↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
78/96

2.煙の中の初陣

「ダイキ、足!」

ハナの声に、右足を引いた。


透明な風の帯が爪先をかすめる。

避け切れなかった風が踵へ巻きつき、左へ引っ張った。

棍棒の先を床へ突く。石を擦りながら踏ん張ると、足首の風がほどけた。


片腕に抱えていたノクティスを、右の木箱の陰へ降ろす。

ハナがその手を引き、ミラの隣まで下がった。


倒れずには済んだ。

けど、レティシアさんを運んだ奴らは、今も奥へ逃げている。

目の前の細身の男を退かせな、追いかけることもできへん。


白い粉塵が、俺たちと奥の通路の間を埋めている。

三歩先にいる男も、輪郭しか見えへん。


右は壁際に積まれた木箱。

左は倒れた乾燥棚に塞がれ、腰より高い木枠の向こうで刃がぶつかっている。

ドイルたちも戦っているが、すぐには合流できへん。

足元では、さっき倒した二人の剣士が動かずにいる。


ハナ、ミラ、ノクティスは、俺とナオユキの三歩後ろ。

ミラは弓を構えているが、煙と俺たちの背中が重なって撃てずにいる。


「見えてたのか?」

声が、煙の中で右へ動いた。


「見えてない」

ハナが杖を握り直す。

「足を取りたいって気持ちが、こっちへ向いたから」


いや、正直すぎるやろ。

敵に能力の仕組みまで教えんでええねん。


「感情を拾うのか。面倒だな」


声は右。

そちらへ棍棒を向けた直後、左から靴音が迫った。

短剣が白煙を裂き、俺の脇から後ろのミラへ伸びる。


「ハナ、ミラ、ノクティスは俺が守る。《守護宣言》!」

ナオユキが横から入り、盾で短剣を受けた。

三人の足元を、緑の光が囲む。

階段で火球を受け止めた反動で、ナオユキの左肩が一度沈む。


細身の影が一歩退く。

ナオユキは盾を押し出し、そのまま追おうとした。

だが、短剣の先がまたミラへ向く。


緑の光が強くなった。

盾を持つ左腕が引かれ、ナオユキの身体ごと三人の前へ戻される。


「おいおい、勝手に動くのか……!」

ナオユキが奥歯を噛み、足を踏ん張った。


盾の間合いの外で、男が笑う。

「防御力は上がるが、そいつらを自動で守るせいで、お前はここから動けないようだな」


左手が盾へ向く。

「吹き荒れろ、風の力――ウィンドブラスト!」


盾の正面で風が弾けた。

ナオユキの靴が床を滑り、積んであった薬瓶へ踵が当たる。

転がり出た一本が、俺の進路を横切った。


「ダイキ、右」

木箱のそばで、ノクティスが煙の右を指している。


正面から詠唱を聞かせ、風が弾けた瞬間に右へ回ったんや。

声へ向いたままなら、空いた横からミラたちへ入られる。


「行かせるか!」


右足を止め、息を詰める。

足裏から腰、肩へ力をつなぐ。

全身の力が棍棒の先へ集まり、右腕と棍棒が低く震え始めた。


ここまで積み上げてきた《剛・打撃》。

当てられれば、この男でも一撃で倒せる。

全部の力を一撃へ変えるための、ほんの一拍。


男の目が、震える棍棒へ落ちた。


「《剛・打撃》!」


胴を狙って振り抜く。

男が膝を折り、棍棒は頭上を通り過ぎた。

その先の木箱へぶつかり、厚い板を叩き割る。


「当たれば終わりか。だが、溜めが見える」

男の靴底が胸へ入った。


蹴り離され、二歩下がる。

背中に当たった木箱の中で、薬瓶が鳴った。


「属性も、職業技の魔力も乗っていない。ただの打撃をそこまで磨いたのか」

男の目が細くなる。

「……無職だな?」


言い当てられた。


「なら、お前だけ倒せばいい」

男は、俺と奥の通路の間へ立ち直した。

「盾は三人から離れられない。お前が倒れれば、追ってくる奴はいなくなる」


判定室で怖かったことが、最初の戦いで形になった。


ナオユキたちは、新しい職業で戦い方を変えている。

俺だけは、判定前と同じ棍棒を握っている。


《剛・打撃》は、全身の力を棍棒へ溜め切るまでに一拍使う。

その一拍を正面から見せれば、今みたいに震えを読まれて避けられる。


どうやって、当てるための一拍を作る。


男の輪郭が、また煙へ紛れた。

追えば、風に足を取られる。

止まれば、レティシアさんが遠ざかる。


どっちも嫌や。


「ダイキ、焦ってる」

三歩後ろから、ハナの声が届いた。


「分かってる」


通路の右脇を見る。

あいつの背後には、壁まで積まれた木箱がある。

あそこまで追い込めば、右へは逃げられへん。


棍棒の先で木箱を示し、ミラを見る。

ミラは木箱と俺を見比べ、眉を寄せた。


ハナが俺とミラへ交互に目を向ける。

「《支援接続》」


水色の輪がハナの足元から広がった。

輪の端が俺の右手首とミラの弓へ触れ、三人を細い光でつなぐ。


棍棒を木箱へ傾ける。


――木箱へ追い込む。


胸の中でそう決めた瞬間、右手首の光が脈打ち、ミラの弓まで走った。


ミラの肩が跳ねる。

目を見開いて俺を見ると、今度は迷わず木箱の手前へ矢を向けた。


嘘やろ。

声に出してへんのに、伝わった。


言葉そのものやない。

