1.地下の処分部隊
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ハナの一言で、誰もすぐには階段を降りなかった。
床下にいる、怖がっている人。
レティシアさんかは分からない。けど、もしそうなら、奥へ連れていかれる前に追いつきたい。
近くの連中を抜ければ、まだ手が届くかもしれない。
ここで足を止められたら、次は地下のどこへ消えたかを探すところからやり直しになる。
「近くにいるのは?」
ナオユキが盾を階段へ向けたまま聞く。
「何人かいる。さっきまで焦ってたのに、急に静かになった」
「怖がってる人は?」
「もっと奥。少しずつ遠くなってる」
急がなあかん。
でも、手前にいる連中は、俺たちが降りてくるのを待っている。
「やっぱり罠か」
ナオユキが一段目へ足をかける。
「俺が先頭。ダイキ、すぐ後ろ。ハナ、ミラ、ノクティスの順だ」
「俺とズーリンが最後尾を受け持つ」
ドイルが短剣を抜き、いつもの軽い声で続けた。
「若者が罠へ落ちる瞬間を、後ろから見守ってやるよ」
「助けてくれる気ないやん」
「落ちる前には助けるさ」
「落ちる前に止めてください」
ズーリンに言われ、ドイルが小さく肩をすくめた。
俺たちは一人ずつ階段を降りた。
石壁は湿り、肩を少し開けば両側へ当たりそうな狭さや。下から上がってくる甘く腐った草の匂いが、一段ごとに濃くなる。
靴底が石段を擦るたび、音が下へ落ちていく。
水滴の音だけが、左の壁から返ってくる。
下からは、足音も話し声も聞こえない。俺たちが降りる音を聞きながら、息を潜めている。
ナオユキの盾が、わずかな灯りを塞いでいる。
その向こうは見えへん。
半分ほど降りたところで、ハナが俺の服を引いた。
「近い」
「どっち?」
「左右。前じゃない」
階段の正面を空けて、横から狙っている。
「ナオユキ、下り切る前に止まって」
ナオユキの足が止まる。
ナオユキが腰を落とし、盾で階段の幅を塞いだ。
「全員、俺の後ろから出るな」
左の暗がりから、低い詠唱が走った。
「集い、爆ぜろ、火の力――ファイアボール!」
一段下に、赤い光が灯った。
来る。
左の暗がりから火球が飛び出した。
狙いはナオユキ一人やない。狭い階段ごと焼き、後ろの俺たちまで巻き込む大きさや。
「《守護宣言》!」
ナオユキが盾の底を石段へ打ちつける。
緑の光が盾の縁から左右の壁へ走り、階段の前に一枚の壁を作った。
火球がぶつかる。
炎が、盾より広く弾けた。
熱が頬を打ち、石壁を赤く染める。それでも、緑の壁を越えた火は俺たちへ届かない。
「ぐっ……!」
ナオユキの右足が一段下がる。
盾を持つ腕が震えた。
ここで押し戻されたら、後ろに並ぶ全員が階段ごと倒れる。
「ナオユキ!」
「まだだ! 《限界防御》!」
薄くなった緑の壁が、もう一度厚くなる。
盾の表面へ木の根みたいな光が広がり、押し寄せた炎を左右へ押し返した。
海霧迷宮でも、ナオユキは何度も攻撃を盾で受けた。
けど、あの時は盾からはみ出した衝撃や熱まで消えたわけやない。
今は違う。
緑の壁が階段の端から端まで塞ぎ、後ろにいる俺たちの服さえ焦がさなかった。
火が消える。
ナオユキは最後の一段で踏み止まっていた。
盾の表面から煙が上がり、手甲の縁まで熱で赤くなっている。
ナオユキは一度指を開き、また盾の持ち手を握った。背中も曲がっていない。
「……壁、厚くなった」
ノクティスが呟く。
「今それ言う?」
ナオユキの声は苦しそうなのに、言い返す余裕は残っていた。
初撃を止めた。
俺たちを一気に焼くはずだった連中の息が、階段の左右で乱れる。
これが守護騎士。
ナオユキが立っている限り、狭い階段で後ろから焼かれることはない。
「今や!」
ナオユキの横を抜け、地下へ飛び降りる。
階段の先は、横に広い加工場やった。
左の壁には薬草を吊るした乾燥棚。右には人の背より高く積まれた木箱。中央には二台の作業台があり、その奥に低い通路が口を開けている。
床に見える人影は六つ。
左の乾燥棚の陰に、短杖を持った男。
中央には厚い革鎧と片手槌の大男。
残りの四人は剣や棍を手に、作業台の前後へ散っている。
