4.花を追う視線(ハナ視点)
ギルドの扉を押す。
昼を少し過ぎたせいか、中は昨日より少し落ち着いていた。
受付の前まで歩く。
昨日対応してくれた、淡い水色の制服の受付嬢が、
こちらに気づいて顔を上げる。
髪は今日もきっちり後ろでまとめられていて、
丁寧な笑顔も崩れていない。
「こんにちは」
私は軽く頭を下げる。
ダイキがすぐに本題へ入った。
「昨日の花のことで、ちょっと気になる話を聞いてきたんや」
受付の女性の表情が少し変わる。
ダイキが錬金屋で聞いた話を、順番に伝えていく。
瘴気。
魔物の活性化。
過去の事例。
それから、花そのものが極めて珍しく、古い文献にしか記録が残っていないこと。
話しているうちに、受付の女性の顔が少しずつ真剣になっていく。
一通り聞き終えると、女性はすぐに問い返した。
「……その花が咲いていた場所は、どちらですか?」
昨日より、明らかに踏み込んでくる。
私は思わずダイキを見る。
ダイキは少しだけ間を置いた。
「前にも言うたけど、森の外れの方や」
受付の女性は視線を外さない。
「森のどの辺りでしょうか」
空気が少し張る。
ダイキが小さく首を振る。
「詳しい場所までは、よう覚えてへん」
嘘ではない。
でも、本当の場所も言っていない。
受付の女性は少し考えるように目を伏せた。
「少々、お待ちいただけますか」
そう言って、奥へ消えていった。
思ったより、大事な話だったのかもしれない。
私は少しだけダイキを見る。
ダイキも、さっきより少し表情が引き締まっていた。
しばらくして戻ってくる。
「情報共有、ありがとうございます」
声のトーンが変わっている。
「こちらでも確認のうえ、必要であれば改めてご連絡いたします」
即座に何かが起きるわけではないらしい。
でも、ギルドの中の空気が少しだけ変わった気がした。
ギルドを出る。
さっきまでの緊張が少しだけほどける。
「結構、場所聞いてきたね」
私が小さく言う。
ダイキが前を向いたまま答える。
「そら、そうやろな」
一拍。
「でも、今はまだ全部話さん方がええ気がする」
私も小さくうなずく。
その時だった。
何かが引っかかる。
胸の奥が、ぴんと張る。
思わず足が止まった。
「……ハナ?」
私は小さく辺りを見回す。
通りを歩く人たち。
荷車。
露店。
人混みの中に、ひとつだけ違う感覚がある。
一定の距離。
離れすぎず、近づきすぎず。
ずっと同じ位置でついてくる。
「どうした?」
少し迷ってから口を開く。
「……誰か、ついてきてる」
ダイキの表情が変わる。
「……気配感知か?」
一拍。
「つけられとる?」
私は小さくうなずく。
ダイキが歩く速度を少し落とす。
私は隣で、意識を後ろへ向ける。
やっぱりいる。
通りの向こう。
少し距離を空けて、同じ人が動いている。
「……いる」
小さくつぶやく。
ダイキが軽くうなずく。
「次の角、曲がろか」
私たちは少し早足で路地へ入る。
角を曲がった瞬間、その人がこちらへ近づいてきた。
思わず息を呑む。
でも、現れたのは想像していた尾行者ではなかった。
細身の男。
上質なローブ。
やわらかい笑み。
商人、だと思った。
男がゆっくり頭を下げる。
「失礼。少しお話を」
柔らかい笑み。
でも、目だけが妙に冷たい。
「私、黒書商会のユリウスと申します」
一拍。
「ダイキさんと、ハナさん……ですよね」
背筋が冷える。
ダイキの目が細くなる。
「……なんで知っとる」
ユリウスさんは笑みを崩さない。
「商売柄、情報には少々」
さらりと言う。
でも、その軽さが逆に怖い。
ユリウスさんは続ける。
「昨日、ギルドで高額報酬の花が持ち込まれたと耳にしまして」
「もし、まだ同じ花をお持ちでしたら、ぜひ譲っていただきたい」
空気が少し張る。
ダイキの目が細くなる。
「……いくらや」
ユリウスさんは迷いなく答える。
「昨日の報酬の三倍で」
思わず息を呑む。
高すぎる。
ユリウスさんは少しだけ身を乗り出す。
「まずは、一度見せていただくだけでも構いません」
その言い方に、少し違和感が残る。
売りたいというより、確かめたいみたいだ。
ダイキが低く返す。
「もう納品した」
ユリウスさんの笑みが一瞬だけ止まる。
ほんのわずかに。
でも、すぐ戻る。
「……そうですか」
そう言いながら、ユリウスさんの目は私の方を見ていた。
「珍しい花ですからね」
「一輪だけで終わるとは、なかなか思えません」
胸の奥が、ひやりとする。
私は思わず息を止めた。
まるで、まだ持っている前提で話しているみたいだった。
ユリウスさんはさらに穏やかに続ける。
「採取された際、予備として残される方も多いものです」
「もし手元にあるようでしたら、こちらとしても相応のお値段をお約束します」
思わず視線が揺れそうになる。
ダイキが一歩前へ出る。
「ない言うとるやろ」
声が低い。
でも、ユリウスさんはそこで初めて小さく笑った。
……試された。
そんな気がした。
ユリウスさんは小さく頭を下げた。
「失礼しました」
そのまま人混みの中へ消えていく。
でも、まだ人がいる。
少し離れた場所に。
私は小さくつぶやく。
「……まだいる」
ダイキの声が低くなる。
「……宿までつけてくる気やな」
胸の奥が、またざわつく。
夕方の街を歩く。
人の流れに紛れても、
その気配だけは消えない。
少し離れた同じ距離で、
ずっとこちらを追ってきていた。
私は思わず、感知へ意識を向ける。
一人。
……違う。
もう一人いる。
さらに、その先にも。
背筋が、ぞくりと冷えた。
「……ダイキ」
声が少し震える。
「一人じゃない」




