2.職業判定
職業判定室へ入ると、背後で扉が閉まった。
広間のざわめきが遠ざかり、壁に埋め込まれた石板の音だけが残る。水の中で石を擦っているような、低い音やった。
部屋の中央には、腰ほどの高さの台座がある。その上で、透明な板が水面みたいな光を揺らしていた。
俺の左手には、まだ薬屋街の地図がある。
ギルドから照会の返事が来るまでに、全員の判定を終わらせる。
終わったら、すぐレティシアさんを探しに行く。
今いちばん欲しいのは、あの人へ続く次の手掛かりや。
けど、俺にもまだ先へ進める道があると分かってほしかった。
レベル二十の先へ行けるのか、ここで止まるのか。
どっちも、早く答えが欲しい。
「職業判定は、それまでのスキルと行動履歴、属性適性から候補を出します」
案内してくれた女性職員が、台座の横へ立った。
「候補を選んで登録すると、職業に合った成長経路が開きます」
「レベル二十まで何をしてきたかが、そのまま候補になるわけだ」
ナオユキが透明な板を見る。
「つまり、海霧迷宮で何をしたかも入るんですね」
ハナが聞くと、職員は頷いた。
「はい。戦闘だけでなく、治療や支援も含まれます」
ミラが自分の弓を見て、にやりとする。
さっき聞いたレア職を、まだ期待している顔や。
「最初は、職業更新の経験がある方からお願いします」
「じゃあ、俺からいきます」
ナオユキが前へ出た。
「普通の結果を一個置いとこう」
「それ、俺の前で言う必要ある?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
ナオユキが台座へ手をかざす。
透明な板に太い光が一本走り、文字が浮かんだ。
```
名前:ナオユキ
現在職業:盾戦士
職業候補:守護騎士
推奨役割:前衛防御/味方保護
```
「守護騎士!」
ミラが身を乗り出す。
「普通にかっこいい!」
「だから、普通をつけるな」
ナオユキは文句を言いながら、味方保護の文字を指でなぞった。
「迷う理由はないな。次も俺が前に立つ」
職員に向き直り、はっきり頷く。
「守護騎士でお願いします」
```
職業更新:守護騎士
```
光がナオユキの手から腕へ走り、胸の前で盾みたいな形に広がった。
一瞬だけ、こちらへ押し返すような圧が来る。
ハナが目を丸くし、ノクティスは小さく呟いた。
「壁が、厚くなった」
「ノクティスまで壁って言うのか」
「守る壁」
「守らない壁なんてないだろうに。まぁいいさ、それが俺には合ってるからな」
海霧迷宮では、ナオユキの盾が何度も白蜘蛛の脚を止めた。
捜索が戦いに変わっても、守護騎士なら正面を任せられる。
ミラが吹き出した。
張りつめていた肩が下がり、今度は自分から台座の前へ出る。
「じゃ、次は私」
手をかざすと、ナオユキの時より細い光が何本も走った。
風のない部屋で、ミラの矢筒から矢羽の擦れる音がする。
```
名前:ミラ
現在職業:なし
通常候補:弓使い
レア候補:念装射手
推奨役割:遠距離攻撃/感情付与/矢弾強化
```
「出た!」
ミラの声が裏返った。
「ほんとにレア職出た! 念装射手って何!?」
職員が表示へ目を走らせる。
「強い感情や意思を矢へ乗せ、矢弾の性質を変える希少職です」
「『止めたい』『助けたい』という意思を伴う射撃が、判定に強く反映されています」
ミラの笑いが止まった。
指先が、背負った弓の縁に触れる。
「白い蜘蛛の時やな」
俺が言うと、ミラはナオユキを見た。
「あの時は、助けたかったから撃っただけ」
「その『だけ』を、ちゃんと拾われたんやろ」
ミラはもう一度、念装射手の文字を見る。
口元がゆっくり上がった。
「取る。助けたいって思った時に、矢が応えてくれるなら欲しい」
```
職業登録:念装射手
```
板から伸びた細い光が、ミラの指と弓の弦をつないだ。
弦に触れていないのに、澄んだ音が一度だけ鳴る。
「……今、鳴ったよね?」
