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全身麻痺の俺は回復のためにVRMMOの世界で最強を目指す  作者: 和泉大輝
第6章. 海霧迷宮に広がる異変

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3.船で迷宮へ(ハナ視点)



翌日の昼、港に着いた瞬間、私は思わず立ち止まった。

「……すごい」


港には人が溢れていた。


大きな船。

荷物を運ぶ人たち。

木箱を積む音。

遠くから飛んでくる怒鳴り声。


潮の匂いを含んだ風が、頬を抜けていく。


昨日の説明会とは、まるで空気が違う。


緊張しているはずなのに、少しだけ、わくわくしてしまう。

「ほんとに、ここから行くんだね」


私がそう言うと、隣でダイキが笑った。

「せやな」


船に乗って、海の上の迷宮へ向かう。


そう聞いていたのに、実際に目の前にすると、急に現実味が増した。


ミラさんは、完全に別方向だった。

「すごい!ほんとに船だ!」


「昨日ちゃんと説明聞いてたやろ」


「聞いたけど、実物見るのは違うから!」


そのやり取りが、少しだけ可笑しくて、緊張がほどける。

ナオユキさんが荷物を持ちながらため息をついた。

「浮かれすぎて海に落ちるなよ」


ミラさんがすぐに、ダイキを指さす。

「それ、

絶対ダイキの方でしょ」


「なんでや」


「絶対テンション上がって変なことするもん」


否定しないんだ。


思わず笑ってしまう。

「それは、ちょっと分かる」


「味方おらんやん」

そう言いながら、ダイキも楽しそうだった。


たぶん、みんな同じだった。


怖い。


でも、ちゃんと楽しみでもある。

それが、少し嬉しかった。



船に乗り込むと、思ったよりちゃんと揺れた。


足元がふわっとずれて、思わず小さく声が出る。

「わっ」


その瞬間、隣から手が伸びてきた。


「大丈夫か?」

ダイキだった。


「あ、うん……ありがとう」

少し恥ずかしくて、

うまく目が合わせられない。


ミラさんはもう、手すりのところまで走っていた。

「海ひろっ!」


朝の光を受けた水面が、きらきら揺れている。


潮の匂い。

少し冷たい風。


船が揺れるたびに、身体がふわっと浮くみたいだった。


ずっと先には、

まっすぐ水平線が伸びている。


空と海の境目が、きれいなくらい分からない。

「……すごい」


思わず、

また同じ言葉が漏れた。


こんな景色、

見たことがなかった。


まだ見えていない場所が、

この先にいくらでもある。


そう思うだけで、

少しだけ怖くて、

でもすごく知りたくなる。


ミラさんが隣で笑う。

「ね、すごいよね」


「うん……ほんとに」


その時だった。


少し離れた場所に、昨日の四人組が見えた。


その後ろに、ノクティスちゃん。


小さな黒髪の女の子。


荷物を持って、誰とも話さず、ただ静かに立っている。

それが、ずっと気になっていた。


仲間なのに、仲間に見えない。


ミラさんも同じだったらしい。

「あの子、やっぱり変だよね」


「……うん」

なんて言えばいいのか、分からない。


でも、見ていて苦しくなる。


あの子は、ちゃんとそこにいるのに。


まるで、そこにいないみたいだった。



船が進むにつれて、霧が少しずつ濃くなっていく。

視界が白くなって、波の音だけが近くなる。


その時だった。


「……っ!」

甲板の端にいた髭面の船員さんが声を上げた。


次の瞬間、船の縁から大きな影が這い上がってきた。


海ぐものような形のモンスターだ。

黒い甲殻。

太い脚。

口の奥に並ぶ、

鋭い牙。


大きい。

気持ち悪い。

怖い。


それだけで、身体が固まりそうになる。


「やばっ」

ダイキの声がして、次の瞬間にはもう走り出していた。


「えっ、ちょっ……!」

止めるより先に、飛び出している。


近い。

危ない。


頭では分かるのに、声が追いつかない。


「ダイキ!」

叫んだ時には、もう遅かった。


踏み込んで、棍棒を振り上げる。


その瞬間。


