2.現実と決断(ハナ視点)
ダイキが発症した、あの日。
「ここなら、二人でもいけるかな」
私は間取り図を覗き込む。
少し古いけれど、十分な広さがある部屋だった。
「今よりは大分ええな」
ダイキが笑う。
施設を出る日が近い。
不安はあった。
でも、この人となら大丈夫だと思っていた。
その時だった。
カサリ、と音がした。
ダイキの手から資料が滑り落ちる。
「……あ?」
右手が動いていない。
次の瞬間、室内端末が発光した。
〈異常生体反応を検知しました〉
ダイキが立ち上がろうとする。
だが、体が傾く。
支えようと伸ばした手は空を切った。
崩れる。
倒れる。
「ダイキ?」
反応がない。
〈緊急通報を開始します〉
さっきまで、普通に話していたのに。
___
白い。
機械音だけが遠く響く。
気付けば私は病院にいた。
視界の先には、ベッドに横たわるダイキ。
薄い病院着。
見慣れない姿だった。
女性医師が静かに告げる。
「命は取り留めています」
張り詰めていた息が少しだけ戻る。
だが、次の言葉で凍りついた。
「重度の運動障害が出ています」
「発話機能にも障害があります」
体が動かない。
話せない。
意味は分かる。
分かってしまう。
「……そんな」
ダイキは目を開けている。
でも、何も返ってこない。
手を握る。
少し冷たい。
ここにいるのに、まるで遠かった。
「ただし」
医師の声で顔を上げる。
「介入手段は残っています」
表示された文字は一つ。
――SEED
世界最大のフルダイブMMO。
「この仮想環境を利用し、神経再構築試験を行います」
「ゲームの中に入るんですか」
「はい」
医師は続ける。
「ただし接続するだけでは足りません」
私は顔を上げる。
「患者の意識を安定させるため、強い結びつきを持つ人物の同時接続が必要です」
視線が自然とダイキへ向く。
動かない。
何もできない。
このまま、ずっと。
――嫌だ。
迷いは消えていた。
「やります」
自分でも驚くほど、はっきりと言えた。
「私も入ります」
一歩前に出る。
「だからお願いします」
医師が静かにうなずく。
「準備に入りますね」
___
その夜。
私はベッドの横に座っていた。
眠っているように見えるダイキの手を握る。
「ねえ」
返事はない。
「私が連れてくから」
少しだけ笑う。
「勝手に決めるけど」
目の奥が熱くなる。
「文句あるなら」
小さく息を吸う。
「起きて言ってよ」
___
視界が暗転する。
意識が沈む。
音が遠ざかる。
次の瞬間。
衝撃。
砕ける音。
舞い上がる砂埃。
目の前には崩れた街。
そして、巨大な影。
振り上げられた腕。
「あ……」
あれは。
「ダイキ!!」
叫ぶ。
すぐそこにいる。
近いのに遠い。
間に合わない。
それでも。
「ダイキ!!」
もう一度叫ぶ。
届いて。
ただ、それだけを願った。




