3.街道の風(レティシア視点)
ノースポートからアクアポートまでは、およそ五泊六日。
街道沿いの宿場村を繋ぎながら進む、決して短くはない旅路だった。
朝の風は、港の潮の匂いを少しだけ残したまま、西門の外へ抜けていく。
ノースポートの喧騒を背に、私は肩に食い込むリュックの重みをそっと持ち直した。
……重い。
必要最低限まで絞った。
マジックバッグにも詰められるだけ詰めた。
それでも、補助薬の試験瓶、薬草標本、簡易蒸留器具、分析用の小道具となると、どうしても嵩張る。
右手の革バッグが揺れるたび、中の小瓶が小さく触れ合って澄んだ音を立てた。
「大丈夫ですか?」
後ろから、穏やかな声がかかる。
振り返ると、ハナさんが少し心配そうにこちらを見ていた。
「問題ありません」
「この程度なら、想定内です」
そう答えると、前を歩いていたダイキさんが少しだけ振り返った。
「しんどなったら、遠慮せんと声かけてな」
「休めるとこで止まるし」
そう言いながら、自分の肩の棍棒を持ち直す。
「……にしても、早よこの棍棒変えたいわ」
薄い茶色の入院着に棍棒。
やはり、何度見ても異様な組み合わせだった。
「アクアポート着いたら、今度こそ棍棒変える」
「見た目が完全に変質者や」
ハナさんは、入院着と棍棒を順に見た。
「でも、もう見慣れちゃったかも」
「何に?」
ダイキさんが聞き返すと、ハナさんは棍棒を指した。
「入院着と棍棒のダイキ」
「俺本人やなくて、格好で覚えられとるやん」
ダイキさんが顔をしかめる。
「大丈夫。棍棒が変わっても、入院着で分かるよ」
ハナさんは今度、彼の服を指した。
「何が大丈夫なん?」
ダイキさんは自分の服を見下ろした。
ハナさんが吹き出す。
ダイキさんも文句を言いながら、口元は緩んでいた。
私も笑っていいのだろうか。
迷っているうちに、二人はもう前を向いて歩き始めていた。
街道はゆるやかに丘へ続いていた。
潮風が少しずつ薄れ、代わりに土と草の匂いが強くなっていく。
最初の二日間は、薬草の丘陵地帯が延々と続いた。
三日目も、静かな道のりになるはずだった。
「少し待ってください」
私は荷物を街道の端へ下ろし、また草の前へしゃがみ込んでいた。
葉脈の入り方。
茎の色。
土の湿り気。
……やはり。
私はそっと花を持ち上げた。
花弁の縁が、うっすら銀色に光っている。
「すごい……」
思わず声が漏れる。
「これ、通常種より有効成分が濃い個体です」
「この土地、想像以上に条件が良い……!」
後ろからダイキさんたちの声が聞こえる。
「また止まった……」
少しだけ申し訳ないとは思う。
でも、見つけてしまった以上、確認せずにはいられなかった。
「少しだけ待ってください」
「……これ、採取しない理由がありません」
私は迷わず採取用の小袋を取り出した。
そのすぐ横に、赤い葉を持つ草が混じっているのが目に入る。
……あった。
思わず目が輝く。
「あの赤い葉の草も、根が貴重なんです。ただ、抜くと近くの魔物を呼んでしまいます」
ダイキさんの手が、棍棒へ戻った。
「この辺にも、おるん?」
草むらの隙間で、犬ほどの四足獣が一匹、地面の匂いを嗅いでいた。
ハナさんが目を閉じ、草むらへ顔を向ける。
「……五匹。今は、動いてない」
私は小袋を閉じかけた。
「では、今回は諦めます。標本はほかにも――」
「俺が抜くわ」
ダイキさんが草むらと私の間へ立った。
「ハナ、頼めるか?」
「うん。レティシアさんは後ろにいて」
ハナさんが杖を構える。
二人の後ろへ下がり、革ケースを胸に抱いた。
ダイキさんが赤い草の根元を掴み、土から引き抜く。
直後、草むらがざわっと揺れた。
次の瞬間、草むらから小型モンスターが一斉に飛び出してくる。
犬ほどの大きさの四足獣。
鋭い牙をむき出しにし、背中にはトカゲのような短い棘が並んでいる。
五匹とも、赤い草を持つダイキさんへ向かってくる。
私は革ケースを抱き締めた。
呼ぶと知っていても、迫る牙を見ると足が動かない。
その前に、ハナさんが一歩前へ出た。
「大丈夫」
その声は、驚くほど落ち着いていた。
詠唱はない。
次の瞬間。
ハナさんの周囲に、水の玉が五つ、ふわりと浮かび上がった。
「え……?」
思わず声が漏れる。
五つ。
敵の数と、ぴたり一致している。
水の玉はゆっくりと空中を回り、まるで獲物を見定めるように小型モンスターを捉えていた。
次の瞬間。
五つの水球が一斉に放たれる。
基礎魔法とはいえ、五つ同時制御など聞いたことがない。
曲がる。
追尾している。
飛び退いた四匹を水球が追い、次々と身体を撃ち抜いていく。
残った最後の一匹だけが、他より一回り大きかった。
水球を受けてもなお、突進してくる。
その時だった。
前に出たのは、ダイキさん。
赤い草を左手に持ったまま、右手の棍棒を持ち上げる。
踏み込む。
次の瞬間、モンスターの身体が衝撃に耐えきれず弾け飛んだ。
……一撃で。
草が舞い、土が跳ねる。
私は完全に言葉を失った。
……何だ、この二人は。
私がこれまで護衛を頼んだ人たちは、一匹ずつ足を止めて戦っていた。
