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全身麻痺の俺は回復のためにVRMMOの世界で最強を目指す  作者: 和泉大輝
第6章. 海霧迷宮に広がる異変

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1.説明会



背中に、じわりと視線を感じた。


説明室に入ったまま、

ほんの一瞬だけ立ち止まってしまっていたらしい。


「いつまで突っ立ってんだよ」

ナオユキが小さく言う。


「あ、わり」


慌てて足を動かす。


さっきまでギルドの掲示板前で揉めていた、

赤モヒカンを先頭にした黒腕章の連中もいる。


あれだけ偉そうだったのに、

ここでは妙に大人しい。


その理由は、

嫌でも分かる。


この部屋にいる連中は、

みんな強い。


装備。

立ち方。

視線。


俺たちとは、明らかに違う。


同じ冒険者、のはずなのに。


まるで、

立っている場所そのものが違うみたいやった。


ミラも、さっきまでの勢いが少し消えて、

小さく周囲を見回している。


「……なんか」


「急に、本物って感じ」


その言葉に、

思わず苦笑しそうになる。


ほんまに、その通りや。


掲示板の前で

どの依頼がいいだの言ってた空気とは、

まるで違う。


ここにいる連中は、

騒いでいない。


ふざけてもいない。


何が起きたのか。

どこまで首を突っ込むべきか。


みんな、

それを測っている。


その静けさが、

妙に重かった。


俺が小さく息を吐く。


「配達の紙見てた時とは、空気が違いすぎるな」


ナオユキが苦笑する。


「海霧迷宮の探索依頼自体は珍しくない」


「でも、こういう緊急依頼の説明会に来るのは、

普段から潜ってる連中ばっかりだ」


「街の中でも、

それなりに場数踏んでるやつらだよ」


なるほど。


だから、

あのモヒカンですら

ちゃんと椅子に座ってるのか。


腕も組まず、

足も机に乗せず、

妙に行儀よく前を向いている。


……誰やお前。


昨日の

「テメェら!」は

どこ行った。


ミラも同じことを思ったらしい。


「なんか……」


「すごい真面目に座ってるね」


「授業参観か」


思わず口に出た。


ハナが小さく吹き出す。

ナオユキが肩を震わせた。


モヒカン本人たちは、

こっちを睨んでいた。


でも立ち上がらない。


たぶん今は、

それどころじゃないんやろう。


ミラがごくりと喉を鳴らす。


「……ちょっとだけ帰りたくなってきた」


「さっきまであんなに乗り気やったやろ」


「それとこれとは別!」


即答だった。


思わず少し笑う。


緊張してるのは、

みんな同じだった。



席を探していると、


「お?」


軽い声が飛んできた。


振り返る。


さっきから、

妙に空気の違うあの五人組。


その中の一人が、

こっちへ歩いてきていた。


白いロングコートを羽織った男だった。

年は三十前後。

少し長めの金髪を後ろで雑に結んでいて、

笑い方だけ見れば、ただの軽い兄ちゃんに見える。


片手には飲みかけの瓶。


どう見ても、

説明会の空気じゃない。


なのに、

誰も文句を言わない。


近づくほど分かる。


こいつ、強い。


男はナオユキの前で止まって、

にやっと笑った。


「なんだ、ナオじゃん」


ナオユキが小さく息を吐く。


「……久しぶりです」


ミラが目を丸くする。


「知り合い!?」


「前に少しだけな」

ぼそっと答える。


男は楽しそうに肩をすくめた。


「そんな固くなるなよ」


「前よりちゃんと冒険者っぽくなってるじゃん」


ナオユキも少しだけ笑う。


「それ、褒めてます?」


「半分くらいは」


「半分か」


小さく肩をすくめる。


そのやり取りに、

ミラがくすっと笑った。


男の視線が、

そのまま俺たちに向く。


「新人連れて海霧?」


「いいねぇ、若いねぇ」


軽い。


思ったより、

ずっと普通やった。


ミラが拍子抜けした顔をする。


「え、なんか普通の人だ」


ナオユキが小さく言う。


「白潮旅団」


「この街で一番強いクランだ」


男はすぐに笑った。


「この街では、な」


肩をすくめる。


「黒星団とか風牙みたいな

上の化け物連中と比べたら、

まだまだ中堅ってとこだよ」


男はそんなことお構いなしに、

へらっと笑った。


