1.白い巣の奥へ
第七層から先は、妙なくらい静かだった。
白蜘蛛とダンジョンモンスターが争った跡が、あちこちに残っている。
砕けた外殻。
焼け焦げた壁。
途中で千切れた白い糸。
通路の端には、半分以上食い荒らされた魔物の死体まで転がっていた。
「……うわぁ」
ミラが顔をしかめる。
正直、あんまり見たい光景ではない。
「こっち」
先頭のノクティスが、ぼんやりした声で言う。
その後ろを、ハナが警戒しながら進む。
「……右奥、何かいる」
「じゃあ左」
ノクティスが曲がる。
今のところ、大きな戦闘はない。
たまに白蜘蛛の気配はある。
けど、ハナが先に察知して避ける。
今まで通りの探索や。
ただ。
「ごめん、こっちじゃなかった」
ノクティスが急に引き返したり。
「……あれ?」
行き止まりで首を傾げたり。
ちょいちょい変なこともある。
「いや、分からんのかい」
思わずツッコむと、ノクティスはぼんやりした顔のまま言った。
「そういうこともある」
「適当すぎるやろ」
ノクティスは、小さく首を傾げる。
「若者は迷った方がいい」
「自分で言うなや!」
ミラが吹き出した。
凄い子やとは思う。
でも、急に年相応みたいな顔をするから、調子が狂う。
……いや、年相応かどうかも怪しいけど。
順調に9層まで進んだところで、ハナが小さく呟いた。
「……でも」
「白潮旅団って、そんな簡単にやられるかな?」
足を止めずに聞き返す。
「どういう意味や?」
「七層の大蜘蛛くらいなら、普通に倒せそう」
確かに、ノクティスの強化とモヒカンたちの援護があれば、俺たちでも倒せた。
「……それは俺も思ってた」
ナオユキが静かに口を開く。
「白潮旅団ほどの実力なら、あの程度の敵が何匹か来ても対処出来るだろうな」
そこで、ふと思い出す。
さっき戦った白蜘蛛。
硬いやつ。
妙に速いやつ。
逆に、やたら弱いやつもいた。
同じ白蜘蛛でも、かなり差があった。
「そういえば、強さ結構バラバラやったよな」
「言われてみれば……」
ミラが首を傾げる。
「見た目はほとんど同じだったよね」
同じ見た目。
でも、強さだけ違う。
そこで、ふと嫌な予感がした。
「……レベル差か?」
全員がこっちを見る。
「……経験値、入ってるんちゃうか?」
「つまり、あいつら」
通路脇の、食い荒らされた魔物の死体を見る。
「ダンジョンモンスター狩って、レベル上げてる可能性ある」
空気が少し重くなった。
「え、なにそれ……」
ミラが顔を引きつらせる。
ナオユキが低く呟く。
「下層ほど、強い個体が増えてる可能性があるな」
ハナが、小さく息を呑んだ。
「……白潮旅団、それに囲まれた?」
誰も、すぐには答えなかった。
静かな通路を進みながら、嫌な想像だけが膨らんでいく。
もし、白蜘蛛が本当にレベルアップしてるなら。
この下にいる個体は、
もう別物かもしれない。
第十層へ降りた瞬間、空気が変わった。
息を吸うだけで、
肺の奥へ湿気が張りつくみたいだった。
「……なにここ」
ミラが小さく声を漏らす。
第十層には、魔物の気配はあった。
けど、少ない。
遠くで身を潜めているような、弱い気配ばかりだった。
白蜘蛛の気配はない。
その代わり、床には何かを引きずったみたいな跡が残っていた。
全部、奥へ続いている。
「……逆に怖いんやけど」
思わず呟く。
普通なら、もっといるはずや。
第十層を進む。
割れた石床。
崩れた壁。
途中には、食い荒らされた魔物の死体まで転がっていた。
なのに、白蜘蛛は一匹もいない。
「……全部、奥に集められてる?」
ミラが不安そうに呟く。
その先。
ノクティスが、巨大な扉を見上げた。
第十層ボス部屋。
黒い石で出来た大扉。
ハナが目を閉じた。
「……いる」
小さく呟く。
「五人」
全員が顔を上げた。
「白潮旅団か」
ナオユキが低く言う。
ハナが頷く。
「かなり弱ってる」
少しだけ息を吐く。
生きてる。
まだ間に合うかもしれへん。
けど。
「あと、一つ」
ハナの顔が強張っていた。
「すごく大きいのがいる」
空気が止まる。
「……ねぇ、それって」
ミラが乾いた声を漏らす。
「ボスだったりしない?」
誰も、すぐには答えなかった。
そこで、さっきの話を思い出す。
白蜘蛛のレベル差。
ダンジョンモンスターを狩って成長している可能性。
そして、ここはボス部屋。
嫌な想像が、頭をよぎる。
「……ボス倒した蜘蛛とか、おったらヤバない?」
ミラの顔が引きつった。
「それ、レベルどうなるの……?」
ナオユキが静かに扉へ手を置く。
「確認するぞ」
ゆっくり。
音を立てないように、扉を押す。
わずかに隙間が開いた。
その瞬間、生臭い風が流れ出る。
「っ……」
思わず顔をしかめた。
中は、白かった。
壁。
柱。
天井。
大量の糸が、空間全体へ張り巡らされている。
中央には、巨大な海竜が倒れていた。
青黒い鱗。
長い胴体。
床へ叩きつけられた巨大な尾。
首元の鱗は砕け、腹部は大きく裂かれている。
半分以上、食い荒らされていた。
第十層のダンジョンボスや。
周囲には、白い繭みたいな塊が五つ転がっていた。
かすかに動いている。
白潮旅団や。
さらに、その周囲。
壁にも。
天井にも。
無数の白蜘蛛が張り付いていた。
赤い目だけが、暗闇の中で光っている。
その中心。
海竜の死骸の上に、“それ”はいた。
白い脚。
異様に膨れ上がった外殻。
人間なんか簡単に潰せそうな巨体。
赤黒い無数の目が、ゆっくりこちらを向く。
海竜の死骸の上で、
その怪物だけが、静かにこちらを見ていた。