この二人は、逃げる四匹を同時に撃ち、止まらない一匹だけを前で受けた。
補助薬も飲まずに。
ハナさんが杖を胸へ抱えた。
「五つとも、ちゃんと当たった」
少し弾んだ声に、ダイキさんも笑う。
「根っこ、折れてへんで」
私はケースを足元へ置き、差し出された赤い草を両手で受け取った。
根の先まで残っている。それを確かめて、ようやく息を吐いた。
戦闘が終わったあとも、しばらく胸の鼓動が収まらなかった。
四日目の夕方。
宿場村の屋根が遠くに見え始めた頃には、右手の革バッグがひどく重く感じられていた。
さすがに疲労が溜まっている。
歩くたびに肩紐が腕に食い込み、小瓶の触れ合う音すら少し煩わしく感じる。
その様子に気づいたのか、ダイキさんがこちらを振り返った。
「……それ、貸してください」
反射的に断りかけて、言葉が止まる。
三日目のことが頭をよぎる。
何度も足を止めてしまった。
草に夢中になって、予定より遅れた。
採取のために、魔物とまで戦ってもらった。
それでも、この二人は最後まで怒らなかった。
呆れながらも、どこか楽しそうに笑ってくれた。
……この二人になら。
少しだけなら、預けてもいいかもしれない。
私は小さく息を吐いた。
「……では、こちらだけ」
右手の革バッグを差し出す。
ダイキさんはにっと笑って受け取った。
「最初からそう言うてくれたらええのに」
持ち上げる前に、彼はバッグの口が閉じているか確かめた。
歩き出しても、小瓶がぶつかる音はしなかった。
肩が少し軽くなる。
それだけで、思った以上に気持ちまで軽くなった。
「そういえば」
ハナさんが、採取した草を見ながら首をかしげた。
「レティシアさんって、どうして薬に興味を持ったの?」
少しだけ考える。
「……昔、虫が嫌いだったんです」
「虫?」
ダイキさんが思わず聞き返す。
私は静かにうなずく。
「はい。かなり」
思い出すだけで嫌になる。
「家の裏に、やたら大きい虫が出る時期があって」
「本気で駆除したくて、殺虫剤を自作し始めました」
一瞬、沈黙。
ダイキさんが吹き出した。
「始まり、そこなん?」
「そこです」
私はうなずいた。
ハナさんもくすっと笑う。
「でも、それで薬の勉強を?」
「成分を調べて、混ぜて、試して」
「気づいたら、そっちの方が面白くなっていました」
少しだけ肩をすくめる。
「ちなみに、殺虫剤は完成しました」
「完成したんや」
ダイキさんの笑いが止まり、私の手元へ視線が落ちた。
「はい。かなり効きます」
私は胸を張った。
ダイキさんが少しだけ距離を取った。
「なんか急に怖なったわ」
……失礼な。
宿場村に着いてからは、木造の小さな食堂で夕食を取った。
煮込みスープの匂いが、疲れた身体に心地よく染みていく。
食後、私は小瓶を取り出した。
「疲労軽減の試作品です」
「飲んでみますか?」
瓶の中身は、淡い紫色だった。
ハナさんがぴたりと動きを止める。
「……それ、安全?」
私は自分の杯へ、瓶から少し注いだ。
「自分では、毎晩試しています。味はまだ調整中ですが」
ダイキさんが紫色の液体を見つめる。
「その色で、毎晩いっとるん?」
思わず少し笑ってしまった。
この二人といると、研究も旅も少しだけ楽しく感じる。
気づけば、この数日間で、
私はこの二人を好きになっていた。
ふと、小瓶を片付けながら思う。
……そうだ。
この二人のために、
ちゃんとした強化薬を作ろう。
あの戦い方なら、
補助薬の相性はかなり良い。
もっと動ける。
もっと強くなれる。
そう思って、革バッグの中を探る。
「あれ」
小さく眉をひそめた。
「白紙のラベルがない……」
試験瓶に貼るためのものだ。
昨日使い切ったらしい。
私は革バッグの内ポケットを空にした。
贈る一本ができたら、試験中の瓶と分けて、ここへ入れておこう。
それから二日。
街道はゆるやかに海沿いへ寄っていき、風の中に再び潮の匂いが混じり始めた。
やがて先頭を歩いていたダイキさんが、丘の頂上で足を止める。
「……お」
その声に、私も顔を上げた。
次の瞬間。
視界が、一気に開ける。
青い海。
白い街並み。
無数の帆船。
陽を受けてきらめく港。
アクアポートだった。
思わず、息を呑む。
その隣で、ハナさんが嬉しそうに声を上げた。
「わあ……!」
ダイキさんも思わず笑う。
「……ノースポートとは、規模が全然ちゃうな」
潮風が、ここまで届く。
背中の荷物を持ち直す。もうすぐ、この二人と別れる。
昨夜仕上げた薬は、革バッグの内ポケットにある。
船に乗る前に、ちゃんと渡そう。
楽しかった、と伝える言葉も添えて。
___
ダイキ
職業 なし
レベル 20
スキル
打撃 Lv53、打ち下ろしLv32
ダッシュLv14、ステップLv10、跳躍Lv9
回避Lv7、姿勢制御Lv5、予測Lv6
毒耐性Lv3、覚悟Lv2、水耐性Lv5、炎耐性Lv3
ユニークスキル
可塑覚醒
ハナ
職業 なし
レベル 9
スキル
ウォーターボールLv12、ヒールLv6、プロテクションLv3
ダッシュLv2、共感感知Lv3、炎耐性Lv1
魔力操作Lv1、多重展開Lv1→2




