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7. 砕けた白き女王

石床から抜けた右前脚が、そのまま横へ薙がれた。


「来るぞ!!」


ナオユキの声に、反射的に後ろへ跳ぶ。


巨大な脚が鼻先を通り過ぎ、石壁を大きく抉った。

飛び散った破片が頬を掠める。


さっきみたいな、広間ごと押し潰す攻撃やない。

それでも、まともに食らえば終わりや。


けど、振り切った脚が戻るまでなら――試せる。

「らぁっ!!」

踏み込み、右前脚の付け根へ棍棒を振り抜いた。

ガギィンッ!!


硬い外殻に弾かれ、両腕が痺れる。

今のは腕だけで振ってもうた。さっきの感触とは違う。


別の脚が頭上から落ちてくる。

横へ転がって避け、砕けた石床へ足をついた。


足裏で地面を押す。

踏み返された力を、腰へ。肩へ。腕へ。


「もう一回や!!」

ガギィンッ!!


棍棒は弾かれた。

それでも一瞬だけ、外殻の奥へ振動が沈んだ。


近い。

今の踏み込みを、最後まで切らさへんかったら――。


背後では、矢が外殻を叩く音と、水が石床で弾ける音が続いていた。

けど、振り向く余裕はない。


その時、ボス蜘蛛の巨体がミラとハナの方へ向いた。


「行かせない!」

ナオユキが前へ出て、盾を構える。


振り下ろされた脚を受けた瞬間、砕けた石が靴の下で転がった。


「っ……!」

ナオユキの足が滑り、身体が大きく傾く。


盾が下がった。

その隙間へ、巨大な脚が真っ直ぐ落ちてくる。


俺の位置からじゃ、間に合わへん。


「ナオユキ!!」

ミラが、半分悲鳴みたいな声を上げた。


矢を番え、弦を限界まで引く。

けど、普通の矢じゃ、あの脚は止まらへん。


「止まって!!」

叫んだ瞬間、矢から青い光が噴き出した。


空気中の水滴が吸い寄せられ、矢の周りを螺旋状に回り始める。

ミラ自身が目を見開いたまま、それでも指を離した。


青い矢が、ボス蜘蛛の脚の関節へ滑り込む。

次の瞬間、水流が一気に広がった。

何本もの縄みたいに脚へ巻きつき、石床へ縫い止める。


ギギッ――!!

落ちかけていた脚が、空中で止まった。


「ナオユキ、今!」


ミラの声に、ナオユキが盾を抱えて横へ転がる。


ズガァンッ!!


巨大な脚が、そのすぐ横へ突き刺さった。

瓦礫と風圧が吹き荒れる中、ナオユキがどうにか立ち上がる。


「助かった、ミラ!」


「私、今……」

ミラは震える手と、自分の弓を交互に見た。


「ミラさん、矢に水が巻きついてた」

ハナも驚いた顔で、蜘蛛の脚に残る水を見ている。


「水が……私の矢に?」

答える暇はなかった。


ギチ……ギチ……。


ボス蜘蛛の外殻が軋み、右前脚が再び持ち上がる。

触れてもいない床の砂が、脚を中心に外側へ走った。


「また来るぞ!」

ナオユキが盾を構え直す。


さっきの一撃を受けた腕は、まだ震えていた。

盾を支えるだけで、靴底が少しずつ後ろへ擦れていく。


右前脚へ集まっていた白い魔力が、赤へ変わった。

それでも勢いは止まらず、脚の付け根から先端へ膨れ上がっていく。


周囲の石床に、細い亀裂が次々と走った。


「さっきより、ずっと大きい……!」

ハナの声が震える。


あれを、もう一度ナオユキに受けさせたらあかん。


「止めるぞ!!」

ナオユキが叫ぶ。


ミラが矢を番えた。

けど、今度は水が集まらない。


「さっきと同じなら……」

ミラが、盾の向こうで震えるナオユキを見た。

弦を引く指へ、ぐっと力を込める。

「お願い。もう一度――止まって!」


青い光が弾けた。

集まった水が、矢の周りを勢いよく回り始める。


「できた……!」

ミラは驚きを飲み込み、そのまま矢を放った。


水を纏った矢が、赤く染まった右前脚の関節へ突き刺さる。

水流が広がり、持ち上がった脚を石床へ幾重にも縛った。

脚の動きが止まる。


「ダイキ、今だ!!」


ナオユキの叫びに、俺は石床を蹴った。


踏み込んだ足から、腰へ。

腰から肩へ。肩から腕へ。


途中で切らず、全部の力を棍棒の先まで通す。

狙うのは、水に縛られた右前脚の付け根。

「らぁぁぁっ!!」

ドゴォォンッ!!


手応えが、今までとは違った。

棍棒を叩きつけた一点から、衝撃が外殻の奥へ潜っていく。


ミシッ――。


白い外殻に、一本の亀裂が走った。

その下で赤い魔力が大きく揺らぐ。


「入った……!」

けど、脚は砕けへん。

ドクンッ――!!


赤い魔力が脈打ち、拘束された脚が無理やり動き始めた。

巻きついた水が細く引き伸ばされ、今にも千切れそうに軋む。


「長くはもたない!」

ミラが両足を踏ん張り、弓を握り締める。


あかん。

奥へ通せても、俺の一撃だけじゃ足りへん。


「ミラさん、そのまま!」

ハナの声が飛んだ。


振り向くと、ハナの前に大きな水球が浮かんでいた。

先端は鋭く尖り、内部の水が激しく回っている。


いつの間に、あんな形にしたんや。


ハナは俺が作った亀裂を真っ直ぐ見つめていた。

震える両手を、そこへ向ける。


「そこなら――貫ける!」

水球が撃ち出された。

空気を切り裂きながら回転し、ミラの水が縛る脚へ突っ込む。

その先端が、俺の作った亀裂へ寸分違わず重なった。


ドガァァァァァッ!!!!


外殻が、悲鳴みたいな音を立てる。

一本だった亀裂が枝分かれし、右前脚の付け根全体へ走った。


「いけぇぇぇっ!!」

ハナが両手を押し出す。


ミシィィィィッ!!!!


白い外殻が砕けた。

圧縮された水が亀裂の奥を貫き、赤い魔力ごと右前脚を吹き飛ばす。


ギギィィィィッ――!!


ボス蜘蛛の巨体が大きく傾いた。

直後、行き場を失った赤い魔力が破裂する。


「伏せろ!!」

ナオユキが盾を石床へ突き立てた。


ズガァァァッ!!


盾の左右を、熱を帯びた風と瓦礫が吹き抜ける。

入口側では、木の根が白潮旅団とノクティスを包むように大きくしなった。


けど、さっきまでの破壊は来ない。

攻撃を放つ前に、脚そのものを砕いたからや。


「やった……!」

ハナの膝から力が抜ける。


「ハナちゃん!」

駆け寄ったミラが、倒れる寸前でその身体を抱き止めた。


「大丈夫。ちょっと……使いすぎただけ」

ハナは苦しそうに息をしながら、それでも砕けた脚を見て笑った。


ギギギギギッ――!!


ボス蜘蛛が苦しむように身体を震わせる。

右前脚を失った巨体が傾き、身体の右側が大きく沈んだ。


それでも、まだ倒れへん。


「ダイキ、今だ!!」

ナオユキが叫んだ。


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