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3. 救出作戦

重い石扉へ、そっと手をかける。


「……開けるで」

小さく言って、ゆっくり押した。


ギギギ、と低い音が響く。


開いた隙間の向こう。

赤い目が、一斉にこちらを向く。


壁。

天井。

糸の上。


白蜘蛛たちが、ゆっくり脚を動かしていた。


カサ……。

カサカサ……。


硬い音が、部屋中から響く。


中央。


海竜の死骸の上で、ボス蜘蛛がゆっくり身体を起こした。



「ノクティス」

後ろを振り返る。

扉の外。

ノクティスが、ぼんやりした顔でこっちを見ていた。

「強化、お願いできるか?」


「うん」

小さく頷いた瞬間。

ふわり、と淡い光が広がった。

温かい光が、身体を包む。


握った棍棒が、さっきより軽く持ち上がった。

「……っ」

思わず目を見開く。

視界が、妙にはっきりしていた。

遠くの蜘蛛の脚音まで聞こえる気がする。


「すご……」

ミラが、自分の手を見ながら呟く。


ハナも、小さく瞬きを繰り返していた。

「気配、見やすい……」


ナオユキが、静かに盾を構える。

「身体強化だけじゃないな」

「感覚系も上がってる」


ノクティスは、いつも通りの顔で首を傾げた。

「もし死んだら、上で待ってるね」

「縁起でもないこと言うなや」

思わずツッコむ。


けど、身体は確かに軽かった。

視界も、呼吸も、さっきまでとは違う。

ノクティスの強化が、ちゃんと効いている。


「……これなら、やれる」

小さく息を吐いた。


とはいえ。

敵の数が減ったわけじゃない。

壁にも、天井にも。

白蜘蛛は、まだ無数に張り付いている。


「……やっぱ多いな」

思わず呟く。

真正面から突っ込めば、普通に押し潰される数や。

「使えるもん、全部使うで」


腰のポーチへ手を突っ込む。

取り出したのは、小さなガラス瓶だった。

透明な液体。

ラベルも貼り付けられていない瓶。


「それ、なに?」

ミラが首を傾げる。


ハナが、小さく口を開いた。

「前に、薬師さんから貰った強化薬」

「へぇ、そんなの持ってたんだ」


「短時間やけど、かなり効くらしい」

瓶の栓を抜く。


「っっっっ!?」

途端、とんでもない臭いが広がった。


鼻が痛い。

目まで染みる。

「な、何これぇ!?」

ミラが涙目で後ろへ下がる。


ハナまで顔をしかめていた。

「……薬?」


「いや絶対ちゃうやろこれ!」

慌てて手を離す。


ガシャン!!

瓶が床へ落ちて砕けた。

「うわぁぁぁ!?」

透明な液体が、石床へ飛び散る。


さらに濃くなった臭いが、ボス部屋中へ一気に広がっていった。


臭いが、ゆっくりボス部屋へ広がっていく。

最初に異変が起きたのは、壁に張り付いていた白蜘蛛だった。

カサ……。

脚が止まる。


ボトッ。

一匹が、壁から落ちた。


「……え?」

ミラが目を丸くする。

さらに。

ボト、ボトボトッ!!


