6. 帰れなかった者たち
大蜘蛛が崩れ落ちたあともしばらく、誰も動かなかった。
酸弾の刺激臭が、まだ広場の中に残っている。
白い煙も完全には晴れていなかった。
「はぁ……っ、はぁ……」
自分の呼吸がうるさい。
「終わっ……た?」
ミラがへたり込みそうになりながら呟く。
その瞬間。
「ヒャッハァ!!
マジで勝ちやがったァ!!」
土壁の向こうから、騒がしい声が響いた。
ガラガラ、と音を立てながら即席の陣地が崩される。
その奥から、モヒカンたちがぞろぞろ出てきた。
全員ボロボロだった。
鎧は溶けかけ、服も糸だらけ。
酸で焼けたみたいな跡まで残っている。
その先頭。
赤モヒカンの男は、仲間二人に肩を支えられていた。
右足。
膝から下が、なかった。
断面は無理やり布で縛られている。
けど、包帯は完全に血で染まりきっていた。
「うわ……」
さすがに息を呑む。
赤モヒカンが、痛みに顔をしかめながら笑う。
「ヘマったぜェ……」
「さすがに欠損は、普通の回復魔法じゃ戻んねェからなァ」
「ちょ、ちょっと見せて!」
ミラが慌てて駆け寄る。
「応急処置くらいなら出来るから!」
「おっ、マジかよォ!
嬢ちゃん天使かァ!?」
「うるさい!
動かないで!」
ミラが怒鳴りながら膝をつく。
でも、手つきは冷静だった。
断面を確認し、止血布を巻き直していく。
さっきまで半泣きで逃げ回ってたのに、こういう時だけ別人みたいや。
(……こういうの慣れてるんやな)
その時だった。
モヒカンたちの後ろから、小さな影が出てくる。
「……あ」
ノクティスや。
小さな少女。
十歳くらい。
黒髪。
色の抜けたみたいに白い肌。
白いローブの上から、大きめの外套を羽織っていて、袖が少し余っている。
眠たそうな目だけが、妙に落ち着いて見えた。
ノクティスは小さく手を振る。
その眠たそうな目が、ハナへ向く。
「さっきぶりー」
まるで散歩帰りみたいな声だった。
「……え、待って。
なんでそんな普通なの?」
ミラが困惑した顔をする。
「さっきまで蜘蛛に囲まれてたんだよね!?」
「うん、囲まれてた」
「軽っ!?」
ミラが叫ぶ。
ノクティスは、きょとんとしていた。
その横で、赤モヒカンが笑う。
「いやァ、マジ助かったぜェ」
「あと五分遅かったら、たぶん全滅だったわ」
「五分で済んでたかァ?」
「無理だなァ!」
ゲラゲラ笑い始めるモヒカンたち。
さっきまで死にかけてたとは思えへん。
「元気やなおっさんら……」
思わず呆れる。
「ヒャハ!
そりゃ生き残ったからなァ!!」
赤モヒカンが笑いながら、痛みに顔を歪めた。
「っだァ!!」
「あーもう!
だから動くなって!」
ミラが再び怒鳴る。
その様子を見ながら、ノクティスがぽつりと呟いた。
「にぎやか」
その声だけ、少し嬉しそうだった。
「……で、何があったん?」
ダイキが壁へ背中を預けながら聞く。
赤モヒカンは、ミラに止血されながら大きく息を吐いた。
「長ぇぞォ?」
「どうせ休憩いるやろ」
「違いねェ」
赤モヒカンが笑う。
でも、その顔は少し疲れていた。
「俺らが七層入った時にはよォ、もうあの白蜘蛛ども暴れ回ってた」
「あちこち戦闘跡だらけだった」
「砕けた壁、血痕、壊れた装備」
「プレイヤーがやられて戻った跡も、かなりあったなァ」
赤モヒカンが眉をしかめる。
「七層、完全に地獄になってた」
「で、奥の通路で見つけたワケよ」
赤モヒカンが、親指でノクティスを指す。
「このチビをな」
ノクティスは無表情のまま、小さく手を振った。
「……その時、オセル隊もいたの?」
ハナが静かに聞く。
「灰色の外套着てた、片目に髪かかってる奴らや」
ダイキが補足する。
赤モヒカンの顔から、少し笑いが消えた。
「あァ」
短く返す。
「アイツら、オセルって言うのか」
「白蜘蛛に追われてた」
「……でもよォ」
そこで、赤モヒカンが舌打ちした。
「狙われてたの、このチビだけだったんだわ」
空気が変わる。
「は?」
ダイキが眉をひそめる。
赤モヒカンが、イラついた顔のまま続けた。
「オセルの野郎ども、ノクティスちゃん置いて逃げようとしてやがった」
「白蜘蛛は、そのままこのチビ狙って突っ込んでてよォ」
「なのに、あのチビ全然抵抗しねェの」
「ぼーっと立ってんだぜ?」
「いや、怖がれよ!!」
思わずダイキがツッコむ。
ノクティスは首を傾げた。
「だって、逃げても追いつかれるし」
「冷静すぎんねん!!」
ダイキが頭を抱える。
赤モヒカンたちはゲラゲラ笑っていた。
「で、ムカついたからよォ」
赤モヒカンがニヤッと笑う。
「そのままノクティスちゃん抱えて逃げた」
「は?」
「オセルの野郎ども、めちゃくちゃ焦っててよォ」
「待て!!
