5.見えているはずのない夜(ガレス視点)
宿の裏手は静かだった。
街の喧騒も、ここまでは届かない。
ガレスは壁にもたれながら、窓を見上げる。
三階。
例の二人の部屋。
弟のギルが小さく笑う。
暗がりでも分かる派手な金髪。
こちらと同じ黒い潜入服を着ているのに、
どうにも軽く見える。
「兄貴、こんなん寝込みの荷物漁るだけやろ」
ガレスは低く返す。
「お前、その油断で何回怒られた」
ギルが肩をすくめる。
「今回は楽勝やって」
ガレスも、半分はそう思っていた。
聞いている話では、相手は昨日この街に来たばかりの新人冒険者。
多少警戒していたとしても、こちらには関係ない。
二人とも気配遮断スキルを使っている。
夜の潜入でこれを見抜ける相手など、そうはいない。
ユリウスからの指示は単純だった。
花。
荷物。
手がかり。
見つかればそれでいい。
足音を消す。
呼吸を落とす。
スキルが身体に馴染む。
存在感が、闇に溶けていく。
これで気づかれたことはない。
窓の下までたどり着く。
ガレスが工具を取り出す。
刃先を差し込む。
ほんのわずかな音。
その瞬間だった。
部屋の中から、低い男の声がした。
「玄関はこっちやないで」
ガレスの手が止まる。
ギルも固まった。
……は?
ありえない。
スキルは発動している。
気づかれるはずがない。
次の瞬間、少女の声。
「そこに二人いる」
背筋が凍る。
正確だった。
位置まで、ほとんど狂いがない。
ギルが思わず声を漏らす。
「ガレス兄、なんで分かっとんねん」
ガレスの喉がひくりと動く。
見えているはずがない。
こちらは窓の死角だ。
気配遮断も使っている。
なのに、完全に位置を把握されている。
窓が勢いよく開く。
ダイキが立っていた。
暗がりの中でも、その目だけははっきり見えた。
「夜分遅くに熱心やな」
静かな声。
怒鳴りでも威嚇でもない。
それが逆に怖い。
ハナはベッドの上から、こちらをまっすぐ見ていた。
暗闇の中。
でも、その視線は迷いなくこちらへ向いている。
ギルが小さく舌打ちする。
「どうする」
押し入るか。
一瞬で計算する。
侵入成功率。
騒音。
宿の他客。
割に合わない。
ガレスは即座に判断する。
「ギル、引くぞ」
ギルが小さく文句を漏らす。
「マジかよ」
「黙って走れ」
二人は一気に身を翻した。
足音を殺して路地へ飛び降りる。
心臓の鼓動だけがやけに大きい。
路地裏へ戻る。
そこでユリウスが待っていた。
「早かったですね」
いつもの笑み。
ガレスは首を振る。
「失敗だ。……気配遮断を見破られた」
ユリウスの笑みが、初めて止まる。
ギルが横から口を挟む。
「いや、兄貴、あれおかしいって。こっちの位置、ぴったり言い当てやがった」
ガレスは低く続ける。
「しかも二人いると、正確にだ」
沈黙。
ユリウスの目が細くなる。
ギルが肩をすくめる。
「新人冒険者って話、盛ってたんじゃねえの」
ガレスは小さく息を吐く。
違う。
あれは新人とかそういう話じゃない。
少女の方だ。
あの視線。
あれは普通じゃない。
ユリウスが小さく笑った。
「……面白い」
その笑みが、逆に不気味だった。
ガレスは胸の奥の冷たさを拭えなかった。




