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全身麻痺の俺は回復のためにVRMMOの世界で最強を目指す  作者: 和泉大輝
第6章. 海霧迷宮に広がる異変

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7. 一匹ずつ剥がせ


少しの沈黙が落ちた。


通路の奥から、

時々、硬い脚先が石を擦る音がする。

かち、かち、と口器を鳴らすような音も、

途切れ途切れに聞こえていた。


見えない。

でも、いる。


それが、ひどく気味悪かった。


あとどれくらい時間が残ってるのか。

考えるまでもなく、短い。


「……行こう」

自然に口から出た。


でも。


「無理だ」

ナオユキが即答した。


空気が止まる。

思わず、そっちを見る。


ナオユキの声は静かだった。

だからこそ、重い。

「一匹ずつが普通に強い」

「そんなやつらが、六匹もいる」

「単純に、戦力が足りない」


レオンが悔しそうに顔を伏せる。


ナオユキは続ける。

「レオンさんたちでも崩されたんだ」

「俺たちが敵う相手じゃない」


短く息を吐く。

「正面からやれば、押し負ける」


正論だった。

腹が立つくらい、正論だった。


でも。


「じゃあ、見捨てるんか」

思わず声が強くなる。


「そうは言ってない」

ナオユキも、すぐに返した。


視線が真っ直ぐぶつかる。


「作戦を立てるぞ」


その言葉で、少しだけ頭が冷えた。


横で、ミラが腕を組む。

「時間は?」


レオンが答える。

「……あと五分」


その声が重い。

「たぶん、それくらいだ」


ハナが小さく息を呑む。

「……急がないと」

「ほんとに、間に合わない」


そらそうや。


ゆっくり悩んでる時間なんかない。


ナオユキが腰のポーチから地図を取り出し、

石の床の上に広げた。


第二層の簡易地図。


曲がり角。

通路。

少しだけ広くなった場所。


指先が、その一点を叩く。

「ここを使う」

「少し広い」

「横に隠れる場所もある」


「ここで待つ」


俺はすぐにハナを見る。

「ハナ、敵の正確な位置、分かるか?」


ハナは目を閉じた。

少しだけ集中して、

すぐに頷く。

「……できる」


指先が、地図をなぞる。

「ここと」


「ここ」


「あと、一番外にいるのが、この二匹」

ハナが位置を書き足していく。


ナオユキはそれを見て、

短く頷いた。

「それなら、こいつから順番におびき寄せる」


指が、一番端の一点を叩く。

「一匹ずつ剥がす」

「壁や天井から囲まれる前に、こっちの場所で潰す」

「同時に囲まれなければ勝てる」


俺は地図を覗き込む。

「いや、それどうやって呼ぶん?」

「音立てたら、まとめて来るやろ」


ナオユキが少しだけ黙る。


そこに、言葉を重ねる。

「強く当てたらあかん」

「ちょっと気になる、くらいでええ」


ハナを見る。

「脚先か、糸の近くに水弾でちょんって出来るか?」


ハナが少し考えて、頷く。

「……できる」


ミラが腕をほどく。

「それで見に来たやつを落とす」

「声を出される前に、ね」


ナオユキが頷く。

「俺が正面で止める」

「ダイキとミラは横から叩く」

「一気に落とす」


レオンが顔を上げる。

「俺も行く」


立ち上がる。

まだ顔色は悪い。

でも、目だけは死んでいなかった。

「案内も必要だ」

「それに、置いていかれる方が無理だ」


少しだけ、間が空く。


ナオユキが小さく頷く。

「なら、レオンさんも横だ」

「ダイキ、レオンさん、ミラで叩く」


少しだけ、空気が戻る。

俺は棍棒を握り直す。


強い。

普通に、かなり強い相手や。


でも。


だからこそ、燃える。


助ける。

ちゃんと、全員連れて帰る。


「よし」


棍棒を握り直す。

「助けに行こうや」


今度は、ちゃんと全員が頷いた。


湿った空気が、肺にまとわりつく。


足音を殺して進むたび、

靴の裏が薄く水を踏んだ。


ぽた、ぽた、と天井から落ちる水音だけが、

やけに大きく耳に残る。


嫌やな、この静けさ。


静かなくせに、

奥にはちゃんと“いる”のが分かる。