「鳴ったな」
「やば。ちょっと撃ってみたい」
「ここで撃つなよ」
ナオユキに先を読まれ、ミラが口を尖らせた。
仲間を助けたいと撃った矢まで履歴に残り、職業になった。
なら、俺が海霧迷宮で掴んだものも、何かの名前になるかもしれない。
その横を抜けて、ハナが台座の前へ立った。
「私も、レア職が出るのかな」
楽しみというより、確かめるような声やった。
ハナは薬屋街の地図を一度見てから、台座へ手をかざす。
透明な板の中に、水色の波紋が生まれた。
輪が一つ、二つと重なり、部屋の壁まで淡く照らす。
```
名前:ハナ
現在職業:なし
通常候補:支援術師
レア候補:共鳴術士
推奨役割:支援/連携補助/感応強化
```
「またレア職!」
ミラがハナの肩越しに表示を覗く。
ハナは喜ぶより先に、共鳴術士という文字へ顔を近づけた。
「共鳴って、誰と?」
職員が追加表示を開く。
```
味方の状態や場の揺らぎに反応し、支援効果を調整する。
詳細条件:未解析
```
「未解析?」
俺とナオユキの声が重なった。
「レアっていうより、説明不足ちゃう?」
ハナは困ったように眉を下げた。
「ちゃんと使えるのかな」
「現時点では、すべての効果を保証できません」
職員はごまかさずに答えた。
「通常候補の支援術師を選ぶこともできます」
ハナは、すぐには選ばなかった。
ナオユキの新しい職業、ミラの弓、最後に俺の顔を見る。
「これ、私が今まで誰かを助けようとした結果なんですよね」
「はい」
「だったら、取ります」
ハナの指が、共鳴術士の文字に触れた。
「まだ分からなくても、助けられる方が増えるなら、その方がいい」
```
職業登録:共鳴術士
```
水色の輪が台座から床へ広がった。
ナオユキの手甲、ミラの弓、俺の棍棒へ触れた瞬間、三つの光が同時に揺れる。
ハナが息を呑み、自分の手を見る。
「……今、三人とつながった気がした」
「俺らも光ってたで」
俺が棍棒を持ち上げると、ハナはようやく笑った。
ミラは弓弦を指で弾き、ハナは床から消えていく水色の輪を見送った。
こんなん、自分の番にも期待するなって方が無理や。
次に職員から呼ばれたノクティスは、台座を見たまま首を横に振った。
「私は、やらない」
「なんで? ノクティスこそ、すごいの出そうなのに」
ミラが聞く。
ノクティスは透明な板から目を離さなかった。
「出ない方がいい」
聞きたいことは増えた。
けど、ノクティスが嫌がることを無理にさせてまで、今ここで確かめたいわけやない。
「今日はやめとこう」
ナオユキが職員へ言う。
ハナもノクティスの隣へ立った。
「うん。受けたくなった時でいいよ」
ノクティスはハナの袖を摘み、小さく頷いた。
「ありがとう」
そして、残ったのは俺だけや。
「ここまで守護騎士、レア職、レア職だよ」
ミラが指を三本立てる。
「ダイキ、流れ来てるんじゃない?」
「そういう期待、一番あかんやつや」
笑って返したのに、台座へ向かう足が少し速くなる。
俺の戦い方も、ここまでの履歴に残っている。
《剛・打撃》も、《剛・打ち下ろし》もある。
普通の職業でなくてもいい。名前が妙でも、説明が未解析でもええ。
先へ続く候補が、一つでも出てほしい。
「ダイキなら、出るよ」
ハナが言った。
「根拠は?」
「ここまで来たから」
答えになっているような、なっていないような。
けど、その一言で手の力が抜けた。
俺は薬屋街の地図を台座の端へ置き、透明な板へ手をかざした。
光が集まる。
一度、強く輝く。
そのまま文字になると思った。
けど、光は細く千切れ、板の中へ沈んでいく。
「……え?」
ミラの声が漏れた。
職員が透明な板へ指を走らせる。
消えかけた光がもう一度だけ揺れ、四行の文字を残した。
```
名前:ダイキ
職業候補:なし
現在レベル:20
レベル上限:20
```
レベル二十一へ続くはずの道は、どこにも表示されなかった。




