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全身麻痺の俺は回復のためにVRMMOの世界で最強を目指す  作者: 和泉大輝
第6章. 海霧迷宮に広がる異変

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6. 救助要請



第二層の通路は、薄い霧がずっとまとわりついていた。


石壁は湿っていて、空気まで少し冷たい。

歩くたびに靴音だけが響いて、やけに静かに感じる。


さっきまで宝箱ひとつで騒いでいたのが、もうずいぶん前みたいやった。


前を歩くナオユキが、振り返らずに言う。

「今回の任務、もう一回確認しとくぞ」


その声だけで、少し浮いていた気分が地面に戻る。


「第一層から第三層の巡回掃討。浅層モンスター排除。通路巡回。負傷者救助。退避路確保」

淡々としている。

こういう時のナオユキは、本当に無駄がない。


「深部調査は上の連中。俺たちは浅層担当」


その言葉に、昨日ギルドで見たベテラン連中の背中が浮かぶ。


重そうな鎧。

使い込まれた武器。

何度もダンジョンを突破してきたんやろうな、って一目で分かる空気。


あっちが、本番だ。


異常の原因を探して、

迷宮の奥まで潜って、

街を止めてる問題そのものを叩きに行く。


そっちに行きたい。

めちゃくちゃ行きたい。


でも、今の俺たちは入れてもらえない。


未踏破パーティ。

初心者。

実績なし。


言われてみれば、その通りや。

正論すぎて反論もできない。


できないけど。


「……くっそ」

思わず漏れた。

悔しいもんは、悔しい。


棍棒を肩に乗せながら、小さく息を吐く。

「まあ、しゃーないな」


今はここで結果を出すしかない。

浅層担当なら、浅層で一番目立てばいい。


ナオユキが続ける。

「あと一つ」


その言い方だけで嫌な予感がした。

「救助任務だからって、見つけた瞬間に飛び込むな」


……完全に俺や。


思わず苦笑する。

「それ、完全に俺向けやな」


ハナが少し眉を寄せる。

「じゃあ、見つけたらどうするの?」


その聞き方が、ちょっと真剣だった。


たぶん、ハナも同じだ。

目の前で助けを求められたら、放っておけない。


ナオユキは足を止めずに答える。

「まず状況を見る」

「敵の数。逃げ道。助けられる形かどうか」


「飛び込むのは、そのあと」


俺は口を尖らせる。

「その間に死んだら?」


ナオユキは、少しも迷わなかった。

「だから判断がいる」


冷たいようで、たぶん一番ちゃんと考えてる。

それが分かるから、余計に腹が立つ。


ハナも黙ったまま、少しだけ前を見る。


きっと同じことを考えてる。


助けたい。

でも、死にたくない。

その間の、どこで決めるのか。


「……難しいな」

ぼやいた、その時だった。


通路の奥。


かすかに、足音が聞こえた。


全員が止まる。

耳を澄ませる。


水音じゃない。

魔物の唸りでもない。


人の呼吸。


俺たちは顔を見合わせて、すぐに走り出した。



足音が、乱れていた。


水を蹴る音。

荒い呼吸。

壁にぶつかるような気配。


次の瞬間。


「助けてくれ!」


男が、ほとんど転がるように飛び込んできた。


二十代半ばくらい。

短い茶髪に、軽装の革鎧。

腰には使い込まれた剣を下げている。


足がもつれて、

そのまま石床に膝を打ちつける。


それでも立とうとして、

片腕で無理やり身体を支えていた。


全身、血だらけだった。


肩で息をして、片腕を押さえている。

目だけが、必死だった。

「この先に!」

「仲間がいるんだ!」

「セリアと、トーマが……!」


ナオユキがすぐ前に出る。

「落ち着け」


「何があった」

「落ち着いて話せ」


「今は結界で……!」

男の声が震える。


「結界魔法を張ってる!」

「でも、たぶん……あと十分ももたない!」


息が詰まる。


でも。

「大丈夫や」

