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6. 奥へ抜ける衝撃

ドゴォンッ!!


砕けた石片が、頬の横を飛んでいく。

ボス蜘蛛の前脚は、もう次の一撃へ持ち上がっていた。


「速っ……!!」

さっきまであった脚の痙攣が消えている。

殺虫剤の効き目が、完全に切れたんや。


「右!!」

ハナの声と同時に、ミラの矢が右前脚の関節へ飛ぶ。


ガギィンッ!!


矢は当たった。けど、逸れた軌道はほんのわずかだった。

ナオユキが盾を斜めに差し込み、前脚を横へ流そうとする。


ズドンッ!!


「ぐっ……!!」

盾ごと押し込まれ、ナオユキの右足が石床を滑る。

まだ体勢が戻っていないのに、ボス蜘蛛の口元へ白い液体が膨らんだ。


ボシュッ!!


白い酸弾が、ナオユキへ一直線に飛ぶ。

「追撃!?」

今の体勢じゃ、避けられへん。


「ハナ!!」


「分かってる!!」

ウォーターボールが、ナオユキの正面へ割り込む。


バシャァッ!!


空中で酸弾が弾けた。

飛び散った液体が石床をジュゥゥ……と溶かし、ミラの顔が引きつる。

「うわ、最悪……」


ボス蜘蛛は、脚と酸弾を交互に叩き込んでくる。

「ダイキ、前!!」

ハナの声で横へ跳ぶと、酸弾がさっきまでいた床を焼き抜いた。


「くそっ……!」

避けた足を止めず、そのまま右脇へ踏み込む。


今までと同じ振り方じゃ通らへん。

棍棒を振り上げ、腰をもっと捻ろうとして――一拍、遅れた。


ガギィンッ!!


別の脚が、棍棒を正面から弾く。

「ダイキ、戻れ!!」

横薙ぎの脚を飛び退いてかわし、ナオユキの盾の後ろまで下がった。


盾の向こうで、矢が外殻を叩く音と、水が弾ける音が続く。

誰がどこを狙っているのか、振り向いて確かめる余裕はなかった。


目の前を埋め尽くす脚を避けるだけで精いっぱいや。

踏み込む隙さえ見つけられずにいると、ボス蜘蛛が不意に動きを止めた。


その時、ハナの顔から血の気が引いた。

「やば……っ」


ボス蜘蛛が腹を低く沈め、八本の脚を大きく広げる。

脚先が石床を擦り、ギギギ、と八つの音が重なった。


床の砂が、ボス蜘蛛を中心に外側へ滑り始める。

まだ脚は動いていないのに、頬と胸が正面から押された。


「みんな逃げてぇぇぇっ!!」


ハナの叫びと同時に、後ろ側の四本が石床へ深く沈んだ。

持ち上がった巨体の前半分と一緒に、前側の四本が床から離れる。


「散れぇ!!」

ナオユキの声に、五人の正面を空けるよう横へ走る。


ズガァァァァァンッ!!!!


持ち上がった四本の前脚が、同時に石床へ叩きつけられた。

石床が跳ね上がる。

足が地面から離れ、身体ごと広間の外側へ吹き飛ばされる。


壁と瓦礫と白い糸が、視界の中を一気に流れた。


ドガンッ!!