計画が!!とか叫んでやがった」
モヒカンたちがまた笑い出す。
「いやァ、あれは傑作だったわ」
「クソ笑ったなァ!!」
モヒカンたちがゲラゲラ笑う。
「けど、その直後によォ」
赤モヒカンが肩をすくめる。
「大蜘蛛が暴れ始めた」
「オセル隊、そのまま全滅」
「うわ……」
ミラが顔をしかめる。
「まぁ正直、その時はザマァって思ったなァ!!」
赤モヒカンがケラケラ笑う。
「でも次の瞬間、そのバケモンがこっち見やがってよ」
「そっから地獄」
赤モヒカンが天井を見る。
「俺が土壁作って、通路塞ぎながら逃げた」
「けど、あのバケモン普通に壊して追ってきやがる」
「しかも後ろから雑魚蜘蛛まで湧くしよォ!!」
「あれマジ反則だろ!!」
モヒカンの一人が叫ぶ。
「広場まで逃げ込んだ時には、もう蜘蛛だらけだった」
「だから籠城した」
赤モヒカンが周囲の土壁を見る。
「ここ全部、俺が作った砦」
「完成直前に足やられたけどなァ!!」
「いや笑い事ちゃうやろ……」
ダイキが呆れる。
「っはは!
そこはマジで死ぬかと思ったわ」
赤モヒカンが笑う。
でも、その目の奥には少しだけ疲労が残っていた。
「そっから丸一日、ずーっと防衛戦よォ」
「……一日?」
ミラが顔を引きつらせる。
「大蜘蛛一匹、雑魚蜘蛛二十匹以上」
「普通なら、とっくにミンチだわ」
赤モヒカンが、ちらっとノクティスを見る。
「でもよォ、このチビのバフがエグかった」
「身体強化、感覚強化、あと蜘蛛どもへの弱体化」
「おかげで、ギリギリ食い下がれたワケよ」
ノクティスはぼーっとした顔で聞いていた。
「けど、大蜘蛛の魔法だけは無理だったなァ」
赤モヒカンが歯を見せる。
「酸弾で動き潰されて、ジリ貧一直線よ」
「マジであと少しで終わってた」
「そこへ、お前ら登場ってワケよ」
「ヒャハ!
タイミング神かよ!!」
モヒカンたちが笑う。
「ところで、あのオセルって野郎、今頃街で発狂してんだろうなァ!!」
モヒカンの一人がゲラゲラ笑う。
「計画ゥ!!