「ちっ、受けやがった!」
火魔法の男が声を上げた。
「騒ぐな!」
片手槌の大男が怒鳴る。
「あの二人が女を運び終えるまで、ここで止めろ! 残りは書類を燃やせ!」
女。
ハナが感じていた怖がる人は、あの通路の向こうへ運ばれている。
奥の低い通路を見る。
床には、何かを引きずった跡が続いていた。通路脇の石壁には、大きな金槌でもぶつけたような欠け方が残っている。
背丈ほどあるハンマーを持ったギルが、ここを通った跡か。
なら、レティシアさんもこの先や。
今すぐ追えば、まだ届くかもしれへん。
けど、火魔法の男が作業台の書類の束へ杖を向けた。
ここを抜けても、証拠を全部燃やされたら、次の行き先が分からなくなる。
追うなら、目の前の連中を退かせる。
書類を守り、奥へ続く道も開ける。
片方だけでは、レティシアさんまで届かへん。
「ドイル、左を頼む!」
「任された」
ドイルが乾燥棚側へ走る。
短杖の男が慌てて詠唱する。
「火の力よ、ファイアボール!」
ドイルは棚の支柱を蹴り、横へ跳んだ。火球は床を焼いただけで外れる。
ズーリンも左へ続く。
作業台の薬液を一目見て、火魔法の男へ短く告げた。
「その火を落としてください。薬液へ燃え移れば、あなたも無事では済みません」
「黙れ!」
男が杖を振り直す。
ズーリンは火の届かない角度から、その手首へ蹴りを入れた。
中央の大男が片手槌を振り上げ、二人を止めに走る。
ドイルがその前へ短剣を構えた。
「ダイキ、俺たちの方にも来たぞ!」
ナオユキの声で、正面へ視線を戻す。
右の木箱の陰から、二人の剣士が出てきていた。
ナオユキが一人目の剣を盾で受ける。
剣先が盾の表面を滑り、そのままハナの方へ抜けようとする。
「させるか!」
ナオユキが盾をひねった。
剣が木箱側へ弾かれ、一人目の男の肩が壁へぶつかる。
ナオユキは続けて盾を胸へ押し込み、男の背中を壁へ打ちつけた。
男は息を詰まらせ、その場へ崩れ落ちる。
二人目が俺の右から踏み込んだ。
「ダイキ、右!」
ハナの声に合わせ、棍棒を縦へ立てる。
刃が棍棒の側面へ当たり、火花が散った。腕に衝撃が走るが、剣先は俺の肩へ届かない。
男が剣を引くより先に、棍棒を手首へ滑らせる。
鈍い音。
男の指が開き、剣が床へ落ちた。
ここで倒し切るより、道を空ける。
俺は男の胸を肩で押し、右の木箱へ叩きつけた。
男の膝が折れ、木箱を背にしたまま床へ沈んだ。
剣を拾おうとした手も、途中で落ちる。
ハナとミラ、ノクティスが階段を降り切る。
これで全員、地下へ入った。
奥へ続く通路までは、作業台を挟んで十歩ほど。
右側を塞いでいた二人は倒れた。今なら走れる。
「今や。奥へ――」
言い終わる前に、ノクティスが天井を見上げた。
「あの人、楽しそう」
「誰が?」
「上の人」
床で見えていた六人とは別に、右の木箱の上で細身の男が立ち上がった。
両手に短剣。ガレスより小柄で、顔にも見覚えがない。
「高いところ、好きなのかな」
「そういう楽しみ方ちゃうと思うで」
右の木箱から、左の乾燥棚の上端へ縄が渡してある。
男が足元で、その縄を切った。
同時に、男が片手を床へ向ける。
「吹き荒れろ、風の力――ウィンドブラスト!」
突風が床を這い、加工場の粉塵を巻き上げた。
白い煙が右側へ膨らみ、俺たちの視界を一気に奪う。
「離れるな!」
ナオユキの声。
直後、中央で木が軋んだ。
縄を切られた乾燥棚が、風に押されて倒れてくる。
「右へ!」
ナオユキがハナたちを木箱側へ押し込む。
俺もノクティスを抱えて右へ跳んだ。
乾燥棚が、ドイルたちのいる左側と、俺たちのいる右側の間へ横たわる。
薬草の束と木枠が、腰より高い壁になった。
「ドイル! ズーリン!」
返事の代わりに、棚の向こうで金属がぶつかる。
二人は無事や。けど、すぐにはこっちへ来られへん。
白煙の中で、細身の男の声がした。
「棚の向こうの二人は、隊長に任せる」
足音が、俺たちの右へ降りる。
「若いのだけなら、ここで止められる」
「絡みつけ、風の力――ウィンドバインド!」
煙の下で、床の粉が一本の線になって割れた。
透明な風の帯が、俺の足首へ走ってくる。