背中から石床へ転がり、肺の空気が抜ける。

息が吸えない。背中が焼けるみたいに痛い。


それでも腕は動いた。

瓦礫を押し退け、無理やり顔を上げる。


広間の中央では、ボス蜘蛛の周囲だけ石床が大きく陥没していた。

そこから蜘蛛の巣のような亀裂が、壁際まで伸びている。


「なんや……今の……」


少し離れた場所で、ナオユキが盾を支えに立ち上がる。


ミラも瓦礫の向こうから顔を出し、激しく咳き込んだ。


「げほっ……反則でしょ、あんなの……!」


右壁へ目を向け、喉が詰まる。

白潮旅団の五人は、逃げることもできず、衝撃で壁へ押しつけられていた。


「生きてる奴、返事しろ!!」

ドイルが、震える声を張り上げる。

少し遅れて、壁際の四か所から掠れた返事が返った。


全員、生きてる。

けど、助けると啖呵を切った直後に、また五人まとめて傷つけた。


次は、絶対に通したらあかん。


入口脇では、石床から伸びた木の根がノクティスの小さな身体を包んでいた。

根ごと壁へ押しつけられたノクティスが、埃の積もった前髪を揺らして瞬きをする。


「……揺れた」


「感想それだけかい!」

声を返せたことで、少しだけ息が戻る。


けど、ボス蜘蛛はもう腹を沈め始めていた。

後ろ側の四本が石床を掴み、前側の四本がさっきよりも高く持ち上がっていく。


「……これ、さっきよりヤバい」

ハナは青ざめた顔で、脚の付け根を順番に見ている。


床の砂が、また外側へ走り出す。

今度は息を吸うだけで、胸を押し返された。


「うそでしょ……もう一発!?」

ミラが弓を持ち上げる。


「待って!」

ハナがボス蜘蛛を睨んだまま、片手を伸ばした。

「前の四本全部じゃない。右前脚……そこに力が集まってる!」


白く揺らぐ光が、振り上げられた右前脚へ集まっていた。

ハナの指が、その脚を真っ直ぐ示す。


「振り下ろされる前に、あれを狙って!!」


「ミラ、関節!」

ナオユキが即座に叫ぶ。

「ダイキは付け根! ハナちゃんは二人のあとに続け!」


「分かった!」

ミラの矢が、振り上げられた右前脚の関節へ命中する。


ガギィンッ!!


火花が散り、前脚がわずかに揺れた。

その揺れが戻る前に、脚の下へ踏み込む。


狙うのは、ハナが示した右前脚の付け根。

踏み込んだ勢いのまま、棍棒を叩き込んだ。


ドゴォンッ!!


外殻で、棍棒の先が止まる。

けど、いつものような硬い反動が両腕へ返ってこない。


代わりに、握った柄の奥で鈍い振動が消えた。

外へ跳ね返らず、脚の中へ沈んでいったみたいやった。


「まだっ!!」


ハナの声に、慌てて脚の下から飛び退く。

直後、背後から飛んできた巨大な水塊が右前脚へぶつかった。


バシャァァッ!!


大量の水が関節へぶつかり、前脚の動きが一瞬止まる。

「止まれぇぇぇっ!!」


けど、白い外殻がミシミシと音を立てた。

水を押し返し、右前脚が無理やり振り下ろされ始める。


「っ……ダメ!!」

ハナの声が裏返った。


「全員、俺の後ろへ!!」

ナオユキが右壁へ走り、倒れている五人の正面へ盾を構える。


俺とミラとハナも、その盾の後ろへ滑り込んだ。


ズガァァァァァンッ!!!!


右前脚が、石床へ叩きつけられる。

真正面から押し寄せた衝撃が、ナオユキの盾へぶつかった。


「ぐっ……がぁぁぁっ!!」

ナオユキの両足が後ろへ滑り、靴底が石床を削る。

盾がミシミシと軋んでも、五人の前から退かない。


やがて圧力が、盾の左右へ分かれて吹き抜けた。

壁の白糸と瓦礫が吹き飛ぶ。入口脇では、ノクティスを包む木の根が大きくしなった。


それでも、今度は誰も壁へ叩きつけられなかった。


衝撃が止むと同時に、ナオユキが片膝をつく。

盾を支える腕が小刻みに震え、口元から一筋、血が垂れた。


「ナオユキ!」

駆け寄ろうとした俺を、怒鳴り声が止める。


「止まれ!! まだ終わってない!」

ナオユキは顔を上げ、ボス蜘蛛から目を離さない。

「次は……同じ受け方は、無理だ……!」


右前脚は、叩きつけた石床へ深くめり込んでいた。

関節にはミラの矢が刺さり、ハナの水が白い外殻を伝っている。


ボス蜘蛛が脚を引こうとするたび、付け根がわずかに震えた。

俺たちが重ねた三つの攻撃で、引き戻す動きが遅れている。


握った棍棒を見る。

さっきの一撃は、外殻で止まったのに、衝撃だけが脚の中へ沈んだ。


「……なんや、今の」

どう踏み込んだ。どこで腰を回した。腕へ、いつ力を乗せた。

自分で振ったはずなのに、まだ分からへん。


けど、ただ殴った時とは違った。


「……もう一回」

棍棒を握り直す。


硬い外殻の、その奥へ。

さっきの振動を、もう一度ぶち込む。


ボス蜘蛛が、石床にめり込んだ右前脚をゆっくり引き戻し始めた。


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