2.前夜祭
説明会が終わる頃には、
外はもうすっかり夕暮れやった。
港町の通りには、
橙色の灯りがぽつぽつ浮かび始めている。
俺たちはそのまま、
宿へ戻るつもりだった。
「ナオ」
後ろから、
軽い声が飛んできた。
振り返る。
白潮旅団。
先頭で笑ってるのは、
もちろんドイルやった。
「せっかくだし、
飯でもどうだ」
「明日、
四人で初迷宮なんだろ」
「前夜祭ってやつだ」
ナオユキが少し驚いた顔をする。
「……俺たちですか?」
「他に誰がいる」
ドイルが肩をすくめる。
「新人が変に気負ってる顔見ると、
酒がうまい」
「最低ですね」
横から、冷たい声が飛ぶ。
眼鏡の女。
説明室で会った人だ。
「止めたんですが」
「無理でした」
ドイルが笑う。
「王 紫鈴」
「うちの実質リーダー」
「違います」
「責任を押し付けないでください」
即答だった。
たぶん、
いつものやり取りなんやろう。
ミラが小さく笑った。
「楽しそうですね」
思ったより、
ちゃんとした声だった。
ドイルが少しだけ目を細める。
「来るか?」
ミラは肩をすくめる。
「せっかくなら」
「こういう時に楽しめる人の方が、
結局強いと思うので」
……誰やお前。
さっきまで
「浅層は地味!」って
騒いでたやつとは思えん。
ハナも小さく笑う。
ナオユキがため息をついた。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「よし、決まり」
ドイルが手を叩いた。
「飯行くぞ」
連れて行かれたのは、
港沿いの酒場だった。
潮の匂い。
焼いた魚の匂い。
船の灯り。
騒がしい声。
いかにも
“冒険者の街”って感じの場所やった。
「こういう店、
やっぱ落ち着くな」
ドイルが椅子に座りながら言う。
「説明会より、
こっちの方が性に合ってる」
「それはあなただけです」
紫鈴が即答する。
強い。
ナオユキが苦笑した。
「でも、
ちょっと分かります」
「説明会の空気、
胃が痛くなるので」
「それな」
俺も思わず頷く。
ハナは窓の外、
港の灯りを見ていた。
「……綺麗」
小さく、
それだけ言う。
ミラがその横で笑う。
「明日死ぬかもしれない場所の前って、
なんか景色まで特別に見えるよね」
「縁起悪いわ」
俺が即座に返すと、
ドイルが吹き出した。
「いいな、その感じ」
「嫌いじゃない」
カズマは相変わらず無言で、
もう食べ始めていた。
残りの二人も、少し離れた席で静かに飲んでいた。
細身の槍使いらしい青年は、入口に近い席を選んでいる。
小柄な魔導士風の女性は、飲みながらもずっと荷物から手を離さない。
騒いでいるのはドイルさんだけで、
白潮旅団そのものは、ずっと仕事中みたいだった。
ドイルが酒を持ち上げる。
「じゃ、新人の初迷宮に」
「乾杯」
「乾杯」
酒が入ると、
ドイルはさらに軽くなった。
「攻略なら黒星団」
「対人なら風牙」
「人数なら聖光親衛団」
「金なら蒼海商会」
「装備なら鍛冶神工房」
「探索なら星巡り」
魚を食いながら、
雑にすごいことを言う。
「んで」
「現場で雑に便利なのが、
俺たち白潮旅団」
「雑って言うな」
紫鈴が冷たく返す。
「事実だろ」
「堅実って言え」
「はいはい」
ミラが少し身を乗り出す。
「黒星団って、
そんなにすごいんですか?」
「攻略なら、な」
ドイルが肩をすくめる。
「ダンジョンの最前線走ってる連中だ」
「上にはああいう化け物がいる」
「だから俺たちは、
堅実に生きる」
少しだけ考えてから、
俺は聞いた。
「……じゃあ」
「ドイルさんたちは、
最強とか目指さへんの?」
一瞬、
紫鈴がこっちを見る。
ドイルはきょとんとして、
それから吹き出した。
「あー、いい質問だな」
酒を揺らしながら、
へらっと笑う。
「で、お前らは?」
「目指してるのか?」
即答だった。
「そりゃ、目指すやろ」
横で、
ミラも頷く。
「せっかくなら、
一番強い方がいいです」
ナオユキは苦笑しながらも、
否定はしなかった。
ハナも静かに、
小さく頷いた。
ドイルは声を上げて笑った。
