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9. ダンジョンコアの異物

女王蜘蛛が倒れた広間の奥。

崩れた巣の向こうに、青い筋の走る石造りの扉があった。


「え、なにこれ……」

ミラが目を丸くする。


ハナも少し緊張した顔で、見上げるほど大きな扉を眺めていた。


「ボス部屋の先には、こういう扉があるんだよ」

ナオユキが表面の光を指でなぞる。

「ダンジョンコアに繋がってる」


「初見だと、ちょっとテンション上がるよな」

ドイルが笑いながら扉へ手をかけた。

「中を見たら、もっと上がるぜ」


ゴゴゴゴ……。


扉が横へ動き、その先に地下へ続く階段が現れた。

ドイルを先頭に、誰も喋らないまま降りていく。


白蜘蛛の気配も、水の音もない。

階段を下り切った瞬間、視界が一気に開けた。


「……っ」

思わず息を呑む。


見上げても天井の果てが見えない。

空間全体が淡い青白い光を放ち、夜の海の底みたいに床も壁も照らしていた。


その中央で、俺たちの背丈を何倍も超える結晶が脈打っている。

光るたび、青い波紋が空間の端まで広がった。


「うわぁ……めっちゃ綺麗……」

ミラが完全に見惚れている。


「これが、ダンジョンコア……」

ハナも目を見開いたまま呟いた。


ノクティスは結晶を見上げ、しばらく瞬きもしなかった。

「星が、落ちてる」


「……ん?」

ハナが結晶の向こうを見て、眉をひそめる。


青い光の下に、赤い葉が見えた。

一本や二本やない。床を埋めるほどの薬草が、山みたいに積まれている。


見覚えがあった。


「これ……前に俺が抜いた草や」

近づきかけた足を止める。

「一本抜いただけで、魔物が五匹出てきた」


ハナも顔色を変えた。

「レティシアさんが、敵を呼ぶって言ってた草だよ」


「一本で五匹?」

ミラの視線が、赤い葉の山を下から上へ動く。

「じゃあ、これ全部で……?」


誰も答えられなかった。

七層までいた大量の魔物と、奥へ進むほど増えた白蜘蛛が頭をよぎる。


ズーリンが布越しに数本を取り、慎重に包んだ。

「自然に生えた量ではありません。誰かが、ここへ運び込んでいます」


ドイルの顔から笑みが消える。

「迷宮中の魔物を、コアの近くへ集めるためにか」


「白蜘蛛だけを狙ったのか、別の目的があったのかは分かりません」

ズーリンは包みを閉じ、残った山を見る。

「ですが、このままにはできません」


「燃やして大丈夫なん?」


「誘引成分は、火を通せば壊れます。ダンジョンコアも通常の炎では傷つきません」

ズーリンが証拠の包みを抱え、薬草から離れた。


ドイルが腰の小瓶を投げる。


ゴォッ――!!


