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5. 限界の先へ

赤い火の向こう。

小さな影が、ゆっくり歩いてくる。


「待つの飽きた」


ノクティスだった。


いつもの調子で、ふわぁ……と欠伸している。


「アホ!!」

思わず叫ぶ。


「何で入ってきたんや!!」


「んー?」

ノクティスが、眠そうに首を傾げた。


「だって、暇だったし」


緊張感ゼロや。


「いや、待て」

ナオユキが、入口へ視線を向ける。


燃え落ちていく白糸。

その向こうへ続く通路。

そして、ボス蜘蛛。


「……退路ができた」

低い声だった。


ナオユキの視線が、素早く周囲を走る。


俺たち。

白潮旅団。

出口までの距離。

ボス蜘蛛の位置。


全部を、一瞬で見ている。

「……俺たちだけなら、逃げ切れる」


重い沈黙が落ちた。


白潮旅団を連れては、間に合わない。


この人数を抱えて、あの蜘蛛から逃げ切る。

無理なのは、誰でも分かる。


「っ……」

ドイルが、歯を食いしばる。


震える腕で、無理やり身体を起こした。


「俺たちはいい!!」

掠れた声が、広間へ響く。

「どうせ死に戻れる!」


咳き込む。

それでも、叫ぶ。

「だから、お前達だけでも逃げろ!!」


ミラの視線が、出口へ向く。


ハナも、小さく息を呑んでいた。


今なら。

俺たちだけなら。


まだ、生き残れるかもしれない。


ボス蜘蛛は、じっとこちらを見ている。

待っているみたいに。


選べ、と。


逃げるか。

戦うか。


「……撤退する」

ナオユキが、低く言った。


その時だった。

ノクティスが、燃えている入口を見る。


それから、俺たちを見た。


「え、もう諦めるの?」

きょとん、とした声。


その瞬間。

ノクティスの言葉が、頭の中でもう一度響いた。


――もう諦めるの?


ボス蜘蛛を見る。


赤黒い目。

白い外殻。

何本もの脚。


圧倒的な質量。


今まで戦ったどの敵より、遥かに強い。


「……せや」


『勝つべくして勝つ』


今ある力を全部使い切る。


全員で噛み合って、

最大の力を出す。


ここ数日、ずっとそれを考えてた。


どう動けば勝てるか。

どう戦えば負けないか。


最適な動き。

最適な連携。

最適な判断。


実際、それで勝ってきた。


けど。


今、目の前にいるコイツは。


その“先”にいる。


どれだけ綺麗に連携しても。

どれだけ完璧に動いても。

届かへん。


「……俺、やっと分かったわ」

気づけば、口から漏れていた。


ナオユキ達が、こっちを見る。


「俺ら、今ある力の中だけで、勝ち方を探してた」

棍棒を、握り直す。


「勝つべくして勝つ」

「それは正しい」


ゆっくり、息を吐く。


「今ある力、全部使い切って」

「全員で噛み合って」

「最大の力で勝つ」


「それは、絶対正しいねん」


でも。


視線は、ボス蜘蛛から逸れない。


「でも――」


一歩、前へ出る。


「俺らが目指してるんは、最強やろ!?」


ミラの弓が、わずかに下がった。


さらに前へ出る。

棍棒を、強く握り締める。


「それやったら、

限界を超え続けなあかんやん!!」


喉が焼けるほど、声を張り上げる。


「ちょっとデカい蜘蛛くらいで、

止まってられへんやろ!!」


ハナが、目を見開く。

「……ダイキ」


その声には、さっきまでと違う熱が混じっていた。


ミラが、ぽかんと俺を見る。


それから、ふっと口元を吊り上げた。

「ははっ……」


肩を震わせる。

「なにそれ」

「めちゃくちゃじゃん」


ミラが、弓を握り直す。

「そういうの、嫌いじゃないかも」


ナオユキだけは、黙ったままだった。


じっと、俺を見る。

その視線が、ゆっくりボス蜘蛛へ移る。


白い外殻。

巨大な脚。

圧倒的な化け物。


しばらくして。


ナオユキが、小さく息を吐いた。


「……合理性はゼロだな」

呆れたみたいに言う。


ナオユキが、小さく笑う。

「……けど」


盾を、構え直した。


「嫌いじゃない」


ハナが、ボス蜘蛛へ両手を向けた。

誰も、もう出口を見ていなかった。


その横で。


ノクティスが、小さく欠伸した。

「じゃあ、端っこで見てるね」


気楽な声。


まるで、

これから面白いものでも始まるみたいに。



俺は、もう一度ボス蜘蛛へ向き直る。


赤黒い目が、

じっとこちらを見返していた。




「ところで、何か作戦はあるのか?」

ナオユキが俺を見る。


「なんもない」

即答やった。


ミラが、ずっこけそうな顔をする。

「いや無いの!?」


「せやけどな」

棍棒を、肩へ担ぐ。

「さっき、ハナがウォーターボールで、お前のこと助けたやろ?」


ナオユキが、一瞬だけ目を細める。

壁へ吹き飛ばされた時のことや。


「あん時、思ってん」

「……あぁ、スキルって、色んな使い方できるんやなって」


ミラが、小さく目を見開く。

「……あー」

納得したように呟く。


「それが、ヒントや」

「どういうことだ?」

ナオユキが聞き返す。


俺は、ボス蜘蛛を見たまま答える。

「今使えるスキル」

「その使い方、見直せへんかなって話や」


ミラが、ゆっくり弓を握り直す。

ハナも、小さく自分の手を見る。


「まぁ、あとはやりながらやな」


ミラが、呆れたように笑う。

「それ、つまりぶっつけ本番ってことでしょ?」


「せやな」


ボス蜘蛛の脚が、ゆっくり持ち上がる。

赤黒い目が、再びこちらを捉えた。

待ちくたびれたみたいに。


「……蜘蛛さんも、お待ちかねや」

口の端を吊り上げる。


「ほな、行こか」


その瞬間。


ボス蜘蛛の巨大な脚が、

石床を砕いた。


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