「クランリーダーの

セバスチャン・ドイル」


「ドイルでいい。

よろしくな」


差し出された手を、

少し遅れて握る。


「……ダイキです」


「ダイキね」


へらっと笑う。


「よろしく」


それだけなのに、

妙に圧がある。


後ろから、

細い銀縁眼鏡をかけた女性が小さく会釈した。


長い黒髪をきっちりまとめ、

白潮旅団の中で一人だけ、服の皺まで整っている。


「王 紫鈴ワン・ズーリンです」

静かな声だった。


姿勢も、視線も、指先の動きまで無駄がない。

隙がない。


その隣。


壁にもたれて腕を組んだ男が、

一度だけこちらを見る。


黒い短髪。

無骨な軽鎧。

腰には、飾り気のない大ぶりの剣。


顔立ちは特別怖いわけじゃない。

でも、目がまったく笑っていなかった。


無言。


でも、

たぶんこの人が一番強い。


ナオユキの声が少しだけ低くなる。


「……カズマ」


それだけで十分だった。


ドイルがへらっと笑ったまま言う。


「無理だと思ったら、ちゃんと引けよ」


「変な意地張ると、

だいたいろくなことにならない」


少しだけ間。


それから、

いつもの調子で続ける。


「まあ、死ぬ時はちゃんと逃げろよ」


軽い。


なのに、

妙に胸に残る。


ドイルは手をひらひら振って、

そのまま仲間のところへ戻っていった。


ミラが小さく呟く。


「……なんか、思ったより普通」


ナオユキは苦笑した。


「だから余計に怖いんだよ」


たしかに。


本当に強いやつって、

こういう感じなのかもしれへん。




席について、

少し落ち着いた頃。


説明室の扉が、

もう一度開いた。


入ってきたのは、

見た瞬間に「関わりたくない」と思うタイプの連中だった。


男が四人。


先頭の男は、痩せた長身だった。

灰色の外套を着て、片目にかかる黒髪をそのままにしている。

口元には薄い笑みがあるのに、

目だけがまったく笑っていない。


残りの三人も、服装は派手じゃない。


むしろ地味なくらいだ。


けれど、

その分だけ妙に嫌な空気がある。


笑っているのに、

目だけが笑っていない。


声は大きくない。


むしろ静かだ。


だから余計に、

質が悪そうに見えた。


誰かを殴るより、

追い詰める方が得意そうな連中。


そんな四人組だった。


ミラが小さく顔をしかめる。


「……うわ」


「なんか、あっちの方が嫌」


分かる。


ああいうのは、

たぶん真正面から来ない。


そして。


その四人の、少し後ろ。


一人だけ、

場に馴染んでいない存在がいた。


小さな少女。


十歳くらい。

黒髪。

色の抜けたような白い肌。

大きめの外套を着せられていて、袖が少し余っている。


表情はない。


荷物を持たされて、

ただ静かに立っている。


仲間、というより。


連れて来られた。


そんな距離感だった。


誰とも目を合わせない。


俺も自然とそっちを見る。


あまりにも、

そこだけ空気が違った。


ハナが、

その子をじっと見ていた。


珍しい。


こういう時、

ハナはあまり表情を変えない。


でも今は、

明らかに気にしている。


一瞬だけ、

少女と視線が合った。


その瞬間。


ハナの表情が、

ほんの少しだけ強張った。


灰色の外套の男が振り返る。


「おい、ノクティス」


声は静かだった。


でも、

逆らえない種類の声だった。


男は少女の肩を軽く叩く。


優しく見えるくらいの動作。


なのに、

少女の肩がわずかに跳ねた。


「ぼさっとすんな」


少女――ノクティスは、

何も言わず、

ただ静かについていく。


ミラが小さく呟く。


「……あの子、大丈夫?」


ハナは、

少し間を置いてから答えた。


「……分からない」


声は静かだった。


「でも、

ただ守られてる子には見えなかった」


その言葉が、

妙に胸に残った。


前に立ったのは、

昨日、ギルドで揉め事を止めた女性職員だった。


背が高く、制服をきっちり着込んでいる。

後ろでまとめた髪も、立ち姿も、少しも乱れていない。


職員が、手を叩く。


ざわつきが止まった。


「本日、緊急依頼が発生しました」

空気が引き締まる。


「対象は、海霧迷宮です」

その名前に、周囲が小さくざわめいた。


海霧迷宮。


アクアポート沖にある、海上ダンジョン。


海の上に浮かぶ巨大な迷宮で、