壁か、天井か。

どこに張りついているのか分からない。


それが一番気持ち悪い。


前を歩くハナが、

何度か立ち止まっては目を閉じる。


共感感知。

敵の位置を、ひとつずつ拾っている。


そのたびに、

こっちの心臓まで勝手に跳ねた。


「……この先」

ハナが小さく言う。


「一匹、少し離れてる」


ナオユキが頷く。


通路が少しだけ広がって、

左右に身を隠せるくぼみがある。


待ち伏せには、ちょうどいい。


たしかに、ここならやれる。


「ここでやる」

小さな声だった。


でも、全員ちゃんと頷いた。


レオンさんの呼吸はまだ荒い。

それでも、

剣を握る手は震えていなかった。


怖いはずや。

それでも前に出る。

それだけで、十分だった。


俺も棍棒を持ち直す。

(……よし)


ナオユキが手で合図する。


ハナ。

小さく頷いた。


指先に、水が集まる。


本当に小さい。

攻撃じゃない。


ただ、

“気づかせる”ためだけの水弾。


ぴしゃ。


遠くで、かすかな音がした。


一拍。


二拍。


かち、と硬い音が鳴る。


来る。


複数の脚先が石を叩く音が、

少しずつ近づいてくる。


ひとつ。


ちゃんと、一匹だけ。

思わず、口の端が上がった。


(……ええやん)


姿が見えた。


白い蜘蛛だった。


大型犬くらいの胴体。

そこから伸びる、細く長い八本の脚。

霧に溶けるような白い体が、石床に張りつくように進んでくる。


目が多い。


濁った小さな目が、

こっちを探すように、ばらばらに揺れていた。

脚を広げると、

下手したら通路の半分を塞ぐくらいある。


でかい。


近くで見ると、

想像よりずっと圧がある。


魔物が一歩、近づく。

脚先が、石床を探る。


止まる。

いくつもの目が、こっちを向いた。


視線が、合った。


次の瞬間。

八本の脚が、ぎゅっと畳まれた。


「来る!」

白い塊が、石床を跳ねるように迫ってくる。


速い。

さっきまでの探る動きが嘘みたいに、

一直線だった。


ナオユキが一歩前に出る。


真正面。

振り下ろされた前脚を、盾で受ける。

鈍い衝撃音が、腹にまで響いた。


「今!」

その声で踏み込む。


横から棍棒を叩き込む。


重い。

硬い。

浅い。


甲殻みたいなものに弾かれた。


「っ、硬っ!」

思ったより浅い。


嫌な感覚が背中を走る。

止まらない。

押し切れなかったら、こっちが崩れる。


レオンの剣が、脚の付け根、その外殻の隙間を深く裂いた。


ほぼ同時に、後ろから矢が飛ぶ。

ミラの矢。

迷いなく、濁った目のひとつを射抜いた。


魔物が暴れた。

鎌みたいな前脚が振り上がる。


ナオユキが押さえる。

「押せ!」


もう一歩。


体ごとぶつけるみたいに踏み込み、そのまま棍棒を振り抜く。

外殻がひび割れる鈍い手応え。

白い巨体が、ようやく崩れた。


しばらく、誰も喋らなかった。


耳の中で、

自分の息だけがうるさい。


やがて。


ハナが、小さく息を吐く。

「……一匹」


「おう」

思ったより、ずっと重い相手だった。


でも。

倒せる。

ちゃんと。


それが分かった。


ナオユキが短く言う。

「次」


迷ってる時間はない。


ハナが、また目を閉じる。

今度は少し早い。

「次も、いける」


その声には、

もう迷いがなかった。


二匹目も、やることは同じだった。


水弾で引く。

ナオユキが前脚を止める。

横から外殻を叩く。

ミラの矢が目を射抜く。


今度は、迷わなかった。


連携は、さっきよりずっと速い。


反撃させる隙もなく、

巨体が重い音を立てて沈む。


「……いけるやん」


思わず、口元が上がった。


レオンが、初めて少し笑った。

「……ああ」


二匹。

ちゃんと減った。

残り四匹。


まだ多い。

まだ全然、危ない。


それでも。

さっきまでの絶望とは、少しだけ景色が違って見えた。


助けられる。

ちゃんと、全員で帰れる。


そう思えた。


……思ってしまった。


その瞬間だった。

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