今度はまとめて落ち始めた。

脚を縮めるみたいに丸まり、

そのまま壁から剥がれ落ちる。


脚をバタつかせるやつ。

糸へしがみつこうとして、そのまま落ちるやつ。

次々に床で痙攣して動かなくなっていく。


「な、なにこれ……」

ミラが完全に引いていた。


ハナが、ボス蜘蛛を見たまま呟く。

「……嫌がってる」


海竜の死骸の上で、ボス蜘蛛が身体を低くしていた。

脚が、苛立つみたいに床を叩いている。

赤黒い目が、こっちを睨んでいた。

「いやいやいや」

思わず後ずさる。


「強化薬ちゃうやろこれ!」


その瞬間。

頭の中で、レティシアの声が蘇った。

『……昔、虫が嫌いだったんです』

『本気で駆除したくて、殺虫剤を自作し始めました』


『ちなみに、殺虫剤は完成しました』

『かなり効きます』


「……あ」

視線が、床へ飛び散った透明な液体へ向く。

ラベルも貼ってない瓶。


「レティシアさぁぁぁん!!」

思わず叫ぶ。

「これ、強化薬ちゃう!!」

「殺虫剤や!!」


その間にも、白蜘蛛は次々落ちていく。

床には、もう大量の白蜘蛛が転がっていた。

部屋を埋めていた白い群れが、みるみる減っていく。

残っているのは、中央のボス蜘蛛だけだった。


それでも、ボス蜘蛛は倒れない。

脚を痙攣させながら。

床を削るみたいに、ゆっくり身体を支えている。


「今しかない! 白潮旅団助けるで!!」


床を蹴る。

ナオユキが、即座に前へ出た。

盾を構えたまま、一直線にボス蜘蛛との間へ割り込む。


「ミラ、援護!」

「任せて! 強弓!!」


矢が飛ぶ。

狙ったのは、振り上げられた脚の関節。


ガギッ!!


硬い音。


それでも、振り下ろされかけていた巨大な脚が、一瞬ぶれた。


ドゴォン!!


巨大な脚が、真正面から叩きつけられる。


「っ……!!」


凄まじい音。


石床が砕ける。

ナオユキの身体が、数メートル後ろへ滑った。


まともに食らえば、一撃で終わる。

けど、ミラの援護で軌道が逸れたおかげか、ギリギリ耐え切れている。


「はやくしろ!!」


怒鳴り声が飛ぶ。


俺はランタンを握ったまま、白潮旅団へ走った。


近づくほど、繭の大きさが分かる。

人一人を丸ごと包み込んでる。

しかも、分厚い。


「燃えろっ……!」


ランタンを押し当てる。


じゅううっ!!


白い糸が、一気に燃え上がった。


「うぉっ!?」

火が、繭の表面を走る。


「やばっ、ドイルさん燃えてまう!!」

「ハナ!! 水!!」


「わ、分かってる!!」


水球が飛ぶ。


バシャァッ!!


燃え広がりかけた火が、ギリギリ消えた。


「危なぁ!?」

「加減むずっ!!」


それでも、繭は大きく崩れていた。


中から、男が転がり出る。


「っ、げほっ……!」


白いロングコート。

後ろで結ばれた金髪。


「ドイルさん!」

思わず駆け寄る。


「大丈夫ですか!?」


ドイルが、薄く目を開いた。

「……ダイキ、か」


声が掠れている。


「すまない……」

息も絶え絶えだった。

「他の連中も……助けてくれ」


「もちろんです!」

そう返しかけて、違和感に気づく。


ドイルが、立ち上がれない。

腕に力が入っていない。


「……動けへんのですか?」


「麻痺毒だ……」

ドイルが、苦しそうに息を吐く。


「身体が、言うことを聞かない……」

「っ……」


さらに繭を焼く。


一つ。

二つ。


次々、白潮旅団を引っ張り出していく。

ミラとハナが、助け出した五人を入口から離れた右側の壁へ寄せる。


けど、状況は変わらなかった。


誰も立ち上がれない。

傷だらけで、まともに動ける状態じゃない。


「う、そ……」

ハナが、すぐに両手を伸ばした。


「ヒール!」


白潮旅団へ、回復魔法が流れ込む。


けど、反応が薄い。


ドイルが、苦しそうに首を振った。

「……先に仲間を助けにいけ」


「麻痺毒が深い」

「俺たちは、すぐには……動けん」


その瞬間。


ドゴォンッ!!


ボス蜘蛛の追撃が、ナオユキへ叩きつけられる。

「がっ……!!」


今度は、防ぎ切れなかった。

ナオユキの身体が、吹き飛ぶ。

石床を転がり、壁へ激突した。


「ナオユキ!!」

ミラの叫び声が響いた。


ボス蜘蛛の動きが、明らかに戻り始めていた。


痙攣していた脚が、ゆっくり持ち上がる。

白い外殻が、ギチギチと軋んだ。


「……効き目、切れてきてる!?」


ミラの声が震える。

白い外殻が、ギチギチと軋む。


赤黒い目が、

ゆっくりこちらを向いた。


――ここからが、本番だった。


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