4. 崩れ始める連携(ハナ視点)
嫌な気配だった。
広場全体を覆うみたいな殺気に、思わず喉が乾く。
共感感知を使っているせいか、空気そのものがざわついて感じた。
「気ぃつけろ……
そいつが親玉だ」
土壁の奥から飛んできた掠れ声に、空気が張りつめる。
広場の奥。
白い巨大な蜘蛛が、ゆっくり脚を動かした。
カツ。
カツ。
硬い脚音が、石壁に響く。
大きい。
車みたいな巨体。
脚は一本欠けていて、白い外殻には何本もの傷が走っている。
それでも、弱ってる感じはまるでなかった。
むしろ。
傷ついてるのに、空気だけは今までの蜘蛛よりずっと怖い。
「うげー……
あれ、ホントに蜘蛛!?
大っきすぎるんだけど!」
ミラさんが引きつった声を上げる。
「ゲームの中やからって、サイズ感おかしいやろ……」
ダイキも棍棒を握り直した。
土壁の陣地は、広場の壁際にある。
背後は石壁。
左右は土壁。
正面だけを開けて、白蜘蛛を受け止めている形だった。
その中にノクティスちゃん達がいるはずなのに、姿は見えない。
聞こえるのは、荒い息遣いと武器のぶつかる音だけ。
その時だった。
ふわり、と空気が揺れた。
「……え?」
思わず声が漏れる。
次の瞬間、身体が軽くなった。
第七層に入ってから、ずっとまとわりついていた重苦しさが、一瞬だけ薄くなる。
魔力の流れまで、急に鮮明だった。
同時に。
大蜘蛛の動きが、ほんの少しだけ鈍った気がした。
「なにこれ……?」
思わず呟く。
「たぶん、強化魔法と弱体魔法や」
ダイキが前を見たまま答えた。
次の瞬間、ナオユキさんが小さく目を細める。
「……こんな広範囲に、効果あるなんて、かなり高度な魔法だな」
あんな大蜘蛛まで鈍って見える。
しかも、こっちは身体が軽い。
(……すご)
「ヒャハッ!
ノクティスちゃん、まだやれんじゃねぇか!」
土壁の向こうからモヒカンの声が響く。
「援軍どもォ!
こっちの蜘蛛は抑える!
親玉頼んだァ!!」
土壁の向こうから怒鳴り声が響く。
その瞬間、広場中の白蜘蛛が一斉に動いた。
ほとんどは、そのまま陣地側へ殺到する。
壁や天井を這いながら、犬くらいの白蜘蛛が何匹も土壁へ飛びついていった。
けど。
そのうち三匹だけが、こっちへ向きを変える。
「来る!」
自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。
大蜘蛛が真っ直ぐこちらへ向かってくる。
その後ろから、白蜘蛛三匹が壁と天井を使い、一気に距離を詰めてきた。
「ナオユキさん!」
「ああ!」
大蜘蛛が前脚を振り上げる。
次の瞬間、叩き潰すみたいに振り下ろされた脚を、ナオユキさんが真正面から盾で受け止めた。
轟音。
石床が砕け、衝撃が足元まで響く。
けど、ナオユキさんは下がらない。
「っ、重……!」
歯を食いしばりながら、盾を押し返す。
「大蜘蛛は俺が受ける!
先に雑魚を落とせ!!」
「了解!」
ダイキが一番近かった蜘蛛へ一気に踏み込む。
白蜘蛛が牙を鳴らしながら飛び込んでくる。
けど、ダイキは止まらない。
そのまま横薙ぎに棍棒を叩き込んだ。
鈍い衝突音。
白蜘蛛の外殻が砕け、そのまま身体ごと吹き飛ぶ。
蜘蛛は壁へ叩きつけられ、動かなくなった。
「よっしゃ!
まず一匹!」
ダイキが笑う。
速い。
しかも、迷いがない。
その横で、私とミラさんも動く。
ウォーターボールを放つ。
同時に、ミラさんの矢が飛んだ。
水弾で体勢を崩した蜘蛛へ矢が突き刺さり、白蜘蛛が悲鳴みたいな音を上げて転がる。
「やった!」
思わず声が出た。
「いや、まだ動いてる!
しぶとっ……!」
ミラさんが慌てて二本目の矢をつがえる。
その時だった。
ぞわっ、と背筋が粟立つ。
上。
天井を這う気配。
しかも速い。
「……っ!