赤い葉の山へ火が走った。

青い光の下で炎が上がり、薬草が端から黒く崩れていく。


「一本で五匹……」

ミラが燃える山を見つめたまま、もう一度呟く。


誰が、何のために、これほどの量を運んだのか。

答えのないまま、巨大な結晶だけが静かに脈打っていた。


「証拠は持った。戻るぞ」

ドイルがダンジョンコアへ手を置く。


青白い光が空間いっぱいに広がり、視界を塗り潰した。


――――――


次に目を開けると、海霧迷宮の入口にある魔法陣の上へ立っていた。


真っ先に隣を見る。


ノクティスも青い光の中に立ち、自分の両手を眺めていた。


「今度は一緒に来れたな」


「うん。今度は、同じ場所」


帰還石の時との違いは分からない。それでも、深層へ一人残らなかったことに息を吐く。


待機していたギルド職員たちが、一斉にこちらを振り向く。

「戻ったぞ!」「白潮旅団もいる!!」と声が重なった。


説明会で進行していた女性職員も、目を見開いている。

「ドイルさん……!」


「おー。なんとか生きて帰ってきた」

ドイルが軽く手を上げると、張り詰めていた職員たちの肩が目に見えて下がった。


そのあとは、船で港へ戻り、事情を聞かれ、証拠の薬草を提出した。

白潮旅団の証言も加わり、俺たちの名前は三つの功績の中心に並んだ。


白潮旅団救助。

異常個体討伐。そして、海霧迷宮の異常停止。


受付で渡された報酬明細を見た瞬間、ミラの動きが止まった。


「ちょっと待って。ゼロの数、おかしくない!?」


「俺たちとモヒカン連合の救助報奨金まで乗ってるからな」

ドイルが横から明細を覗き込み、楽しそうに笑う。


ナオユキも金額を二度見した。

「これは……しばらく金には困らないな」


数日後、ようやく報告と調査が一段落した頃。

港近くの酒場で、帰還した連中を集めた宴会が開かれた。


「かんぱぁぁぁい!!」

いくつものジョッキがぶつかり、酒場の壁まで震える。


白潮旅団、モヒカン連合、レオンたち。

その中でノクティスは、ハナの隣に座って果実水の泡を指で一つずつ潰していた。


「何してんの?」

ハナが覗き込む。


「静かにしてる」


「この酒場で、それやっても無理やと思うで」

俺が言うと、ノクティスは騒ぐモヒカンたちを見て、もう一つ泡を潰した。


酒場の反対側から、赤モヒカンが椅子へ片足を乗せる。


その右足を見た瞬間、思わず目を疑った。


迷宮でなくなっていた足が、ちゃんと床を踏んでいる。


「……足」


「おう! 教会で治してもらった!!」

赤モヒカンは右足で二度床を踏み、痛がる様子もなく笑った。

「高ぇんだぞ、これ! 請求見た時は、足より先に心が折れたぜ!!」


「そこまで再生できるんだ……」

ミラが妙に真剣な顔で足を見ている。


別のモヒカンが胸を張った。

「この世界、金さえ積めば大体なんとかなる!!」


「生々しいなぁ……」

ナオユキが苦笑する。


少し離れた席には、レオンたちもいた。

トーマも戻っている。死に戻りで装備と金はかなり失ったらしく、空の財布を振っていた。


「いやぁ、マジで痛ぇ出費だった……」


「……すいません。助けきれなくて」

頭を下げると、トーマはすぐに首を振った。


「何言ってんだ。セリアを連れて帰ってくれただろ」


隣のセリアが、俺へジョッキを少し持ち上げる。


「十分以上だよ。本当に助かった」


「あそこで来てくれなかったら、普通に全滅だったしな」

レオンが笑い、トーマのジョッキへ自分のものをぶつけた。


二人がここにいて、赤モヒカンが両足で立っている。

胸の奥に残っていた硬いものが、ようやく少しほどけた。


酒も回ってきた頃、モヒカンたちの会話が耳に入った。


「ヒャハ! 先月の案件、結局あの条件で通したのかァ?」


「通した通したァ! 物流止まったら、向こうも困るからなァ!!」

「今は船押さえてる側が強ぇんだよォ!!」


持ち上げかけたジョッキが止まる。

なんか、会話がおかしい。


「でよォ、あの新規計画、マジで出資すんのかァ?」


赤モヒカンが、酒を揺らしながら歯を見せた。

「するに決まってんだろォ。今の時代、足りねぇのは金でも人でもねェ」


全員を見回し、ニヤッと笑う。

「面白ぇことに、本気で突っ込むバカだァ!!」


どう聞いても、会社の偉い人同士の会話やった。


「……あれ、リアルの話?」

ミラもぽかんとしている。


近くで飲んでいたドイルが吹き出した。

「そういや言ってなかったか。こいつら、全員社長だぞ」


「……は?」


赤モヒカンが得意げに胸を張る。

「おう!! 不動産会社経営!!」


「俺は輸入会社ァ!!」


「動画配信!!」


「居酒屋チェーン!!」


「建築ゥ!!」


「通販だァ!!」


金髪、革鎧、肩パッドにトゲ付き装備。

どう見ても世紀末の山賊集団や。


「見た目と中身、違いすぎるやろ!!」

俺の声に、酒場が爆笑で揺れた。


赤モヒカンは治った右足で床を踏み、トーマはセリアとジョッキを合わせる。


白潮旅団の笑い声の横で、ノクティスがまた果実水の泡を潰した。


赤モヒカン、トーマ、白潮旅団。

迷宮で帰れないと思った連中が、全員ここにいる。


その光景を見ながら飲んだ果実水は、さっきより少し甘く感じた。


――――――


翌日。


ギルドへ報告の確認に向かった俺たちは、説明会で進行していた女性職員に呼び止められた。


「少し、いいですか」

いつもより声が固い。


「皆さんが以前護衛していた薬学研究者、レティシアさんについてです」


ハナの表情が強張った。

「レティシアさんが、どうかしたんですか?」


「この街を出たあと、どこかへ寄る予定だと聞いていませんか?」


「王都へ戻るって言ってました」


職員は静かに頷いた。

「王都の薬学研究所本部から連絡がありました」


嫌な予感がして、指先が冷える。


「レティシアさんは、まだ本部へ到着していません」


「……着いて、ない?」

ハナの声が掠れた。


人混みへ消える前、レティシアは眼鏡を押し上げて笑っていた。


『……はい。また』


また会うつもりで見送った背中は、王都へ届いていなかった。


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