横から伸びた脚に、そのまま弾き飛ばされた。


「っ!!」

息が止まる。


大きな音。


背中から叩きつけられたのが見えて、心臓が嫌な音を立てた。


「ちょっと……!」


走り出しそうになる私を、ナオユキさんが止める。

「待て」


「でも!」


「今行っても危ない」


分かってる。

分かってるのに。

見てるしかできないのが、苦しかった。


その時。


後ろから、冷たい声が落ちた。

「……雑魚はどいてな」


昨日の四人組だった。


先頭の男が、

倒れたダイキを見下ろす。

「邪魔だ」


吐き捨てるみたいに言って、そのまま後ろに声を投げた。

「おい、ノクティス」


「行け」


私は息を止めた。


ノクティスちゃんは、

何も言わなかった。


嫌がりもしない。


ただ、迷いなく前に出る。


海魔物が、すぐにそっちへ食いついた。


……囮。


そう分かった瞬間、身体が冷たくなった。


ひどい。


そんなの。


その隙に、後ろの四人が一気に動く。


速い。


あっという間だった。


連携が綺麗すぎて、逆に怖い。


そして。


気づいた時には、全部終わっていた。

魔物が、重たい音を立てて崩れ落ちる。


静かだった。

あまりにも、簡単に。


「ほらな」

男が笑う。


「使えるだろ?」


ミラさんが、はっきり顔をしかめた。

「……最低」


男は肩をすくめる。

「死んでないし」


ぞっとした。


本気で、何も悪いと思っていない顔だった。


ノクティスちゃんは、何もなかったみたいに元の場所へ戻っていく。

助かった、みたいな顔すらしない。


それが、一番怖かった。



しばらくして。


霧の向こうに、黒い影が見えた。


最初に、足が止まった。


「……え」

声が、勝手に漏れる。


海の上に浮かぶ、巨大な石造りの遺跡。

まるで、海に半分沈んだ神殿みたいだった。


入口は海面すれすれ。

そこから先は、地下へ、地下へと潜っていくらしい。


見えている部分だけでも、十分おかしい。


広い。

ただ広い。

端がどこなのか、すぐには分からない。


本体は、その下にまだ続いている。


意味が分からない。


「……なにこれ」

ミラさんも、完全に固まっていた。

「え、ちょっと待って、広っ……」


思わず、足が止まる。


ここに入る。

本当に。


そう思った瞬間、少しだけ足がすくんだ。

ずっと昔から、そこにあったみたいな圧倒的な存在感。


静かだった。


なのに、

見ているだけで

飲み込まれそうになる。


「……ここ、行くんだね」

自分でも、情けないくらい小さい声だった。


でも、隣でダイキが笑う。

「せやな」


その一言だけで、少しだけ呼吸が戻る。


不思議だった。


怖いのに。

それでも、ちゃんと前を向ける気がした。



船が接岸する。

ごとん、と鈍い音が響いた。


白潮旅団は、もう準備を終えていた。

昨日の酒場とは、まるで別人みたいだった。

今日は完全に、仕事の顔。


ドイルさんが、こっちを見る。


「緊張してるか?」


ダイキが、少しだけ苦笑する。

「……まあ」


さっきのことが、まだ残っているんだと思う。


一発も入れられずに吹き飛ばされたこと。

助けられなかったこと。

ノクティスちゃんのこと。


全部。


ドイルさんは、小さく笑った。

「それでいい」


慰めるわけでもなく、ただそれだけ。

でも、その言葉の方がちゃんと届いた気がした。


少しだけ間があって。


ドイルさんが、ノクティスちゃんたちの方を見ながら言う。

「助けるってのは、案外難しい」


軽い口調なのに、妙に重かった。


私は、何も言えなかった。

止めたかった。


でも、何もできなかった。


それが一番苦しい。


「帰ったらまた飲もう」

そう言って、白潮旅団は先に降りていく。


残された私たちは、しばらく動けなかった。



目の前には、海霧迷宮。

静かに、大きな口を開けていた。


一歩、踏み出すだけなのに、



その一歩がやけに遠く感じた。

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