とか叫んでたもんなァ!」
「ざまぁねェわ!!」
また笑いが起きる。
「……えっと」
ミラが、おずおずと口を開いた。
「その人たちなんだけど」
「ん?」
赤モヒカンが顔を向ける。
ミラは少し迷ってから続けた。
「私たちが来た時も、まだ死体……残ってたよ」
笑い声が止まった。
「……は?」
赤モヒカンが聞き返す。
「いや、だから……」
ミラが困った顔になる。
「プレイヤーなら、死んだら戻るよね?」
誰も喋らない。
「でも、あの人たち残ってたから……」
「NPCだったんじゃない?」
赤モヒカンが固まったまま動かない。
「……待て」
低い声が漏れる。
さっきまでの軽い口調じゃなかった。
「NPCって……街の人間とかだろ」
「冒険者NPCもいるよ」
ナオユキが静かに返す。
「高層階には少ないけど、いないわけじゃない」
赤モヒカンの顔から、血の気が引いていく。
「あの灰色外套……」
「戻らなかったのか……?」
誰に聞くでもなく呟く。
ダイキの頭にも、広場で見た光景が浮かぶ。
あの時。
オセル隊の死体は、消えてなかった。
赤モヒカンが、ゆっくり俯く。
「……俺ら」
拳が震えていた。
「ザマァとか、言ってたぞ……」
周囲のモヒカンたちも、もう笑っていない。
気まずそうに視線を逸らしている。
「ガキ囮にしたクズだと思ってた」
「だから、死んでも当然だって……」
赤モヒカンが歯を食いしばる。
「……クソ」
赤モヒカンは、もう笑っていなかった。
さっきまでの軽い空気が、完全に消えていた。
その中で、ノクティスだけが静かだった。
小さな少女は、ぼんやりと土壁を見上げている。
「……ノクティスちゃん」
ミラが恐る恐る聞く。
「その人たち、知ってたの?」
ノクティスは少しだけ考えてから、首を振った。
「よくは知らない」
その声は、いつもの眠そうなままだった。
「街道で拾ってくれた人たち」
「拾ってくれた?」
ダイキが聞き返す。
ノクティスは小さく頷く。
「巡礼団、いなくなったから」
一瞬、誰も声を出せなかった。
「巡礼団……?」
ハナが小さく呟く。
「聖樹連邦から来たの」
ノクティスは、袖の余った外套を少しだけ握る。
「途中で、みんないなくなった」
その言い方は妙に軽かった。
でも、軽いからこそ、何も聞けなくなる。
赤モヒカンが、歯を食いしばったまま俯く。
「……そうか」
さっきまでの荒っぽい声ではなかった。
ただの、低い声だった。
ノクティスは、ぼんやりと土壁を見上げる。
「でも、オセルたちも怖かったんだと思う」
「怖かったら、何してもいいわけじゃないでしょ……」
ミラが小さく言う。
「うん」
ノクティスは頷く。
「たぶん、よくないこと」
少し間を置いて、ぽつりと続けた。
「でも、怖いと、人って変なことするから」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
赤モヒカンはもう、何も言わなかった。
ダイキ
職業 なし
レベル 20
スキル
打撃 Lv55→56、打ち下ろしLv36→37
ダッシュLv16、ステップLv12→13、跳躍Lv9→10
回避Lv9→10、姿勢制御Lv6、予測Lv8→9
毒耐性Lv5、覚悟Lv2→3、水耐性Lv5、炎耐性Lv3、酸耐性Lv1
ユニークスキル
可塑覚醒
ハナ
職業 なし
レベル 15→17
スキル
(火)バトルイグニッションLv1
(水)ウォーターボールLv15→17、ヒールLv13→15、プロテクションLv8→9、浄化Lv4
(風)嵐斬Lv3
ダッシュLv4、回避Lv1
共感感知Lv6→8
炎耐性Lv1、毒耐性Lv1
魔力操作Lv4→7、多重展開Lv3→5
ナオユキ
職業 盾戦士
レベル 43→44
スキル
ガードLv20、強ガードLv20、構えLv20
全身ガードLv19、受け止めLv18、体勢保持Lv19
受け流しLv20、偏向Lv20、姿勢制御Lv16→17
武器逸らしLv15、連続受け流しLv14→15
横斬りLv20、袈裟斬りLv20、逆袈裟Lv20
炎薙ぎ払いLv16、炎斬り上げLv14、炎踏み込み斬りLv13
ダッシュLv12、ステップLv11、跳躍Lv9
緊急離脱Lv14、急接近Lv11
回避Lv8、予測Lv9、覚悟Lv7
炎耐性Lv10、水耐性Lv6、風耐性Lv5
木耐性Lv4、毒耐性Lv6、麻痺耐性Lv6
ミラ
職業 なし
レベル 11→14
スキル
射撃Lv7→9、速射Lv4→6、強弓Lv4→6
ダッシュLv3→4、回避Lv3→4




