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全身麻痺の俺は回復のためにVRMMOの世界で最強を目指す  作者: 和泉大輝
第5章.港町で出会う仲間たち

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3.街道の風(レティシア視点)



ノースポートからアクアポートまでは、およそ五泊六日。

街道沿いの宿場村を繋ぎながら進む、決して短くはない旅路だった。


朝の風は、港の潮の匂いを少しだけ残したまま、西門の外へ抜けていく。

ノースポートの喧騒を背に、私は肩に食い込むリュックの重みをそっと持ち直した。


……重い。


必要最低限まで絞った。

マジックバッグにも詰められるだけ詰めた。

それでも、補助薬の試験瓶、薬草標本、簡易蒸留器具、分析用の小道具となると、どうしても嵩張る。


右手の革バッグが揺れるたび、中の小瓶が小さく触れ合って澄んだ音を立てた。


「大丈夫ですか?」

後ろから、穏やかな声がかかる。

振り返ると、ハナさんが少し心配そうにこちらを見ていた。


「問題ありません」

「この程度なら、想定内です」


そう答えると、前を歩いていたダイキさんが少しだけ振り返った。


「しんどなったら、遠慮せんと声かけてな」

「休めるとこで止まるし」


そう言いながら、自分の肩の棍棒を持ち直す。


「……にしても、早よこれ変えたいわ」


茶色い入院着に棍棒。

やはり、何度見ても異様な組み合わせだった。


「アクアポート着いたら、絶対これ変える」

「見た目が完全に変質者や」


ハナさんがくすっと笑う。


「でも、もう見慣れちゃったかも」


二人の会話には、妙な間の良さがあった。

言葉を重ねすぎなくても、互いの意図が伝わっているように見える。


街道はゆるやかに丘へ続いていた。

潮風が少しずつ薄れ、代わりに土と草の匂いが強くなっていく。



最初の二日間は、薬草の丘陵地帯が延々と続いた。


三日目も、静かな道のりになるはずだった。


「少し待ってください」

気づけば、また私は街道脇へしゃがみ込んでいた。


葉脈の入り方。

茎の色。

土の湿り気。


……やはり。


私はそっと花を持ち上げた。

花弁の縁が、うっすら銀色に光っている。


「すごい……」


思わず声が漏れる。


「これ、通常種より有効成分が濃い個体です」

「この土地、想像以上に条件が良い……!」


後ろからダイキさんたちの声が聞こえる。


「また止まった……」


少しだけ申し訳ないとは思う。

でも、見つけてしまった以上、確認せずにはいられなかった。


「少しだけ待ってください」

「……これ、採取しない理由がありません」


私は迷わず採取用の小袋を取り出した。

そのすぐ横に、赤い葉を持つ草が混じっているのが目に入る。


……あった。


思わず目が輝く。


「ダイキさん、そこの赤い葉の草、取っていただけますか?」


「これ?」


「はい、その根元が非常に貴重なんです」

「ただ、少し慎重に……」


そこまで言いかけた瞬間だった。


ぶちっ。


ダイキさんが勢いよく草を引き抜いた。


「……あ」


ぶちっと草が抜けた瞬間、私は反射的に声を上げた。


「その草、敵を呼んじゃうんです!」


草むらが、ざわっと揺れた。


空気が、一瞬だけ止まる。


次の瞬間、草むらから小型モンスターが一斉に飛び出してくる。

犬ほどの大きさの四足獣。

鋭い牙をむき出しにし、背中にはトカゲのような短い棘が並んでいる。


三匹。

いや、五匹。


「うわっ」

「それは先に言うて!?」


思わず口元を押さえる。


……言うつもりだったのに。


その前に、ハナさんが一歩前へ出た。


「大丈夫」


その声は、驚くほど落ち着いていた。


詠唱はない。


次の瞬間。

ハナさんの周囲に、水の玉が五つ、ふわりと浮かび上がった。


「え……?」


思わず声が漏れる。


五つ。

敵の数と、ぴたり一致している。


水の玉はゆっくりと空中を回り、まるで獲物を見定めるように小型モンスターを捉えていた。


次の瞬間。


五つの水球が一斉に放たれる。


基礎魔法とはいえ、五つ同時制御など聞いたことがない。


曲がる。

追尾している。


一匹。

二匹。

三匹。

四匹。


水球は逃げるモンスターを正確に追い、次々と身体を撃ち抜いていく。


残った最後の一匹だけが、他より一回り大きかった。

水球を受けてもなお、突進してくる。