それでも、「木箱へ追い込む」という俺の狙いだけが、形になってミラへ届いた。


すごい。

これなら、煙で相手が見えなくても、ミラと同じ場所を狙える。


水色の線が震えた。


言葉にするなら、――右足を引け。


今度は、俺の中へ感覚が流れ込んできた。

右足首の後ろを、誰かの指で引かれたみたいに感じる。


ハナが煙の左へ顔を向けた。

ハナが拾った危険まで、俺へ伝わってきたんや。


細身の影が低い姿勢で飛び出す。

右手の短剣を構え、左手を俺の足へ向けている。


「絡みつけ、風の力――ウィンドバインド!」


感覚に従い、右足を引く。

直後、さっきまで足があった場所の粉が割れ、風の帯が走り抜けた。


男の目が見開かれる。


「馬鹿な! 女は何も言っていないぞ! お前まで俺の感情を読めるのか!?」


ちゃう。

俺が読んだんやない。

ハナが感じた危険を、俺までつないでくれたんや。


男は、風に足を取られた俺を短剣で刺すつもりやった。

けど、風の帯は空振りした。風を追って飛び込んだ男だけが、俺の棍棒が届く距離まで入ってくる。


棍棒を左から振る。

短剣を斜めに立てて受けながら、男は右へ跳んだ。


右手首の光が、もう一度ミラの弓まで走る。

ミラの矢先も、逃げた先を追った。


もう一度、棍棒を横へ薙ぐ。

今度は受けずに右へかわし、男の背中が木箱へ近づいた。


俺は左へ踏み込み、射線から外れる。

ミラの矢先は俺を追わず、木箱の前に残った。


「止まって! 《制止矢》!」

弦が鳴った。


矢は男の胸へ飛ぶ。

男が短剣を返し、刃の腹で矢を弾いた。


甲高い音とともに、矢と短剣へ細い光が巻きついた。

弾かれたはずの矢は、床へ落ちない。


男が短剣を引く。

動かない。


矢と短剣だけが、空中の一点へ縫い止められている。


「なんだ、これ……!」

男の声が裏返った。


「短剣に当たっても、止まるの……?」

ミラも目を見開いた。

けど、すぐに次の矢へ手を伸ばした。


「止めた! ダイキ、今!」


全身の力を溜めている一拍はない。

棍棒を短く持ち、そのまま踏み込む。

技を使わず、普通の打撃で、詠唱しようと上げた左手首を叩く。


指が開き、集まりかけた風が掌から散った。


そのまま肩を胸へ当てる。

細い身体が木箱へぶつかり、積まれた薬瓶が跳ねた。

薄い笑みが、ようやく消える。


空中に止まった短剣を手放し、腰から二本目を抜いた。

水色の線をたどった刃先が、ハナへ向く。


「そいつを切れば、連携も終わるか?」

ハナへ踏み込もうとした瞬間、ナオユキの盾が進路を塞いだ。


短剣が盾へぶつかる。

ナオユキは盾を右へ押し出し、男を木箱の前へ押し戻した。


男は短剣で盾の縁を払い、俺へ刃を振り上げる。


ミラの二本目が飛んだ。

今度の矢に、制止の光はない。

矢は上がった右腕の袖を貫き、背後の木箱へ突き立った。


正面には俺。

左にはナオユキの盾。

背後は木箱で、右腕は袖を矢で縫い止められている。


今なら、一拍ある。


右足を止め、息を詰める。

足裏から腰、肩へ力をつなぐ。

つないだ力が棍棒の先へ集まり、右腕と棍棒が震え始めた。


男が右腕を引き、袖を引き裂く。

二本目の短剣を胸の前へ構えた。


遅い。


「《剛・打撃》!」


棍棒が短剣をへし折る。

そのまま胸へ入った。


細い身体が木箱へ叩きつけられる。

板が割れ、薬瓶が降り注いだ。


男は床へ崩れた。

立ち上がろうとした腕も、すぐに力を失う。


背後で金属音がした。

一本目の短剣を止めていた光がほどけ、矢と刃が床へ落ちている。

三人をつないだ水色の線も、薄れて消えた。


「……勝った?」

ミラは、まだ弓を下ろしていない。


「みたいやな」


棍棒を握り続けていた指を開く。

止めていた息が、ようやく肺の奥まで入った。

俺には、新しい職業がない。

それでも、仲間が作った一拍へ《剛・打撃》を重ねられた。


これなら、まだ一緒に前へ進める。


倒れた乾燥棚の向こうでは、刃のぶつかる音も止んでいた。


巻き上がっていた粉塵が、床へ落ちていく。

白一色だった向こう側が、腰の高さの木枠越しに見え始めた。


棚越しに見える男たちは、石床へ倒れている。

ドイルは短剣を収め、ズーリンは中央に二台ある作業台を調べていた。


手前の台には、火魔法の男が燃やそうとしていた書類が残っている。

ズーリンが見ているのは、奥の台に置かれた浅い鉄皿や。

その中で、書類の束が黒く焼けていた。


ズーリンが布越しに灰へ触れる。

「手前の書類とは別です。こちらは冷えています。私たちが地下へ入る前に、ほとんど焼き終えていたようです」


間に合わなかった。

目の前の男には勝った。けど、奥の作業台にあった書類は、もう灰になっている。


ズーリンが灰を崩すと、書類の端が一枚だけ残っていた。

焦げずに読めたのは、短い指示。


――女を連れてこい。薬学の知識を吐かせるまでは、殺すな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。