一匹、上回ってる!」
反射的に叫ぶ。
全員の視線が上へ向いた。
白蜘蛛が天井へ張りつき、ミラの真上を取るように移動している。
脚が、じわりと縮む。
飛ぶ。
「ミラ、ダイキの方へ走れ!!
ダイキ、フォロー!!」
ナオユキさんの声が飛ぶ。
「ハナちゃん!
落とせ!!」
その瞬間、白蜘蛛が真上から飛びかかった。
「いやちょっ、待っ――!」
ミラさんが慌てて駆け出す。
ウォーターボールを撃つ。
直撃。
白蜘蛛が天井から落下する。
そこへダイキが踏み込み、横から棍棒を叩き込んだ。
けれど、その白蜘蛛だけ、外殻の色が少し違っていた。
白というより、骨みたいに鈍い色。
ガギィッ!!
嫌な音が響く。
白蜘蛛が、棍棒を脚で受け止めていた。
「……は?」
ダイキの声が止まる。
今までの蜘蛛と違う。
「なんやこいつ!
めっちゃ硬いやん!!」
白蜘蛛が牙を鳴らし、そのままダイキへ突っ込んだ。
「うおっ!」
ダイキが慌てて距離を取る。
脚の振りが速い。
しかも重い。
「ちょ、こいつ雑魚やろ!?
なんでこんな強いねん!!」
叫びながら棍棒を弾き返している。
その間にも、横ではナオユキさんが大蜘蛛を押さえ続けていた。
盾へ爪が叩き込まれるたび、鈍い衝撃音が広場に響く。
ナオユキさんは大蜘蛛を止めるので精一杯だった。
ダイキも、硬い白蜘蛛に張り付かれて動きを止められている。
まずい。
みんな、余裕がない。
(……私が、なんとかしないと)
その時、大蜘蛛が急に後ろへ下がった。
「……?」
距離を取る。
同時に、周囲にいた白蜘蛛二匹が大蜘蛛の近くへ戻っていく。
広場の音が、一瞬だけ遠のいた。
嫌な感じがした。
大蜘蛛の腹が、ゆっくり膨らむ。
次の瞬間。
大蜘蛛の周囲に、白く濁った液体の塊が浮かび上がった。
一つ。
二つ。
三つ。
「……え」
増える。
乳白色の酸弾が、宙へ次々と生まれていく。
刺すような刺激臭が広場へ広がり、思わず目の奥が痛くなる。
八個。
酸弾が、大蜘蛛の周囲をゆっくり回っていた。
「魔法……!?」
思わず息を呑む。
「はァ!?
蜘蛛が使うんかよそんなの!!」
ダイキの声が響く。
その瞬間、酸弾が飛び出した。
「散れ!!」
ナオユキさんの声と同時に、白い弾が一斉に飛ぶ。
速い。
ダイキが蜘蛛へ殴りかかった瞬間、横から酸弾が飛び込んだ。
バシャァッ!!
白い腐食煙が弾ける。
「っ、うわ!?
装備溶ける!!」
棍棒を引き戻しながら、ダイキが顔をしかめる。
石床がじゅうじゅう音を立てて溶けていく。
飛び散った液が、黒い泡を立てていた。
攻撃しようとするたび、酸弾が飛んでくる。
ナオユキさんも同じだった。
盾で大蜘蛛を止めながら、酸弾まで捌かされている。
しかも、残りの酸弾はこっちへ向かってきていた。
「多っ……!
ちょ、無理無理無理!!」
ミラさんが半泣きで逃げ回る。
ウォーターボールを撃つ。
水弾と酸弾がぶつかる。
バシュゥゥッ!!
白煙が噴き上がった。
けど、数が多すぎる。
一つ相殺しても、次が飛んでくる。
鼻が痛い。
目がしみる。
刺激臭が肺に刺さる。
白い煙が広場を覆い、一気に戦場が崩れ始めた。
さらに。
「おい!
二匹そっち行ったぞォ!!」
土壁の向こうからモヒカンの声が飛ぶ。
横を見る。
さっきまで陣地側へ向かっていた蜘蛛が二匹、こっちへ走ってきていた。
「ナオユキさん!
二匹来る!!」
叫ぶ。
けど。
「っ……!」
ナオユキさんは大蜘蛛を押さえるので限界だった。
ダイキも強い蜘蛛に張り付かれている。
誰も、次の指示を出せない。
酸弾が飛ぶ。
蜘蛛が迫る。
声だけが増えていく。
戦線が、一気に崩れ始めていた。
その中心で、
私はまだ、次に誰を助ければいいのかさえ決められなかった。




