3.レベル20の無職
透明な板には、《職業候補:なし》の文字が残っていた。
その下の《レベル上限:20》も消えない。
誰も喋らない。
さっきまでミラとハナのレア職で騒いでいたのに、水音みたいな石板の響きだけが聞こえる。
出てほしくなかった答えが、そのまま出た。
この先、みんなのレベルが上がっても、俺だけは二十のままかもしれへん。
次の戦いで、その差のせいで誰かへ届かなかったら。それが一番怖かった。
けど、俺が今したいのは判定室で沈むことやない。
レティシアさんを探しに行くことや。
「……えっと」
ミラが口を開き、また閉じた。
「これ、どういう顔すればいい?」
「またお前だけ変なことになってるな」
ナオユキが透明な板を覗き込む。
「またって言うな。まだ二回目くらいや」
「二回あれば十分だろ」
言い返すと、ハナの肩がわずかに下がった。
女性職員は笑わなかった。
透明な板へ指を走らせ、もう一度判定を始める。
光の文字が下から上へ流れ、細かい項目へ切り替わった。
```
職業候補:なし
通常職適性:該当なし
レア職適性:該当なし
属性登録:なし
現在レベル:20
レベル上限:20
```
「通常もレアも該当なし?」
ミラの声が高くなる。
「いや、そこまで全部なしにしなくてもよくない?」
「ほんまやで」
俺は透明な板を指した。
「みんなは味方保護とか感情付与とか出てたやん。俺の推奨役割、レベル上限なん?」
ミラが吹き出しかけ、慌てて口を押さえる。
「ごめん。笑っちゃダメなの分かってるけど、言い方が」
「笑ってええよ。俺も意味分からんし」
ハナだけは笑わなかった。
台座の上にある俺の手を見たまま、指先を握っている。
「これで、ダイキは捜索に行けないんですか」
職員へ向けた声は、さっきより強かった。
「職業がないと、依頼には参加できませんか」
「いいえ」
職員はすぐに首を横へ振る。
「正式な受注者はナオユキさんです。ダイキさんも、海霧迷宮での実績から同行を認められます」
ハナの指が開いた。
「ほな、捜索には行けるんですね」
「はい。ただし、レベル上限が二十で固定されたことは事実です」
「同行できるのと、今まで通り前へ出られるのは別だぞ」
ナオユキが腕を組む。
「相手のレベルが二十を越えたら、お前だけ補正が上がらない。戦う時は、その差を見て役割を変える」
「俺を外すってことか?」
「全員で帰るために決めるってことだ。お前だけの問題にするな」
守護騎士になったばかりの男に言われると、反論しづらい。
それでも、仲間が先へ進むほど、自分だけ後ろへ下げられるかもしれない。
台座を掴む指に力が入った。
開いたばかりのハナの指が、また握られた。
職業なしでも戦える。
けど、今までみたいに敵を倒せばレベルが上がるわけではない。
職員が詳細表示を開く。
```
主要スキル:
剛・打撃
剛・打ち下ろし
可塑覚醒
警告:
職業体系に接続できません
レベル上限は現在値で固定されています
```
「待って」
ミラが台座の横へ回り込んだ。
さっきまで言葉を探していた顔が消え、表示の一行ずつを追っている。
「《剛・打撃》は、レベルが二十でも使える?」
「はい。職業補正は得られませんが、職業外で獲得した派生スキルは今まで通り使えます」
職員が答える。
ミラが、《剛・打撃》の文字を指で叩いた。
「じゃあ、敵を殴れば、《剛・打撃》の熟練度は上がる?」
「はい。使った分だけ上がります」
ミラの眉が跳ねた。
「それ、先に言ってよ!」
「剛・打撃を取った時、レベル二十の表示も出た?」
「同じ戦闘や。終わった時に、レベル二十と剛系の技がまとめて出た」
「取得した時、職業が必要って警告は出た?」
「出てへん」
「なら、上限に触れた時点でも新しいスキルは開いた」
ミラは職員へ向き直る。
「取得時の記録、残ってますか」
「ギルドに保存された戦闘記録の範囲なら確認できます」
「あとで見せてください。何をした直後に剛系へ変わったのか知りたい」
