2.森の逆追跡
ハナがこちらを見る。
「……利用するって?」
俺は小さく口元を上げる。
「向こうは場所を知りたいんやろ」
一拍。
「なら、見せたるふりして、こっちの土俵まで連れていけばええ」
リゼルがすぐに意図を汲み取る。
「待ち伏せですね」
「せや」
短くうなずく。
「このまま廃墟都市まで素直に案内したら、後ろからずっとついて来られる」
「せやったら、森の中で一回落とし前つけたほうが早い」
ハナが小さく後ろへ意識を向ける。
「まだ一定距離でついてきてる」
「かなり慎重だね」
リゼルが周囲の木々へ視線を走らせる。
「この先に旧街道の崩落地点がございます」
「左右を木々と岩壁に挟まれた細道です」
俺はすぐにうなずく。
「ええやん」
「そこなら人数差も殺せるし、逃げ道も限られる」
「向こうも尾行に夢中で気づきにくい」
ハナの目が少し鋭くなる。
「……誘い込める」
三人の視線が自然と合った。
決まりや。
「ほな、少しだけペース上げよか」
俺が言うと、リゼルもうなずく。
「自然な範囲で」
俺たちは少しだけ歩幅を広げる。
あくまで不自然にならへん程度。
向こうに
“こちらは気づいていない”
と思わせたまま、先へ進む。
森の空気が少しずつ深くなる。
木漏れ日が減り、足元には根が増えてきた。
ハナが小さくつぶやく。
「……ついてきてる」
「距離、変わらない」
ほんまに慎重やな。
逆に言えば、まだ戦う気はない。
あくまで場所の特定が目的。
なら、なおさら好都合や。
しばらく進むと、景色が変わった。
道幅が一気に狭くなる。
左手には崩れた石壁。
右手には木々の密集した斜面。
正面には、大きく崩れた旧街道の石畳が見えていた。
「ここです」
リゼルが小さく言う。
確かにええ場所や。
横から囲まれにくい。
人数差を活かしにくい。
俺はすぐに石壁の陰へ身を寄せる。
「ハナ、まだ見えるか?」
ハナが目を閉じるように意識を向ける。
「……五人」
「一人だけ少し後ろ」
「前に四人」
ハナが少し眉を寄せる。
「後ろの一人……この前の二人とは違う」
「もっと細身で、気配が鋭い」
一拍。
「……ユリウスさん、かもしれない」
俺が小さく息を吐く。
「本人まで来とる可能性あるんか」
ハナが少しだけ首をかしげる。
「まだ距離があるから断定はできない」
「でも、この前感じた雰囲気に近い気がする」
リゼルが静かに口を開く。
「商人であっても、自ら現場を確認する方はおります」
その声が少しだけ冷える。
「特に、青い花に執着しているのであれば」
俺は棍棒を握り直す。
「なら、前四人を一気に崩す」
リゼルが短くうなずく。
「私は右手から側面を取ります」
リゼルが素早く視線を巡らせる。
「ハナ様は後方支援を」
「共感感知で位置を切らさないでください」
ハナがそっと右手を前へ出す。
指先に、うっすら水の粒が集まり始める。
「うん」
少し緊張してる。
でも、目はしっかり前を見てる。
その時や。
ハナの目が少し見開く。
「……来た」
空気が変わる。
枝を踏む音。
押し殺した呼吸。
複数の足音が、さっきまでより明らかに速い。
尾行の距離を、一気に詰めてきた。
……見失ったんやろな。
焦って追いつこうとしてる。
それが足音だけで分かった。
俺は小さく息を吐き、腰を落とす。
――かかった。
今度は、こっちの番や。
次の瞬間、俺は地面を蹴った。
石壁の陰から一気に飛び出す。
先頭を走ってきたガレスが目を見開いた。
距離は、もうない。
ダッシュを重ね、そのまま棍棒を横薙ぎに振り抜く。
だが、その瞬間。
「兄貴ぃっ!」
横から大きな影が割り込んだ。
ギルや。
しかも、手にはハンマー。
……こいつ、ハンマー使うんか!