その時だった。


前に出たのは、ダイキさん。


棍棒を片手で持ち上げる。

踏み込む。



次の瞬間、モンスターの身体が衝撃に耐えきれず弾け飛んだ。


……一撃で。


草が舞い、土が跳ねる。


私は完全に言葉を失った。


……何だ、この二人は。


筋出力。

瞬発速度。

魔力制御。


どれを取っても、通常の冒険者の域ではない。


補助薬で一時的に底上げした数値より、遥かに高い。

しかも自然体だ。


異常だ。


戦闘が終わったあとも、しばらく胸の鼓動が収まらなかった。



四日目の夕方。


宿場村の屋根が遠くに見え始めた頃には、右手の革バッグがひどく重く感じられていた。


さすがに疲労が溜まっている。


歩くたびに肩紐が腕に食い込み、小瓶の触れ合う音すら少し煩わしく感じる。


その様子に気づいたのか、ダイキさんがこちらを振り返った。

「……それ、貸してください」


反射的に断りかけて、言葉が止まる。


三日目のことが頭をよぎる。

何度も足を止めてしまった。

草に夢中になって、予定より遅れた。


挙げ句の果てには、モンスターまで呼んでしまった。


それでも、この二人は最後まで怒らなかった。

呆れながらも、どこか楽しそうに笑ってくれた。


……この二人になら。


少しだけなら、預けてもいいかもしれない。


私は小さく息を吐いた。

「……では、こちらだけ」


右手の革バッグを差し出す。


ダイキさんはにっと笑って受け取った。

「最初からそう言うてくれたらええのに」


肩が少し軽くなる。

それだけで、思った以上に気持ちまで軽くなった。



「そういえば」

ハナさんが、採取した草を見ながら首をかしげた。


「レティシアさんって、どうして薬に興味を持ったの?」


少しだけ考える。

「……昔、虫が嫌いだったんです」


「虫?」

ダイキさんが思わず聞き返す。


私は静かにうなずく。

「はい。かなり」

思い出すだけで嫌になる。


「家の裏に、やたら大きい虫が出る時期があって

「本気で駆除したくて、殺虫剤を自作し始めました」


一瞬、沈黙。


ダイキさんが吹き出した。

「始まり、そこなん?」


「そこです」


ハナさんもくすっと笑う。

「でも、それで薬の勉強を?」


「成分を調べて、混ぜて、試して」

「気づいたら、そっちの方が面白くなっていました」


少しだけ肩をすくめる。

「ちなみに、殺虫剤は完成しました」


「完成したんや」


「はい。かなり効きます」


ダイキさんが少しだけ距離を取った。

「なんか急に怖なったわ」


……失礼な。



宿場村に着いてからは、木造の小さな食堂で夕食を取った。

煮込みスープの匂いが、疲れた身体に心地よく染みていく。


食後、私は小瓶を取り出した。


「疲労軽減の試作品です」

「飲んでみますか?」


瓶の中身は、淡い紫色だった。


ハナさんがぴたりと動きを止める。

「……それ、安全?」


私は胸を張る。

「理論上は」


「理論上!?」


ダイキさんの声が一段大きくなる。


思わず少し笑ってしまった。


この二人といると、研究も旅も少しだけ楽しく感じる。

気づけば、この数日間で、

私はこの二人を好きになっていた。


ふと、小瓶を片付けながら思う。


……そうだ。

この二人のために、

ちゃんとした強化薬を作ろう。


あの戦い方なら、

補助薬の相性はかなり良い。


もっと動ける。

もっと強くなれる。

そう思って、革バッグの中を探る。


「あれ」

小さく眉をひそめた。

「白紙のラベルがない……」


試験瓶に貼るためのものだ。


昨日使い切ったか。

少し考えて、首を振る。

……まあ、いいか。


さすがに間違えないだろう。



それから二日。


街道はゆるやかに海沿いへ寄っていき、風の中に再び潮の匂いが混じり始めた。


やがて先頭を歩いていたダイキさんが、丘の頂上で足を止める。


「……お」


その声に、私も顔を上げた。


次の瞬間。


視界が、一気に開ける。


青い海。

白い街並み。

無数の帆船。

夕陽を受けてきらめく港。


アクアポートだった。


思わず、息を呑む。

その隣で、ハナさんが嬉しそうに声を上げた。

「わあ……!」


ダイキさんも思わず笑う。

「……ノースポートとは、規模が全然ちゃうな」


潮風が、ここまで届く。

楽しい旅だった。


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