユキが盾を持ち上げる。

左肩を一度回してから、盾の持ち手を握り直した。


「追いついて戦うな。俺の《限界防御》も、ミラの《制止矢》も連発できない」

「ほな、何するん?」

「止まらせず、出口まで走らせる。ドイルさんたちの前へ押し出す」


捕まえるのは、先回りした二人。

俺たちは足音を離さず、逃げ道を選ばせへん。


「普通の矢なら撃てる! 《制止矢》も、短く止めるだけならたぶん!」

ミラが矢を一本抜いた。


「最後の『たぶん』が不安なんだが」

「ドキドキして楽しいでしょ?」


ナオユキが眉間を押さえた。

「行くで」

俺が先頭で通路へ入る。

ノクティスが俺の服の裾を掴み、その後ろにハナ、ミラ、ナオユキが一列で続いた。


石の天井は低く、背中を伸ばすと頭を打つ。

足元には、くるぶしより浅い水が流れていた。


前から、重い足音が続いている。

近づいてはいない。けど、離れてもいない。


通路が、緩い上り坂へ変わった。

二十歩ほど先に、厚い革鎧の背中が見える。


壁際には、石を積んだ小さな荷車が止めてあった。

車輪の下へ、三角形の木片が噛ませてある。


男は走る速度を落とさず、荷車の横を抜けた。

そのまま踵で、車輪止めを蹴り飛ばす。


石を鳴らし、荷車が坂をこちらへ転がってきた。


ノクティスの目が、少しだけ輝く。

「わあ、楽しそう。あれ乗りたいな」

「今だけは絶対乗るな!」


ノクティスを左の壁際へ引き寄せる。

ハナとミラも壁へ背中を押しつけ、ナオユキが最後尾で盾を畳んだ。


荷車が、服の端を擦りながら通り過ぎる。

後方で片方の車輪が石壁へ当たり、荷車が横転した。

積んでいた石が床へ散る。


前方で、男が振り返る。

革鎧の左肩は裂け、走るたびに片腕が上下へ揺れている。

片手槌を握り直した。


「ガキどもが……!」

殴り合う気はない。

俺は棍棒を石壁へ叩きつけた。


「ほら、追いつくで!」

男が舌打ちし、また走り出す。

俺たちを倒すより、先へ知らせる方を選んだ。

よし。そのまま出口まで走れ。


上り坂が、さらに急になった。

男は十歩ほど先で、壁際の鎖を掴み、全体重をかけて引く。


俺たちより六歩ほど先の天井で、鉄が擦れる。

両側の壁に刻まれた溝から、錆びた鉄格子が降り始めた。


このまま閉じたら追う方法がなくなる。


「走れ! 落ちる前に抜けろ!」

ナオユキが後ろから叫ぶ。


俺はノクティスを抱え上げ、坂を蹴った。

ハナとミラが続き、ナオユキの鎧も背後で鳴る。


鉄格子の下端が、頭の高さまで落ちてきた。

あと三歩。全員は間に合わへん。


「頭下げて! 《制止矢》!」


ノクティスを抱いたまま、身を低くする。

弦が鳴り、矢が頭上を抜けた。


矢尻が、落下中の鉄格子の横棒を叩く。

水色の光が横棒を包み、鉄格子が俺の胸の高さで止まった。


「短剣が止まったなら、これも止まるでしょ!」

ミラの声が裏返っている。

弓を持つ指も震えていた。


「早く! また動きそう!」

俺はノクティスを胸へ抱え、身を折ったまま鉄格子の下を駆け抜けた。

続いてハナ。ミラも弓を抱え、屈んだまま潜り抜ける。


最後にナオユキが盾を胸へ抱え、肩を縮めて抜けた。

水色の光が切れる。

鉄格子が背後の石床へ落ち、通路を塞いだ。


ミラが弓を抱えたまま、止まった鉄格子を振り返る。


「今ので、制止矢は打ち止め!」

「うん。あとは普通の矢にして」

「任せて!」


「あとは走るだけや」

ミラが弓を握り直し、俺はまた先頭へ出た。


男の足音は、さっきより近い。

鉄格子を落とすために止まった分だけ、差が縮まっている。


上り坂の先に、縦穴が見えた。

壁へ打ち込まれた梯子と、頭上を塞ぐ四角い鉄蓋。


男が片手槌を腰へ戻し、梯子を上っていく。

「逃がすな!」

俺も梯子へ手をかけた。


男が頭で鉄蓋を押し上げる。

隙間から、夕方の光が差し込んだ。


「やっと――」

白い袖の腕が、鉄蓋の向こうから伸びた。

男の革襟を掴み、そのまま地上へ引きずり出す。

重い身体が消えた直後、上で地面を叩く音がした。


「いらっしゃい」

ドイルの声や。


俺たちが地上へ出ると、古い荷捌き場の真ん中で、ドイルが男の背中を膝で押さえていた。

周囲を港湾管理の職員と赤モヒカンたちが囲んでいる。


「なぜ、先にいる……」

「俺らは荷物を追ったんだよ」


「遅かったな」

「そっちが早すぎんねん」

「大人は近道を知ってるんだよ」

「図面を読んだのは私です」


ズーリンが燃え残った書類と、港の図面を重ねて見せる。

書類の端には、「旧水路・北三番」とだけ残っていた。


「書類から分かったのは、この荷上げ口までです」

ズーリンの指が、図面に書かれた小さな四角を押さえる。

「その先、どの倉庫へ運んだかは残っていません」


捕まえた男を見る。

革鎧の背中をドイルの膝で押さえられているのに、口元だけは笑っていた。


「女の人を、どこへ運んだ」

「知らんな」

「あんたが時間を稼いでる間にも、仲間は捕まってんで」

「なら、そいつらに聞け」


答える気はない。


周りには倉庫や荷捌き場が並び、その間から何本も道が延びている。

片っ端から探していたら間に合わへん。


「ドイルさん、こいつ起こして」

ドイルが男の背から膝を外す。

片腕を背中へねじ上げたまま襟を掴み、上半身を引き起こした。


俺は男から少し離れ、ハナへ顔を寄せた。

「こいつの反応、見てくれる?」

「やってみる」


ハナが男へ身体を向ける。

俺は棍棒を持ち上げ、港側からゆっくり周囲を指していった。


船着き場。

商人街へ戻る大通り。

南側の資材置き場。


男は笑ったままや。


棍棒の先を、北側の倉庫列へ動かす。

ハナが俺の腕を掴んだ。


「待って。今、怖がった」


俺は棍棒を止める。

赤モヒカンがその先へ目を凝らした。


「そっちで、人目につかず荷を運び込めるのは第七倉庫だけだァ」


「ドイルさん、ここ頼める?」

「あぁ、頼まれた」


ドイルとズーリン、赤モヒカンたちが、男と捕まえた連中の周りへ残る。

俺たちはハナが示した方向へ走った。


北側の倉庫列、その中央にある第七倉庫の大扉は、人一人が通れる幅だけ開いていた。

入口の前には、真新しい車輪の跡が二本、港の西へ続いている。


遅かったかもしれへん。

それでも、ここまで来て扉の前で止まれるか。


「レティシアさん!」


大扉を押し開ける。


広い倉庫の中に、積み荷はほとんど残っていなかった。

奥の机で、一人の女が開いた引き出しを調べている。


整った商会服。後ろでまとめた髪。

女が顔を上げた。


俺は棍棒を構える。

ナオユキの盾が、ハナたちの前へ出た。


「動くな。あんた、ここの連中か」

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