5.探索(ミラ視点)
前の戦闘が終わって、ようやく少しだけ周りを見る余裕ができた。
さっきまでは、怖いとか、暗いとか、そういうことしか頭になかった。
目を向けると、この迷宮は妙に綺麗だった。
石造りの回廊の壁を、透明な水が細く流れている。
青白く光る苔。足元に漂う薄い霧。
天井の割れ目から差し込む光が、それをぼんやり照らしていた。
ところどころに、白い小さな花まで咲いている。
ちょっと怖いくらいに、綺麗だった。
「……なにこれ」
思わず声が漏れる。
「静かで、綺麗で、何が出るか分からない」
少し先の薄い霧を見る。
奥が見えない。
でも、その先に何かがある気がする。
「こういうの、想像してた冒険そのものだ」
ダイキが少し笑う。
「やろ? こういう“なんかありそう”がええねん」
ハナちゃんも足元の花を見ながら、小さく笑った。
「ちょっと綺麗かも」
ナオユキだけは前を見たままだった。
「景色見て足止めるな。転んでも知らんぞ」
空気読めない。
でも、こういう人が一人いる方が、たぶん安心だ。
少し進んだところで、それはあった。
通路の端。
古びた木箱。金具付き。
どう見ても、宝箱だった。
「えっ」
声が出る。
「宝箱じゃん!!」
走る。
近づく。
しゃがむ。
後ろから、足音が追いついてくる。
振り返ると、ナオユキたちもすぐそこまで来ていた。
そこで、ふと違和感が浮かぶ。
「……ていうか、これって誰が置いてるの?」
こんな場所に、こんな分かりやすく宝箱。
どう考えても変だ。
ナオユキが淡々と答える。
「迷宮が勝手に生む」
「は?」
「時間が経つと、宝箱も素材も、魔物もまた湧く。そういう場所だ」
意味が分からない。
ダイキが笑う。
「まあ、そういう設定やな」
「いや、説明が雑すぎない?」
でも、迷宮が生んだ宝箱なんて、聞いたら余計に気になる。
そんなものが目の前にある。
開けたくならない方が、たぶん無理だった。
触ろうとした、その瞬間。
「待て。不用意に触るな」
すぐ横から、低い声が飛んできた。
ぴたりと止まる。
振り返る。
ナオユキだった。
「……なんで!?」
心の底から出た。
「ダンジョンで勝手に宝箱を触るな。鉄則だ」
「そんなに危ないの?」
思わず宝箱を見る。
どう見ても、ただの箱なのに。
「でも宝箱だよ!?」
「だからだ」
「いやいや、こういうの開けるために来たんじゃん!」
ダイキが苦笑する。
「いや、今回は宝箱開けに来たんちゃうけどな」
「細かいことはいいの!」
ナオユキはしゃがんだまま、宝箱を軽く指さした。
「毒針。
爆発。
擬態。
警報。
魔物呼び」
夢も希望もなかった。
「夢がない!」
思わず叫ぶ。
それでも、目の前に宝箱があるのに、開けないなんて無理だった。
ナオユキがしゃがみ込んで、罠を確認し始める。
待つ。
ちゃんと待つ。
……つもりだった。
でも、目の前に宝箱がある。
しかも、蓋の隙間から青い光が少しだけ漏れている。
こんなの、開けたくならない方がおかしい。
「ちょっとだけだから」
小さくつぶやいて、そっと蓋に手をかける。
カチ。
嫌な音がした。
全員、止まる。
「……え?」
次の瞬間。
宝箱の横から、小さな矢が飛んだ。
「下がれ!」
ナオユキの声。
反射で飛び退く。
風が頬をかすめた。
「うわっ!?」
心臓に悪い。
めちゃくちゃ悪い。
ハナちゃんが声を上げる。
「大丈夫!?」
ナオユキがすぐに近づく。
「当たったか?」
「……当たってない」
少しだけ間があった。
「ならいい」
その一言に、ちょっとだけ肩の力が抜けた。
ダイキが苦笑する。
「まあ、触りたくなる気持ちは分かる」
私は全力でうなずく。
「でしょ!?」
そして、静かに続く。
「次からは、触る前に止まれ」
反論したい。
すごくしたい。
でも、頬の横を抜けた矢を思い出すと、何も言えなかった。
ナオユキはすぐに宝箱の前に戻る。
「まだあるかもしれない」
そう言って、もう一度罠を確認し始めた。
今度こそ。
ようやく。
宝箱が開く。
ナオユキが中を確認する。
「魔石と金貨と回復薬か。一階なら、まあこんなもんだな」
そう言いながら、私は青く光る魔石を見ていた。
「……きれい」
思わず声が漏れる。
宝石みたいだった。
でも、ちゃんとダンジョンで見つけたものって感じがする。
ダイキが笑う。
「魔石見てそれやろ? レア武器とか出たら、たぶん大騒ぎやで」
たしかに、それはちょっと見てみたい。
ハナちゃんも、のぞき込んで笑う。
「もっとすごそうな宝箱見つけたら、絶対止まらないでしょ」
ナオユキだけが腕を組む。
「だから最初から待て。危ないって言っただろ」
正論すぎて腹が立つ。
でも今回は、何も言い返せなかった。
少し休憩することになった。
壁際に座って、水を飲む。
静かな水音。
青い苔の光。
白い花。
薄い霧。
さっきまで宝箱ひとつで大騒ぎしていたのが、なんだか妙に楽しい。
私は小さく息を吐いた。
「……ごめん」
ナオユキは少しだけ黙ってから言った。
「次からは、触る前に止まれ。怪我してからじゃ遅い」
怒ってはいなかった。
思ったより、責められなかった。
ちょっと意外だった。
ダイキは笑っていた。
責めるんじゃなくて、空気を軽くするみたいに。
私は少し笑って、迷宮の奥を見る。
「でも、めっちゃ冒険してる感じする」
ハナちゃんがうなずく。
「分かる」
ダイキが満足そうに笑う。
「やろ?」
ナオユキだけは、最後まで変わらない。
「だから油断するな」
でも、ほんの少しだけ、笑っていた気がした。
この四人、まだ全然、噛み合いきってない。
でも、たぶん、結構悪くない。
……それにしても。
どう考えても、私だけ子ども扱いされてる。
年齢だけなら、一番上なんだけどな。
……まあ、いっか。
少し休んで、
また歩き出す。
迷宮の奥は、相変わらず静かだった。
青い苔の光。
薄い霧。
水の流れる音。
その先。
通路の奥に、
下へ続く石階段が見えた。
「……あれ?」
思わず足が止まる。
ナオユキが小さくうなずく。
「第二層への階段だ」
ぱっと顔を上げる。
「え、もう!?」
ダイキが少し笑う。
「まだ入口やと思ってたんか」
「だって、一層だけでも十分ダンジョンだったし!」
ハナちゃんが小さく笑う。
私は階段の下を見つめた。
暗い。
先は、ほとんど見えない。
なのに。
怖いより先に、
胸が少しだけ高鳴る。
この先に、
もっと知らないものがある。
もっと面白いものがある。
そう思った。
四人で、
第二層へ続く階段を降りていく。
冒険は、
まだ始まったばかりだった。




