5. 届いた声(ハナ視点)
酸弾が飛び交い、白い腐食煙が広場を覆っていた。
さっきまで保てていた戦線は、もう形を失いかけている。
「ナオユキさん!
二匹来る!!」
叫ぶ。
けど。
「っ……!」
ナオユキさんは大蜘蛛を押さえるので限界だった。
ダイキも、硬い白蜘蛛に張り付かれている。
誰も、次の指示を出せない。
酸弾が飛ぶ。
蜘蛛が迫る。
声だけが増えていく。
その時だった。
『魔法使いのお姉ちゃん』
耳元で、声がした。
「……え?」
反射的に振り向く。
誰もいない。
『聞こえる?』
小さい声。
でも、はっきり聞こえる。
「……もしかして、ノクティスちゃん?」
『うん』
『念話ってスキルだよ』
息が止まる。
戦場の真ん中なのに、その声だけ妙に静かだった。
『お姉ちゃん、共感感知使えるよね?』
「っ……なんで、それを」
『わたしのユニークスキル』
『まぁ今はそれいいや』
軽く言ってから、ノクティスちゃんが続ける。
『魔法の対処、困ってるよね?』
「……っ」
言い返せない。
酸弾のせいで、みんな動きを止められている。
『お姉ちゃんなら、あれくらい普通に落とせると思うけどなー』
「……え?」
思わず声が漏れる。
『あとは、魔法を感じ取れるって気づくだけ』
でも、言われた瞬間、さっきから引っかかっていた感覚を思い出した。
酸弾が飛ぶ前。
ほんの少しだけ、“来る場所”が分かる気がしていた。
『魔法撃とうとしてる感じ、分かる?』
『あと、自分の魔力の流れ』
酸弾が飛ぶ。
ミラさんが悲鳴を上げながら避ける。
ダイキが蜘蛛を殴ろうとして、横から酸弾に邪魔される。
ナオユキさんも、大蜘蛛を押さえながら酸弾を捌いている。
このままじゃ、誰かがやられちゃう。
「っ……!」
目を閉じる。
共感感知を広げる。
敵意。
殺気。
白蜘蛛の動き。
魔力。
全部、一気に流れ込んでくる。
「っ……!」
多すぎる。
頭が割れそうになる。
『全部見ようとしなくていいよ』
ノクティスちゃんの声。
『あのでっかい蜘蛛だけ見て』
「……っ!」
意識を絞る。
大蜘蛛。
あの魔法。
どこへ撃とうとしているのか。
どう動かそうとしているのか。
――感じる。
「……っ!」
見えた。
酸弾の軌道。
次に飛ぶ場所。
大蜘蛛の魔法だけが、急にはっきり見える。
同時に、自分の中の魔力の流れまで鮮明になった。
「え……?」
周囲に、水が浮かぶ。
一つ。
二つ。
三つ。
まだ増える。
ウォーターボール。
しかも、止まらない。
『そうそう、それ!』
ノクティスちゃんの声が弾む。
『そのまま感知切らないで、水撃ってみて』
過去の記憶が、一瞬よぎる。
『感知で回避先を捉え、そのまま追尾へ乗せます』
リゼルさんに言われた言葉。
あの時は、避ける相手の“避ける意思”を感じ取った。
今回は違う。
感じ取るのを、酸弾を放つ意思へ変えるだけ。
「……やる!」
飛んできた酸弾へ、反射みたいにウォーターボールを撃つ。
ぶつかる。
バシュゥゥッ!!
白煙が弾ける。
消えた。
「っ!」
次。
また撃つ。
次々に相殺していく。
気づけば、身体が勝手に動いていた。
大蜘蛛が放った酸弾を、全部撃ち落としていく。
腐食煙は途中で白煙へ変わり、霧みたいに広場いっぱいへ広がった。
「……は?」
ダイキが目を見開く。
ミラさんも、逃げる足を止めていた。
「え、全部……消した?」
ナオユキさんが、驚いた顔をする。
「……ハナちゃん、今の」
大蜘蛛が動きを止める。
酸弾が消えた。
その一瞬で、空気が変わった。
ダイキが笑う。
「よっしゃ!」
目の前の硬い白蜘蛛へ、一気に踏み込む。
今度は邪魔がない。
棍棒が真正面から叩き込まれ、轟音と一緒に白蜘蛛の外殻が砕け散る。
巨体が壁へ吹き飛び、そのまま動かなくなった。
「まず一匹!!」
ダイキが吠える。
そのままナオユキさんの方へ走る。
ミラさんの矢が飛ぶ。
残っていた白蜘蛛の目へ突き刺さる。
怯んだところへ、ダイキが横から棍棒を叩き込んだ。
もう一匹。
崩れる。
「ナオユキ!!」
「分かってる!」
盾が大蜘蛛の脚を弾く。
その隙へ、ダイキが横から殴りつけた。
大蜘蛛が怒鳴るみたいな咆哮を上げる。
でも、もう酸弾は飛んでこない。
軌道が分かる。
全部、相殺できる。
再び大蜘蛛の周囲に酸弾が浮かぶ。
けど、怖くない。
飛ぶより先に、どこへ来るか分かる。
ウォーターボールを撃つ。
相殺。
次も。
その次も。
全部、消える。
大蜘蛛の動きが、目に見えて乱れ始めた。
「その魔法さえなければ、お前なんてデカいだけや!!」
ダイキが笑う。
その瞬間。
「援軍どもォ!!
トドメは任せたぜェ!!」
土壁の向こうから、モヒカンの怒鳴り声が響く。
次の瞬間。
手斧が飛んだ。
回転しながら、大蜘蛛の脚へ突き刺さる。
一本。
二本。
白い脚が、まとめて裂けた。
大蜘蛛の巨体が大きく崩れる。
「今!!」
ナオユキさんが叫ぶ。
ミラさんの矢が飛ぶ。
一射。
二射。
三射。
大蜘蛛の目を、正確に射抜く。
悲鳴。
巨体が暴れる。
そこへ。
ダイキが踏み込む。
ナオユキさんが止めた。
ミラさんが視界を潰した。
私が魔法を消した。
全部繋いだ、その先。
「終わりやぁ!!」
全力で振り下ろされた棍棒が、白い外殻ごと大蜘蛛の頭を叩き潰した。
轟音。
大蜘蛛の巨体が、ゆっくり崩れ落ちる。
静かになる。
広場に残るのは、荒い呼吸だけだった。