思わず口が出た。


男がこっちを見る。


「十分あれば足りる」

棍棒を握る。


「ちゃんと助ける」

「だから、何があったか教えてくれ」


横で、ハナがすぐに膝をつく。

「じっとして」


回復魔法の光が、静かに傷を包んだ。


俺は周囲を見る。

床には血が飛んでいる。

壁には、剣が滑った傷が残っていた。

ところどころに、白い糸の切れ端がへばりついている。


逃げた跡が、そのまま残っている。


滑った足跡。

壁に手をついた跡。


血が、奥からこちらへ点々と続いていた。


途中で一度、無理やり向きを変えたような跡もある。


助けに戻ろうとして。

それでも逃げた。


そんな迷いまで見える気がした。


少し先で、通路がひとつ折れている。

その先は見えない。


男――レオンが、苦しそうに息を吐く。

「……この先、二回曲がったところだ」

「セリアと、トーマがいる」


見えるのは最初の曲がり角だけ。

その向こうは、霧に飲まれて見えなかった。


でも。

時々、石を引っかくような音がする。

かち、かち、と硬い口器を鳴らすような音。

水が落ちる音に混じって、長い脚先が石壁を擦る音がかすかに響く。


近い。

かなり近い。


ハナが低く言う。

「……多い」


ナオユキが短く聞く。

「何匹?」


ハナは目を閉じる。


共感感知。

周囲の気配を拾って、位置も、数も、大まかに掴む。

「たぶん、残り六」


「六!?」

思わず声が漏れる。


レオンが悔しそうに歯を食いしばる。

「白い蜘蛛だ」

レオンが荒い息のまま言った。

「犬くらいある。壁も天井も這う」


「最初は十匹いた」

「浅層で、あんな数は普通じゃない」


背筋が少し冷える。


レオンの装備を見る。

軽装ではあるけど、安物じゃない。

剣も、ちゃんと使い込まれている。


少なくとも、簡単にやられるような初心者には見えなかった。


そんなパーティが崩された。


ということは。

一匹一匹が、普通に厄介ってことだ。


レオンは苦しそうに続けた。

「四匹までは、普通に倒せた」


「五匹目も、倒せると思った」


拳が、小さく震えている。

「俺が前に出た」

「あと一撃だった」


「でも……あいつは、わざと下がった」


「俺が少し、前に出た瞬間」

「天井を回っていた別のやつが、後ろに落ちてきた」


息が詰まる。


「セリアがやられて」

「トーマも巻き込まれた」


拳が、さらに強く握られる。

「戻った時には、もう遅かった」


レオンの声が震える。

「助けに入った」

「でも、そこで俺もやられた」


腕の傷を押さえる。

「前に出ようとした瞬間、糸を浴びた」

「押し返されて、近づけなかった」


喉が詰まるような声だった。

「セリアが、結界を張った」

「今だけなら持つって」


「だから、俺は……助けを呼びに来た」


静かに、息を吐く。


それだけだった。


逃げたんじゃない。

託されて、走ったんだ。


思わず、声が出る。

「……いや、待って」


喉が少し乾く。

「それって」


「最初から、前に出させるための罠やったってことか?」


レオンは、ゆっくり頷いた。

「そうだ」


「一体が弱ったふりをして」

「倒せると思わせる」

「前に出たやつを、横や上から囲う」


「前衛が前に出た瞬間」

「後ろを狩る」


ナオユキが低く言う。

「普通じゃない」


その一言で、空気が少し変わった。


「こんな浅い層に出るような相手じゃない」


「群れで狩る」

「待つ」

「誘う」


「そこまでやる知能があるなら、本来もっと深い場所にいるはずだ」


静かに、背筋が冷えた。


つまり。


ただの事故じゃない。


この迷宮そのものが、おかしい。

海霧迷宮の異常。

その言葉が、急に現実味を持って迫ってきた。


通路の奥は、

まだ静かなままだった。


その静けさが、

ひどく気味悪かった。

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