7.保護と判断
広場は、ようやく静かになっていた。
さっきまで騒がしかったモヒカンたちも、今は壁にもたれて息を吐いている。
赤モヒカンが、自分の無くなった右足を見て苦笑した。
「……この状態で七層探索続行は無理だなァ」
「いや当たり前やろ」
思わず即答する。
「むしろよう生きてたな」
「ヒャハ、根性よォ」
笑おうとして、赤モヒカンが顔をしかめた。
「っだァ……」
「だから動くなって!」
ミラがまた怒鳴る。
その様子を見ながら、ナオユキが静かに口を開いた。
「撤退した方がいい」
「七層継続は無理だ」
「だよなァ……」
赤モヒカンが天井を見る。
「でも、どうやって戻るん?」
眉をひそめる。
「帰還石は?」
その瞬間、モヒカンたちが一斉にこっちを見た。
「……は?」
「いやいやいや」
「そんな激レアアイテム、俺らなんかじゃ持ってねェよ!?」
「金貨何枚すると思ってんだ!!」
モヒカンたちが騒ぎ出す。
「マジか」
少し引く。
「そんなもんポンと支給するとか、ギルドって怖ェな……」
腰のポーチへ手を入れる。
「ほい」
小さな結晶を放る。
赤モヒカンが慌てて受け取った。
「……あ?」
「ギルド支給の帰還石」
ノクティスを見る。
「ノクティスちゃん連れて、街戻ってくれ」
赤モヒカンが目を丸くする。
「お前ら帰らねェの?」
「ここまで来たんやし、白潮旅団も見つけんとな」
当然みたいに返す。
モヒカンたちが顔を見合わせた。
「いやいやいや、まだ奥行く気かよ!?」
「白蜘蛛みてェなの、また出るかもしれねェんだぞォ!?」
「今さら引き返せる場所でもねェだろ」
呆れながら返す。
ナオユキが短く頷いた。
「目的は変わってない」
「それに、今なら大蜘蛛も倒した直後だ」
「進むなら今だろう」
赤モヒカンが、しばらく黙っていた。
やがて、小さく笑う。
「……イカれてんなァ、お前ら」
「そうか?普通やろ」
肩をすくめた。
「ノクティスちゃんも帰るぞォ」
モヒカンの一人が言う。
ノクティスは、ぼーっとした顔で瞬きをした。
「帰る?」
「街だ街!」
「飯あってベッドあって蜘蛛いねェ場所!!」
「最高だぞォ!!」
モヒカンたちが騒ぐ。
ノクティスは少しだけ考えてから、小さく頷いた。
「じゃあ帰る」
モヒカンたちは、肩を貸し合って広場の中央へ集まった。
ノクティスも、その輪の中へ入る。
俺たち四人は、その輪から三歩下がった。
「よォし!!」
赤モヒカンが帰還石を握る。
青白い光が広がった。
モヒカンたちとノクティスの足元へ、巨大な魔法陣が浮かび上がる。
淡い光が円の内側を満たし、こぼれた光が俺たちの足元まで伸びてきた。
「おお……」
ミラが目を丸くした。
魔法陣の線が震え、円の中に立つモヒカンたちの外套がふわりと浮いた。
赤モヒカンが、ニヤッと笑う。
「んじゃ、お前ら生きて帰れよォ」
「帰ったら、酒でも奢らせろやァ」
「そっちもな」
手を振り返す。
魔法陣の光が強くなる。
「転移開始まで、十秒」
機械みたいな声が響いた。
青白い光が、さらに強く脈動する。
「おお、久々に聞いたなコレ」
「毎回ちょっと緊張すんだよなァ」
モヒカンたちが笑う。
「五」
「四」
カウントが始まる。
ノクティスは、静かに魔法陣の中へ立っていた。
青白い光が、さらに強く脈動する。
「三」
「二」
魔法陣の光が、一気に膨れ上がった。
視界の端まで白く染まる。
円の内側で、モヒカンたちの身体が床からわずかに浮いた。
「おおおっ……」
モヒカンたちの声が響く。
次の瞬間。
光が、弾けた。
一瞬で静かになる。
「……あれ?」
ミラが、ぽかんと声を漏らした。
魔法陣の中心。
そこに、ノクティスが立っていた。
「……え?」
ミラが固まる。
「なんで!?」
「いやいやいやいや!?
なんで残ってんの!?」
慌ててノクティスへ駆け寄る。
「転移は!?