次の瞬間。
棍棒とハンマーが正面から激突した。
衝撃。
「っ、ぐあっ!」
ギルの巨体が大きく吹き飛ぶ。
石壁へぶつかる鈍い音が響いた。
……重い。
せやけど、押し切れた。
だが、その隙にガレスが大きく後ろへ跳ぶ。
「っ……!」
やっぱ速い。
距離を詰めたはずやのに、もう間合いの外や。
その時、後方からハナの声が飛ぶ。
「ウォーターボール!」
青い水球が一直線に走る。
狙いはガレス。
だが。
「甘いな」
ガレスが体をひねる。
水球は紙一重で避けられ、そのまま木の幹へ炸裂した。
……避けられた。
さらにその奥。
細身の影が、ゆっくり杖を持ち上げる。
上品な濃紺のローブ。
きれいに撫でつけられた髪。
こんな森の中でも、笑みだけは崩れていない。
ユリウス。
やっぱり本人も来ていた。
「やれやれ」
薄い笑み。
「こちらが罠にかかった、というわけですか」
同時に、右手の木陰から二人の剣士が飛び出す。
左右から挟みに来た。
だが、その瞬間。
リゼルが片方へ一歩踏み込む。
剣士が振り下ろした刃を、半歩ずらしてかわす。
銀の閃き。
短剣が相手の剣筋へ滑り込む。
「遅いです」
剣が弾かれる。
そのまま懐へ潜り込む。
一歩。
半歩。
「っ!?」
短剣が脇腹の革鎧を裂いた。
男の身体が大きくよろめく。
リゼルが手首を返す。
短剣の柄頭が、首筋へ沈んだ。
そのまま崩れ落ちる。
……一瞬や。
ほんまに侍女か、この人。
リゼルは短剣を返し、残る剣士とユリウスへ向き直る。
「こちらはお任せください」
森の空気が、一気に張り詰める。
ここからが、本番や。
「舐めんな……!」
石壁の向こうから鈍い音が響き、ギルが身体を起こす気配が伝わってくる。
同時に。
「もらったぁ!」
ガレスの姿がぶれる。
速い。
次の瞬間、視界の横から蹴りが飛んできた。
「っ!」
咄嗟に棍棒を差し込む。
衝撃。
腕がしびれる。
だが、止まらない。
ガレスは着地した瞬間、さらに踏み込んでくる。
拳。
蹴り。
肘。
一撃一撃はそこまで重くない。
せやけど、速すぎる。
「くっ……!」
棍棒で大きい攻撃だけを受ける。
細かい打撃は肩や脇腹へもらう。
痛み。
だが、その瞬間。
「プロテクション!」
後方からハナの声。
淡い光が身体を包み込む。
次に脇腹へ入った蹴りの衝撃が、明らかに軽い。
……助かる。
せやけど、押されてる。
完全に防戦一方や。
その時、左から巨大な影が迫る。
ギルや。
ハンマーを大きく振りかぶっている。
まずい。
まともにもらったら終わる。
俺は横へ飛ぶ。
ハンマーが地面へ叩き込まれた。
ズドン。
土と石片が跳ね上がる。
だが。
「読んでるぜ」
回避先へ、すでにガレスが回り込んでいた。
拳が腹へ突き刺さる。
「がっ……!」
息が止まる。
さらに蹴り。
身体が大きくよろめく。
「ユリウスの旦那、今だ!」
ガレスの低い声が森に響く。
その瞬間、後方で魔力が膨れ上がる。
ユリウスの杖先に青い光。
ウォーターランス。
一直線にこちらを貫こうとする。
だが。
銀の影が横切った。
リゼル。
短剣を振るうと同時に、水槍が正面からぶつかる。
青い閃光が空中で激突し、相殺された。
水しぶきが森へ散る。
……あれまで止めるんか。
しかも、まだもう一人の剣士を抑えながらや。
「ダイキ!」
ハナの声。
次の瞬間、温かな光が身体へ流れ込む。
ヒール
さっき腹へ入った衝撃が少しずつ和らいでいく。
息が戻る。
ガレスは口元を歪めていた。
「まだまだだろ」
また来る。
速さで押し切る気や。
俺は棍棒を握り直し、腰を落とす。
……おもろなってきた。
ここからや。
「ウォーターボール!」
ハナの水球が再び走る。
ガレスが身体をひねった。
分かってる。
俺は、その回避先へ棍棒を振り抜く。
「そこや!」
だが、左からハンマーが割り込んだ。
ガキィンッ!!
棍棒ごと腕が弾かれる。
その隙へ、ガレスが潜り込んだ。
拳が肩へめり込み、続けて蹴りが脇腹へ入る。
「がっ……!」
膝が落ちかける。
視界がぶれる。
まずい。
このままやと、持たへん。
「ダイキ!」
ハナの声。
次の瞬間、温かな光が身体へ流れ込む。
「ヒール!」
痛みは少し引く。
せやのに、足が前へ出えへん。
向こうの連携が、強すぎる。
ガレスが口元を歪める。
「もう終わりだ」
その横で、ギルがゆっくりとハンマーを頭上へ振り上げた。
まずい。
足が、もう間に合わへん。
その瞬間。
銀の影が、俺の前へ滑り込んだ。
「……よく耐えましたね」
リゼルの声。
森の空気が、一瞬だけ張りつめる。
次の瞬間、その瞳が金色に染まった。