「ははは!」
「いいねぇ」
「ますます気に入った」
紫鈴がため息をつく。
「また始まりました」
ドイルは楽しそうに肩をすくめる。
「最強を目指すのはいい」
「でも、
無茶して全部失ったら
ただのアホだ」
笑ったまま、
少しだけ目が変わる。
「ちゃんと勝て」
「ちゃんと稼げ」
「ちゃんと生き残れ」
「その上で、
一番を取りに行け」
その言葉だけは、
妙に現実味があった。
その時。
外を、
あのモヒカン達が歩いていくのが見えた。
ミラがちらっと見る。
「あの人たち、
前からいるんですか?」
ドイルも視線を向ける。
「ああ、あいつらな」
「見た目はアレだけど、
話すと意外と気のいい奴らだぞ」
「いや絶対嘘やろ」
俺が即答する。
ドイルが笑う。
「ほんとだって」
「今度、
ちゃんと話してみ?」
「なあ、紫鈴?」
紫鈴が静かに言う。
「少なくとも、
あなたよりは礼儀があります」
「ひどくない?」
「事実です」
やっぱり強い。
少し間を置いて、
ハナが小さく口を開いた。
「……今日の、あの子」
「あの子、
あの人たちの仲間ですか」
ノクティスのことだった。
ドイルの笑いが、
少しだけ薄くなる。
「……見たことないな」
「あの連中ごと、
記憶にない」
少しだけ眉をひそめる。
「この街の冒険者なら、
だいたい顔は分かるんだけどな」
紫鈴も静かに頷く。
「最近来たのか」
「あるいは、
最初から表に出ていなかったか」
知らない。
それ自体が、
少し気味悪かった。
しばらく笑って、
飯を食って。
少し空気が落ち着いた頃。
ドイルが、
酒を揺らしながら言った。
「新人ってな」
「だいたい二種類いる」
ミラが首をかしげる。
「二種類?」
「前に出すぎるやつと」
「慎重すぎて動けないやつ」
「んで、
パーティは
大体その両方で回ってる」
軽い口調だった。
でも、
なんとなく笑えない。
ドイルは続ける。
「迷宮で一番面倒なのは、
魔物じゃない」
「判断ミスだ」
「引くべき時に引けない」
「行くべき時に動けない」
「それで崩れる」
少しだけ、
沈黙が落ちる。
ハナが静かに言った。
「……自分のことなら、
たぶんちゃんと引けるんです」
「でも」
「誰かを置いていくってなると、
たぶん、難しい」
その言葉に、
少しだけ空気が止まった。
ドイルが、
ゆっくり笑う。
「……それだ」
「そういうやつが、
一番危ない」
冗談みたいな口調なのに、
そこだけ妙に本気だった。
紫鈴が、
静かにグラスを置く。
「あと」
「リーダーが自由すぎる場合も、
普通に死にます」
「それ俺のこと?」
少し間。
紫鈴は、
にこりともせず言った。
「昨日は誰のせいで
港の護衛依頼が三時間延びたと?」
「先週は誰が
船の上で魔物に飛び込んだと?」
「先月は誰が
王城の依頼中に賭け事を始めたと?」
ドイルが、
すっと目を逸らす。
「……すみません」
空気が止まる。
ミラが小さく呟く。
「……勝てないんだ」
紫鈴は、
静かに頷いた。
「まったく」
「ちゃんと感謝してるなら、
もっと高い酒を持ってくるれす」
一瞬、沈黙。
ミラが、ぱちぱちと瞬きをした。
「あれ?」
「紫鈴さん、
もしかして……」
ドイルが苦笑する。
「あぁ、うん」
「紫鈴は、
酒一杯で酔うぞ」
「でも、
それを隠すのが上手いんだ、これが」
俺は思わず声が出た。
「マジか!」
「最初から!?」
ナオユキが肩をすくめる。
「白潮旅団、
やっぱすごいな……」
店を出る頃には、
港の風が少し冷たくなっていた。
船の灯りが、
海の上で揺れている。
ミラが空を見上げる。
「なんか、
やっと冒険って感じしてきた」
その言葉に、
少しだけ頷く。
説明会の重さ。
白潮旅団の余裕。
知らないクランの名前。
海霧迷宮。
全部ひっくるめて、
ようやく実感が湧いてきた。
ナオユキが歩きながら言う。
「ちゃんと寝ろよ」
「はーい」
ミラが素直に返す。
珍しい。
ハナは小さく笑った。
俺も、
夜の海を見上げる。
怖さはある。
でも。
それ以上に、
少しだけ。
明日が楽しみだった。