今の絶対転移したよね!?」
ノクティスは、周囲を見回しながら呟いた。
「これが街か」
「どう見ても街じゃないよね!?」
ミラが叫ぶ。
その横で、ナオユキが静かに周囲を見ていた。
モヒカンたちだけが、消えている。
帰還石も、魔法陣も正常に発動していた。
失敗には見えない。
「……転移拒否?」
ナオユキが低く呟く。
「そんなのあるの?」
ミラが振り返る。
「聞いたことない」
ナオユキが短く返す。
ハナは、黙ったままだった。
ノクティスの足元へ、視線を落としている。
さっきまで、青白い線の内側にいた場所だ。
転移は発動した。
それなのにノクティスだけ、最初から対象に数えられていなかったように見えた。
ノクティスは、自分の手を見下ろしていた。
「……なんでだろ」
その声は、本当に分かっていないみたいだった。
ミラは、まだノクティスを見ている。
「こんなこともあるんだね!」
ナオユキが腕を組む。
「少なくとも、俺も知らない現象だ」
ノクティス本人も、不思議そうに自分の手を見ていた。
「帰れると思った」
「で、この後どうする?」
「白潮旅団探すんやろ?」
「それはそうなんだけど……」
ミラがノクティスを見る。
「ノクティスちゃん連れて行くの?」
「危なくない?」
ノクティスは、少しだけ考えた。
それから、ぽつりと言う。
「ここで一人で待つのは嫌かなー」
確かにこの第七層で、ノクティスだけ残すのは危険すぎる。
ノクティスは、ぼんやりした顔のまま続けた。
「暇だし」
「……いや、そこ?」
思わずツッコむ。
その瞬間。
ノクティスの足元から、細い木の根がゆっくり伸びた。
石床の隙間を割るみたいに這い出し、ノクティスの周囲を囲む。
「うわっ!?」
ミラが後ずさる。
ノクティス本人は、まるで気にしていない。
「木の根が守ってくれるから、危なくない」
「なにそれすごい!」
ミラが目を丸くする。
ノクティスは、ぼんやりした顔のまま続けた。
「攻撃されると、もっと出る。全身覆われるくらい」
「え、なにそれ怖い」
ミラが少し引いた。
相変わらず、感情の動きが忙しいやつや。
ハナだけが、じっと木の根を見ていた。
まるで、生きてるみたいに動いている。
聖樹連邦の巡礼団。
ふと、その言葉が頭をよぎった。
ノクティスが、ふいに顔を上げる。
眠たそうだった目が、少しだけ鋭くなった。
「……下」
「下?」
ハナが反応する。
ノクティスは、小さく頷いた。
「かなり遠い」
「でも、五人いる」
ナオユキが顔を上げた。
「生存者か?」
「たぶん」
ノクティスが、じっと下を見ている。
「……動かない」
「動かない?」
ミラが眉をひそめる。
ノクティスは、小さく首を傾げた。
「なんか、絡まってる感じ」
「あと、冷たいのが近くにいる」
その瞬間。
ハナが、はっと顔を上げた。
「……白蜘蛛」
ミラが弓を握り直す。
ハナが、目を閉じる。
集中してるんやろ。
しばらくして、ハナが小さく息を呑んだ。
「……いる」
「すごく遠いけど」
「五人……たぶん」
立ち上がる。
「行くで」
迷いはなかった。
「え、即決!?」
ミラが振り返る。
「ピンチみたいやし、急がなあかんやろ」
当然みたいに返す。
ナオユキも静かに頷いた。
「案内できるか?」
ノクティスは、小さく頷く。
「できる」
少しだけ間を置いて。
「一緒に行く」
しゃがみ込み、ノクティスと目線を合わせる。
「その代わり、お兄ちゃんと一つ約束や」
ノクティスが、きょとんとした顔でこっちを見る。
「ノクティスちゃんは、前に出て戦ったらあかん」
「支援はしてもええ。でも、攻撃される位置には絶対出たらあかん」
「なんぼ木の根が守ってくれる言うても、絶対はないんや」
「戦闘になったら、すぐ隠れること。ええな?」
ノクティスは、少しだけ考えてから頷いた。
「……わかった」
その横で、ハナが少しだけ笑う。
杖を握り直し、下層への通路へ足を向けた。
俺たちはノクティスを囲み、ハナのあとを追った。