入口から下へ降りていく構造になっている。


最下層は十階。


すでに攻略済みで、

普段の難易度はそこまで高くない。


この街の冒険者なら、

誰もが一度は潜る場所らしい。


「“海霧”の名の通り、

周辺には常に霧が発生しています」


職員は続ける。


「ですが、七日前から異常が発生しました」


霧の範囲が広がった。


周辺モンスターが活性化した。


海路が塞がれ、

アクアポートを通る船が大きく減った。


流通が滞り、

街にも影響が出始めている。


ざわ、と空気が揺れる。


昨日、港で怒鳴ってた商人たちの顔が浮かぶ。

……あれ、ほんまに街全体の問題なんやな。


「原因は、まだ不明です」


深部か。

周辺か。

あるいは、別の要因か。


まだ何も分かっていない。


だからこそ、

調査が必要だった。


「今回の依頼は」


「海霧迷宮異常の原因調査、

および周辺安全確保です」


職員の声が、

部屋に静かに響く。


「最優先は、

異常発生源の特定」


「霧の拡大、

周辺モンスター活性化、

海路封鎖」


「その原因を発見し、

報告したパーティには

特別報酬が支払われます」


「また」


「原因を排除し、

異常を収束させた場合には

追加の特別報酬が発生します」


空気が、

わずかに変わる。


職員は続ける。


「加えて」


「中層以降の危険区域制圧」


「異常個体の討伐」


「負傷者救助」


「撤退路確保にも

個別報酬が発生します」


つまり、

強いやつほど稼げる。


分かりやすい。


ミラが小さく呟く。


「それ、絶対そっちの方がいいじゃん」


分かる。


そして、

最後に現実が来る。


「なお」


「海霧迷宮第四層以降の調査は」


「迷宮踏破記録のあるパーティ、

もしくはギルド推薦が必要です」


嫌な予感がした。


職員は、

きっちりこちらを見た気がした。


「未踏破パーティが受注できるのは」


「第一層から第三層の

巡回掃討および退避路確保任務のみ」


浅層モンスター排除。

通路巡回。

負傷者救助。

撤退路維持。


つまり。


一番危ない場所には、

行かせてもらえない。


悔しい。


でも、

正論だった。


後ろの方で、

モヒカン達が小さく笑った。


「やっぱ浅層か」


「まあ、そうなるよな」


わざと聞こえるくらいの声。


振り返らなかった。


今は、

それどころじゃない。


【Scene5:決意】


説明が終わる。


部屋の空気が、

少しずつ動き出した。


白潮旅団は、

当然みたいな顔でそのまま奥へ向かう。


本命の調査。

原因の特定。

異常の排除。


あそこに行く連中は、

最初からそこしか見ていない。


熟練パーティも、

それぞれ仲間と短く言葉を交わしながら動き始める。


自分たちは浅層支援。


第一層から第三層。


巡回掃討と退避路確保。


言葉にすると、

ちゃんと大事な仕事だ。


でも。


ミラが、不満を隠そうともせず口を尖らせた。


「……絶対、あっちの方が面白いじゃん」


ナオユキが苦笑する。


「面白い方は、

ちゃんと危ない方でもある」


「まずは生きて帰る方が先だ」


ミラはむっとする。


「でも、こういう時って」


「主人公はだいたい

そっち行くやつじゃない?」


「誰が主人公やねん」

思わず突っ込む。


「ダイキでしょ」

即答だった。


なんでや。


ハナが小さく笑う。


そのあと、

少しだけ真面目な顔になる。

「でも」


静かな声だった。

「ちゃんとやろう」

「ここで出来ることを」


その言葉に、

少しだけ空気が変わる。


ミラも、

しぶしぶみたいな顔をしながら頷いた。


「……まあ」


「最初から追い返されるのも嫌だし」


ナオユキも頷く。


「浅層でも、

十分に危ない」


「そこでちゃんと動けないなら、

奥なんてもっと無理だ」


正しい。


悔しいくらいに。


俺は小さく息を吐いた。


焦っても仕方ない。


いきなり一番上には行けへん。


だったら。


今やれることを、

ちゃんとやるしかない。


「……せやな」


「まずは、

できることからや」


四人で、

同じ方を見る。


海霧迷宮。


まずは浅層から。


でも、

ここから先に進めるかどうかは、

たぶん今日で決まる。

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