ゲーム初心者の質問にしては、急に細かい。
けど、その目は俺を珍しがっているだけやなかった。まだ伸びる場所を、本気で探してくれていた。
「急に詳しいな」
「細かいところ気になるタイプなの」
「チュートリアル飛ばした人が?」
「それとこれは別!」
ミラはいつもの調子で言い返した。
でも、表示を追う目だけは笑っていなかった。
ノクティスが、透明な板へ顔を近づける。
「台座、困ってる」
「何が?」
「ダイキを、どこに置けばいいか分からないみたい」
「俺、迷子扱いされてるん?」
ノクティスは首を傾げるだけやった。
職員も、その言葉を肯定はしなかった。
「判定で確定しているのは、現在の職業候補がないことです」
「今後の条件まで、すべて否定されたわけではありません」
透明な板には、《レベル上限:20》が残っている。
その横に、《剛・打撃》《剛・打ち下ろし》《可塑覚醒》も消えずに並んでいた。
「ダイキ」
ハナに呼ばれ、透明な板から目を離した。
「平気なふりしてる?」
「してる」
即答すると、ハナが目を丸くした。
ナオユキが吹き出し、ミラも「認めるんだ」と笑う。
俺も笑った。
笑ったけど、台座の縁を掴んだ指は離れなかった。
「怖くないわけないやろ」
口にすると、笑い声が止まった。
「みんなが次へ進む横で、俺だけ今のままかもしれへん。次は届かへんかもしれへん。それは嫌や」
ハナは、俺の手を見たまま頷いた。
「うん」
大丈夫とも、絶対何とかなるとも言わなかった。
「じゃあ、怖くないふりだけやめて。一緒に考えよう」
「置いていったりしないから」
ハナは言い切ってから、ナオユキを見る。
「役割を変える時も、ダイキ抜きで決めないで」
「当たり前だ」
俺は台座から手を離し、指を握って開く。
握る。開く。
最初の森では、狼を前に腕も足も止まった。
今は、握ろうとした瞬間に五本の指が曲がる。
現実の俺は、今も病院で眠ったままや。
それでもここでは、走れる。棍棒を振れる。敵の動きを見て、打つ場所を変えられる。
レベルが止まっても、この指まで動かなくなったわけやない。
「レベルが止まるなら、剛系の技と動きを磨く」
声に出すと、次にやることがはっきりした。
「職業の道は、その間に探す。今はレティシアさんや」
棍棒を当てる角度。
踏み込む歩幅。
相手が動く前に、どこへ重心を移すか。
レベルの数字が止まっても、試せることはまだいくらでもある。
俺は台座の端に置いた薬屋街の地図を取り上げた。
判定結果を消すことはできない。せやけど、次に向かう場所まで見失うつもりもなかった。
ハナがようやく笑う。
ナオユキも頷いた。
「まあ、無職でも前には立てるしな」
「言い方」
「レベル二十の無職が真顔で殴ってくるの、相手からしたら怖いぞ」
ノクティスが俺を見上げる。
「剛・打撃の剛は、ゴリ押しのゴ」
「最初の一文字しか合ってへん」
判定室に笑い声が戻った。
レベル上限は消えていない。
俺は薬屋街の地図を握った手を下ろさなかった。
職員が判定記録を閉じた時、廊下を走る足音が近づいてきた。
扉が二度叩かれ、若い職員が息を切らして入ってくる。
「港湾管理と商人ギルドから、照会の返答です」
差し出された紙を、女性職員が受け取る。
「売り子の証言と店舗記録から、レティシアさんが向かったと見られる店が一軒に絞られました」
俺たちは台座から離れ、紙の周りへ集まった。
薬屋街の地図に、一つの店だけ赤い印がついている。
「その店は、レティシアさんが訪ねた翌朝に休業届を出しています」
「翌朝?」
ナオユキの眉が寄る。
職員は紙の下へ視線を移した。
「さらに、つい先ほど、閉まっているはずの店へ男が二人、裏口から入ったという報告がありました」
「どんな男ですか」
ハナが身を乗り出す。
「一人は細身。もう一人は、大きなハンマーを背負った大柄な男です」
大きなハンマー。
森で何度殴っても立ち上がってきた、あの巨体が浮かぶ。
「……ギル」




