1. 未帰還パーティ
緊急クエストの受諾が決まり、職員が一礼して離れていく。
その背中を見送りかけたところで、ナオユキが声をかけた。
「待ってくれ」
職員が振り返る。
「白潮旅団以外に、行方不明になったのはどんなパーティなんだ?」
職員は小さく頷いた。
「現在、未帰還として確認されているのは三パーティです」
淡々とした口調。
けれど、内容は軽くない。
「白潮旅団」
胸の奥が、少しだけ重くなる。
「モヒカン連合」
あのモヒカンたちか。
思わず顔が浮かぶ。
そして。
「オセル隊」
聞き慣れない名前に、ミラが小さく首をかしげる。
「どんなパーティ?」
職員が記録を確認する。
「男性四人と、十歳前後の少女が一人の編成です」
「ああ……あいつらか」
思わず声が漏れる。
船の上で見た、
あの小さい子。
ハナの表情が、少しだけ固くなる。
ミラも小さく顔をしかめた。
誰も、あの扱いを忘れてへん。
職員は続ける。
「最終連絡は通信石で入っています」
「白潮旅団は三日前、第九層付近」
「モヒカン連合とオセル隊は、一昨日、第七層付近です」
「それ以降、応答はありません」
通信石。
ギルド支給の簡易連絡用アイテムや。
ただ、ダンジョン内ではどこでも使えるわけやない。
階段前みたいな、安全地帯でしか起動できへん。
三組まとめて連絡が途絶えるのは、
さすがに普通やない。
職員が、さらに声を落とした。
「それと――最近、複数のパーティから、白い蜘蛛の報告が上がっています」
空気が、少し変わる。
「本来、このダンジョンでは確認されていない種です」
「通常個体より危険度が高く、現在、討伐報告も増えています」
「……あれか」
俺が小さく呟く。
ナオユキも無言で頷いた。
この前、浅い層で戦った。
普通の魔物とは、明らかに違った。
「確定情報ではありませんが、白潮旅団からの最終連絡に、気になる報告がありました」
「白い蜘蛛以外の魔物が、妙に少ない、と」
「詳しい確認を取る前に、通信が途絶えています」
職員は最後に一礼する。
「分かっている情報は以上です」
「どうか、無理だけはしないでください」
そう言い残して、今度こそ離れていった。
沈黙が落ちる。
ミラが小さく息を吐いた。
「……ガチなやつだね」
軽く言ったつもりなんやろうけど、声は少しだけ固い。
ナオユキが壁に軽く背中を預ける。
「……整理するぞ」
視線が、順番にこっちへ向く。
「どこまで行くか」
「どれくらい時間を使うか」
「どこで引くか」
一つずつ、
確認するみたいに言う。
ミラが小さく手を上げた。
「まずさ、三パーティって……なんで連絡取れないの?」
「死んでる、とか?」
ナオユキが首を横に振る。
「第五層より下まで来るパーティは、ほとんどプレイヤーだ」
「死んでも教会に戻れるからな」
「NPCは違う。死んだら終わりだ」
「そんな連中が、わざわざ高層まで潜ることは少ない」
ミラが眉をひそめる。
「じゃあ、白潮旅団もモヒカン連合も?」
「たぶんプレイヤーだろうな」
「オセル隊も含めてな」
「だから、“行方不明”ってのが妙なんだ」
「プレイヤーなら、死んだ時点で教会帰還になる」
「だから、“行方不明”にはなりにくい」
「じゃあ、ログアウト?」
「可能性はある」
ナオユキが頷く。
「ただ、上位パーティは1ヶ月以上の長時間ログインも珍しくない」
「三パーティまとめて、同じタイミングで落ちたってのは考えにくい」
俺も口を開く。
「気絶してる可能性はあるな」
「けど、その状態で全員まだ生きてるなら、それはそれで不自然や」
ハナが静かに言った。
「……蜘蛛の糸」
全員の視線が向く。
「拘束、されてるなら」
「動けない」
「安全地帯にも戻れない」
ナオユキが小さく頷く。
「ありえるな」
通信石は、階段前みたいな安全地帯でしか使えへん。
逆に言えば、そこまで戻れれば連絡はできる。
――戻れない理由がある。
ミラが不安そうに言う。
「でもさ、白潮旅団って強いんでしょ?」
「あの人たちでも戻れないって、どういうこと?」
ナオユキが低く言う。
「可能性はいくつかある」
「圧倒的に強い敵がいる」
「不意打ち」
「逃げ道を塞がれる」
ハナが小さく呟く。
「……蜘蛛の巣」
ナオユキが視線を細める。
「罠、ってことか」
ハナが小さく頷いた。
「細い糸なら、見えにくい」
「暗い通路なら、なおさら」
一瞬、白い糸に足を取られる光景が浮かぶ。
俺も口を開く。
「引っかかったところを拘束されたら、安全地帯まで戻れへんな」
ナオユキが頷く。
「通路は今まで以上に警戒する」
「特に天井と足元やな」
俺も続ける。
ハナが小さく頷いた。
「……糸、意識して見る」
ナオユキが話を戻す。
「三パーティとも、原因は同じと考えるべきだろうな」
「時期も近い」
「階層も近い」
「白い蜘蛛の報告もある」
俺も頷く。
「別々の事故より、同じ原因で動けへん方が自然や」
ハナがぽつりと言う。
「……白い蜘蛛以外、少ないんだよね」
白潮旅団の最終連絡。
白い蜘蛛以外の魔物が妙に少ない。
あれも引っかかる。
ナオユキが腕を組む。
「少なくとも、普通のダンジョンじゃない」
「行くなら、第八層までは確定やな」
俺が言う。
「白潮旅団の連絡地点がそこや」
ナオユキも頷く。
「七層までは最短で進む」
「それ以降は探索を優先する」
「みんな、どれくらいログインしてられるの?」
ミラが聞く。
「俺は八時間くらいなら問題ない」
ナオユキが答える。
ミラも頷く。
「私も平気」
最悪、帰還アイテムで戻れる。
余裕を見ても、
一層一時間は使える計算や。
ナオユキが静かに言う。
「引き時も決める」
視線が、順番に向く。
「俺たち全員で勝てない相手が出た場合」
「その時点で帰還アイテムを使う」
ミラが小さく頷く。
「ギルドに報告、だね」
「ああ」
ナオユキが答える。
「目的は討伐じゃない」
「まずは状況確認と、生存者の捜索だ」
普通なら、深い層ほど敵は増える。
危険になる。
――なのに。
白い蜘蛛は増えているのに、他の魔物は少ない。
三パーティ同時に消息不明。
しかも、
誰も安全地帯まで戻れていない。
「……下で、一体何が起きてる」
思わず漏れる。
誰も答えない。
船の上で見た、あの小さい背中が浮かぶ。
もし、ノクティスがNPCなら。
死んだら、
戻ってこれへん。
俺は小さく息を吐く。
「……急ぐぞ」
誰も、反対しなかった。
白い霧の奥で。
海霧迷宮が、
静かに口を開けていた。




